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宵闇フクロウシュゼットちゃん




 レイシールド様は本当に、私が魔生物を侍らせて行動することを認めてくれたらしい。

 日の出寮に戻ると、侍女頭のエルマさんに呼び出された。


「ティディス、陛下からあなたについてのお達しがあったわ。あなたは魔生物の声を聞き、魔生物を飼いならすことができるのだとか。あなたの傍にいる魔生物は安全なものであると」


 日の出寮の寮母室で、エルマさんは私が命じられたので一緒に連れてきたリュコスちゃんや腕に抱えたペロネちゃん、頭に乗せている宵闇フクロウのシュゼットちゃんを不思議そうに眺めながら言った。


「は、はい、みんないい子たちです……」


 ちょっとだけ危険思考を持っている子もいるけれど、みんないい子たちだ。

 リュコスちゃんも私の元に来てからは、誰も傷つけていないもの。嘘はついていない。


『ティディス。でかい女だな』


 私はリュコスちゃんを無視した。エルマさんは全体的に大きな女性だけれど、そういうことを言ってはいけない。ふくよかとか、豊満というのだ。大きいのはいいことである。それだけ暮らしが豊かなのだから。


「この子たちが魔生物。話には聞いたことがあるけれど、見るのははじめてだわ。王国では魔生物は捕獲禁止とされているし、だいたい深い森の中や深い海の中や、あえて足を踏み入れなければ行くこともない場所に住んでいるから、見かけることなどほとんどないし」


 私は両手を握りしめて、目をきらきらさせた。

 エルマさんの認識の方が正しい。そうなのだ。魔生物とは本来王国ではそのような扱いで、捕獲されて売買されるほうがおかしい。

 リュコスちゃんのように街の近郊に現れて人に害を与えるなどした者はごく稀である。

 その際は討伐されてしまうか、捕獲されてしまうけれど。

 でも、魔生物は神秘の動物として尊ばれているから、討伐されるよりは捕獲される方が多い。


「この子たちは、法術師と同じような不思議な力があるのよね?」


「は、はい……リュコスちゃんは体を透明にできて、ペロネちゃんはどこでも好きなところに氷をつくることができて、シュゼットちゃんは人を眠らせることができます」


「それはすごいわ。つまり、眠れない夜にお願いしたら、安眠できるということ?」


「そ、そうなんです……」


「なるほど……」


 エルマさんは腕を組んで頷いた。

 それから「何かあったら責任は陛下がとるそうよ。あなたはその子たちを閉じ込める必要はないし、好きな場所へと連れて行っていい。食事も、三匹分余計に出しましょう。何を食べるの?」と聞いた。


「みんな、何でも食べます。私と同じものをなんでも……伯爵家では、主に芋と野草ときのこ、畑のお野菜を食べていました」


『まずかった』


 リュコスちゃんは贅沢である。


「そうなのね。草食なの?」


「い、いえ、お肉を買うお金がなくて……お魚なら、森の川や湖でとれることもあったのですが、毎日というわけにもいかず」


「そうなの……」


 エルマさんは少し悲しそうな顔をした。それから「あなたは誉れ高きレイシールド様の侍女なのだから、食事に苦労をする必要はもうないのよ」と、励ますように言ってくれた。


 エルマさんが手配をしてくれたのだろう。

 日の出寮の食堂に向かうと、虹サーモンのバター焼きとパンとスープが、リュコスちゃんとペロネちゃん、シュゼットちゃんの分も用意されていた。

 四人分をテーブルに運ぶのに苦労していたら、マリエルさんとラーチェさんがやってきて、手伝ってくれた。

 リュコスちゃんたちは正面に、私を真ん中にマリエルさんとラーチェさんが並んでテーブルについた。

 白いお皿にサーモンピンクの鮮やかな、大きな虹サーモンにパン粉と香草をまぶしてバターで焼いた虹サーモンのバター焼き、付け合わせにマッシュポテトと、オニオンサラダが乗っている。

 白い丸パンに、コーンのポタージュスープ。

 全部美味しそう。

 リュコスちゃんやペロネちゃん、シュゼットちゃんが幸せそうにご飯を食べるのを見ていると、私も幸せな気持ちになる。

 この美味しいご飯を――オリーブちゃんとローズマリーちゃんにも食べさせてあげたい。


「ティディスさん、今日は勘違いして突撃してしまいまして、申し訳ありませんでしたわ」


「ラーチェ。ティディスに攻撃したの?」


「ええ。私のシリウス様がとられた! と、思い余って、思い切り押し倒してしまいましたの。ティディスさんを」


「どうしてそこでティディスを押し倒すのよ。押し倒すならシリウス様でしょ」


「押し倒したいのはやまやまなのですが、押し倒そうとすると力で負けるのですわ」


 私の両脇で、マリエルさんとラーチェさんが私を通り越して話をしている。

 席の位置、間違えたのではないかしらと私は思いながら、サーモンを口に入れた。

 ふっくらほんわりとしたバターの味と、しっとりとした脂ののったサーモンが舌の上でとろける。口の中が幸せでいっぱいになる。美味しい。泣きそう。

 虹サーモンも高級な味がするけれど、お菓子や紅茶といった嗜好品と違って、虹サーモンの美味しさは私にも理解できる。

 私が食べていた川魚にお塩をまぶして焼いただけのものよりもよっぽど美味しい。もちろん川魚も美味しかったのだけれど。


「押し倒したことがあるのね、ラーチェ」


「十回ほど寝込みを襲いまして、十連敗しております。こう、ささっと、姿勢を入れ替えられて、逆に私がシリウス様のベットに寝かされて、ぽんぽんされながら子守歌などを歌われると眠くなってしまって、朝までぐっすり」


「朝までシリウス様のベッドで?」


「いかがわしいことはなにも起こりませんでしたわ」


 私の隣で、ラーチェさんが「私には女としての魅力がないのですわ」と、くすんくすん泣き始める。

 きゅんとするわね。美少女の涙、可愛い。


「女としての魅力しかないのに……」


「ねぇ、ラーチェは可愛いのにね、ティディス」


「はい」


「シリウス様は独身だけど、ラーチェがいるからあまり関わらない方がいいと言うのを忘れていたわね、ごめんなさい」


「いえ、大丈夫です……」


 マリエルさんが謝ってくれるので、私は首を振った。

 胸が大きくて腰がきゅっとなっているマリエルさんは、普通に座っているだけなのに胸がテーブルに乗っている。

 駄目だわ、あまり見過ぎると、レイシールド様の元でお仕事をしている時に思い出してしまうかもしれない。

 そして私は、お仕事中にマリエルさんの胸について考える変態ということがレイシールド様に知られてしまう。

 それはいけない。


「そんなことよりも、ティディスは無事だったの? レイシールド様の侍女として、やっていけそうなの?」


「大丈夫です。レイシールド様は、噂とちがっていい人でした」


 レイシールド様が自分の意思でお世話係を追い出していたことは黙っていた方がいいわよね、多分。


「私、シュミット様から聞いたのよ。レイシールド様が、ティディスに魔生物を内廷で飼う許可を与えたって。レイシールド様は、今までとは違って侍女に優しくするつもりだろうって……ついでに、噂は全部嘘だったってことも」


「どういうことですの?」


 泣き止んだラーチェさんが、不思議そうに首を傾げる。


「噂って?」


「ラーチェはシャハル様や、シュミット様、レイシールド様の従兄妹だから、噂のことは知らなかったのね。というか、あなたの場合はシリウス様のことばかり考えているから、従兄たちには興味ないのでしょうけれど」


「血縁者は恋愛対象にはなりませんの」


「まぁ、そうなのかしらね。シュミット様やシャハル様は、レイシールド様のことを極悪非道で最低な男、みたいに、侍女たちに言いふらしていたのよ」


「レイシールド様が? そうなのですか? 私、レイシールド様については無表情で無口で不愛想な、つまらない男、というぐらいしか認識がありませんでしたわ」


「それもどうかと思う」


 無表情で無口で不愛想――ではあるのだろうけれど。

 つまらなくは、ないわよね。

 夜にはアーモンドぐらいしか齧らないのに、あの立派な体格をどう維持しているのかしらと思うと、興味深くはあるわよね。

 そしてオリーブちゃんたちにチョコレートを送ると言ってくれた。優しくていい人だ。




お読みくださりありがとうございました!

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