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牛スネ肉のシチューと好き嫌い



 いつもは食材のない黎明宮の調理場に、今日はお休みまでのお世話をするつもりでいた私は食材を運び込んでいた。

 レイシールド様はナッツとお酒という、夕食とは言えない夕食をいつも召し上がっているみたいだけれど、それは味気なさすぎるし、できればもう少し食べたほうがいい。

 ということで、お料理をしてみるつもりだったのよね。

 眠れないのと同じように、食欲もないのかもしれない。

 堂々としていて立派なお姿をしているから、そんなふうには見えないのだけれど。

 でも、人の内面なんて分からないもの。

 レイシールド様の過去を考えれば、深く傷つくのは当然のことだ。


「リュコスちゃんや、ペロネちゃんも、シュゼットちゃんも、家に来たばかりの頃はご飯を食べようとしなかったものね」


『人間など信用ならんと思っていたゆえな』


 私がお肉を煮込むのを眺めながら、リュコスちゃんが言った。


『お主は、芋を蒸すか、きのこを焼くか、魚を焼くぐらいしか能がない女じゃと思っておったが、肉を調理することができるのじゃな』


「お母様が亡くなって、使用人の方々が家財を持っていってしまうまでは、お肉を買う余裕も少しはあったのですよ」


『我が僕の金を持っていくとは、盗人じゃ』


「それはそうなのですけれど……お給金を支払っていなかったお父様にも問題がありますし、難しいところです」


 私はお鍋の中でぐつぐつ煮込まれている牛スネ肉を眺めながらリュコスちゃんとお話をした。

 お肉料理も作ることができる──といっても、そんなに難しい料理が作れるというわけではないのだけれど。


「ティディス」


「ふぁっ」


 不意に名前を呼ばれて、私はびくりと体を震わせた。

 レイシールド様はあんまり気配がしないので、急に現れるとびっくりしてしまうわね。

 調理場に一体何の用事なのかしら。もうお腹がすいたとかかしら。

 お鍋の前に立つ私の元までやってきて、レイシールド様はお鍋の中を覗き込んだ。


「よい匂いがしたので、気になって来てしまった」


 私の真横に立つと、レイシールド様の背の高さがよくわかる。

 立派な大樹のようなレイシールド様を見上げて、私は微笑んだ。

 お料理中の匂いに誘われて、オリーブちゃんとローズマリーちゃんもよく調理場に顔を出したものだ。「お姉様、何を作っていますの?」「お姉様、今日のご飯はなんですか?」と言いながら。

 なんだか可愛らしい。


「牛スネ肉のシチューを作っているのですよ。お嫌いじゃないですか?」


「肉は嫌いではないな」


「あ! 本当は、作る前に好き嫌いを聞くべきでしたね……ごめんなさい」


「いや」


「レイシールド様、嫌いなものはありませんか?」


「特にない。お前は?」


「私? 私も嫌いなものはないです。好き嫌いなんて贅沢はできないので……」


「そうか」


 ぽつりぽつりと、低い声で短く相槌を打ってくれるのがなんだか不思議と安心して、普段はあまり自分から話をすることはないのだけれど、つい、口を開いてしまう。


「お前の家は、どうして困窮を?」


「えっ、あっ、その、……お恥ずかしい話、ですけれど、父が、お金の使い方が下手な人なんです。欲しいと思えばすぐに買ってしまうのですね。珍しいものが好きで、本や、調度品や、それから植物なんかもそうなんです。それと……リュコスちゃんたちも。闇オークション、わかりますか?」


「あぁ。魔生物ハンターたちが不正に狩った魔生物を売り捌いている場所だな。……本来なら、取り締まらなくてはいけない。だが、そういった噂があるだけで、調べてはいるものの実態はわからない。魔生物の毛皮や、ツノなどは、個人で売買をしていて、どこで買ったと所有者に尋ねても、ずっと昔に人から貰ったとしか言わないのでな」


「そうなのですね……私はあまり詳しくないのですけれど、お父様はそこに参加していて」


「お前の父は、オークションの場所を知っているのだな。……そうか。魔生物は、そこで?」


「はい。お父様、珍しいものを保護したいという気持ちが強くて……そこで売られている魔生物たちを買ってきては、我が家に連れてきて、私にお世話を丸投げするのですね。お世話ができないのです、お父様は」


「大変だな」


「リュコスちゃんたち、人間に酷い目にあった後でしたから、最初は警戒されていて大変でした。追い回されたりしましたし、食べられるかなって思うこともありました」


「それは、怖かっただろう」


「怖かったです……木の上から半日ぐらい降りられないこともあって。木の下で、水色大虎のティグルちゃんがぐるぐる回るものですから……今ではすっかり仲良しになりましたけれど」


「水色大虎……白狼もそうだが、人に懐くような存在ではない」


「そうなのですね。私、家にこもっていましたので、あまりよく知らないのですけれど……やっぱり、ご飯を毎日あげたのがよかったのかなと思います」


『毎日の食事と、風呂とブラッシング。あと、なでなでするのも、悪くないぞ、ティディス』


「きゅぷ」


「ほうほう」


 リュコスちゃんの言葉に同意するように、ペロネちゃんとシュゼットちゃんが鳴き声をあげた。

 改めて尋ねることなどなかったのだけれど、お風呂とブラッシングとなでなでも、結構みんな好きなのね。よかった。なでなでに関しては、私が気持ちいいからしているのだけれど。


「お話をしていると、時間が経つの、あっという間ですね。……私、こんなに誰かと、きちんとお話ししたのは、はじめてかもしれません」


「そうか? お前は、侍女たちと親しくしているだろう」


「私、言葉を話すよりも、聞いているほうが楽で……大体、いつも聞いています。お話を聞くの、好きです。でも、レイシールド様は……その、私の言葉を待っていてくださるから、なんだかお話ししやすくて。自分のこと、たくさん話してしまいました」


「そうか」


「ご迷惑じゃ、ないでしょうか……」


「いや」


「ふふ……よかったです」

 

「……お前も、俺がそばにいたら、迷惑では?」


「ど、どうしてです……? レイシールド様は私の大切な旦那様です……! お世話係というのは、旦那様の側にいるものですから、迷惑なんて思わなくて、むしろ嬉しいです」


「……旦那様、か」


「は、はい。仕えるべき主人のことを、旦那様や、ご主人様と、いうのですよね?」


「間違ってはいないが」


「旦那様とお呼びしたほうがいいでしょうか。それとも、ご主人様?」


「名前でいい」


 レイシールド様は少しだけ困ったように言った。

 レイシールド様のお口に合うといいけれどと思いながら、私は牛スネ肉のシチューとマッシュポテトをお皿に盛り付けをして、カートに乗せてダイニングへと運んだ。

 カートを押す私の後ろを、ペロネちゃんとシュゼットちゃんを背中に乗せたリュコスちゃんがついてくる。

 テーブルにお皿を並べるのをレイシールド様も手伝ってくださって、私は恐縮しながらも甘えさせていただくことにした。




お読みくださりありがとうございました!

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