回収される恋多き女
日の出寮に帰る道すがら、ラーチェさんと私は並んで話をした。
ラーチェさんは私よりも小柄で、同い年だけれど私よりも少しだけ幼く見えた。
「シリウス様は、幼い頃に宮殿で迷っていた私を助けてくださいましたの。その時、私は心に決めましたのよ。絶対にこのお兄さんと、結婚する! って」
「それは、強い意志ですね……」
「私の求婚の日々は、そこからはじまりました。料理を作り、お弁当を作って届け、お菓子を作って届け、寝込みを襲い、シリウス様のいく先々に偶然を装って現れて……」
「とても、大胆な幼女ですね……」
「もちろん、私の家の方が、シリウス様の家よりも家格が上ですから、権力に物を言わせてシリウス様の妻の座に収まることも可能ですのよ。でも、できれば私、シリウス様からラーチェ、結婚してほしい……と言われたいのです」
「乙女心ですね」
「わかってくださいますのね、ティディスさん!」
「え、ええ……まぁ」
「シリウス様は宮内卿のお立場ですから、内廷に働く侍女の方々と顔を合わせる機会も多いでしょう? 内廷の侍女たちは、まるで肉食獣のように結婚相手を求めて働きにきますから、いつシリウス様が胸が大きくて腰がキュッとなった侍女の毒牙にかかるかと気が気じゃなくて」
「胸が大きくて腰がキュッとなった……」
マリエルさんだ。
「ええ。ティディスさんも胸が大きくて腰がキュッとなっていますから……大人しい顔をなさっていて奥ゆかしい女性をシリウス様は好むのだわ……! と、ハンカチを噛んでおりましたのよ」
「ハンカチを……ハンカチが勿体無いので、噛むのはやめた方がいいです」
ハンカチとは高級品である。綺麗なハンカチを噛んだら勿体無い。
「気をつけますわね」
ラーチェさんは神妙な表情で頷いた。
「でも、よかった。ティディスさんがシリウス様を誘惑したのではなくて、一安心しましたわ。もしよろしければ、それとなく私を応援してくださると、とても嬉しいのですけれど……だ、駄目ですわよね、不躾なお願いすぎますわよね……」
「ラーチェさんを応援……」
「あっ、も、もちろん、嫌だったらいいのです、もしかしたらティディスさんもシリウス様が好きかもしれませんもの……! だってシリウス様は全人類を魅了する美貌と優しさの持ち主ですし、ティディスさんも好きになってしまうのは、当然、当然なのですから!」
「いえ、私は」
ほぼ初対面の男性を突然好きになったりしない。
でも――レイシールド様のことは好きって思ったわよね。
たぶんそれは、素敵な主だからだ。
それにしても。
「ラーチェさんのような愛らしい女性を放っておくなんて……私が男だったら、すぐさま結婚するのに」
美少女で公爵令嬢でお金持ちだ。
もう結婚するしかない。
「ティディスさん……」
ラーチェさんが顔をぼんっと音がするぐらいに真っ赤にした。
すごく照れているわね。私は率直な意見を言っただけなのだけれど、ものすごく可愛らしく、恥ずかしそうにしている。
「そ、そそ、そんな、いけませんわ、私たち、女同士ですのよ……」
「可愛い」
可愛い。
リュコスちゃんの何億倍も可愛いわね。
「か、可愛いだなんて、そんな……」
「ラーチェさんは可愛いです」
可愛いとしか表現できない美少女と相対して、私は途方に暮れていた。
こんな可愛いお金持ちに求愛されているシリウス様が正直羨ましい。私が男だったら──いえ、私が男だったら、クリスティス家はもっと悲惨になってしまうわね。
私が男だとしたら、お父様のように人付き合いの下手な甲斐性なしでしかないもの。
そんな男とラーチェさんは結婚してくれない。
「だ、だめです……駄目ですわ、ティディスさん、私には心に決めた殿方が……っ」
「──ティディス。すまないね。ラーチェを回収にきたよ」
涼やかな声が聞こえたと思ったら、私たちと同い年ぐらいの美青年が道の向こうから歩いてくるのが見えた。
レイシールド様によく似た銀の髪とアイスブルーの瞳を持つ、長い髪をした美女と見紛うばかりの美青年である。
優しげな垂れ目に、目尻にほくろ。立派な白い服に身を包んでいる。
第三皇子シャハル様だ。
「シャハル様……!」
「シャハル様、どうしてここに!」
恐縮する私とは違い、ラーチェさんは威嚇する猫みたいに瞳を大きく見開いた。
「それはこちらのセリフだよ。今日一日、私の世話係の役目を忘れてどこで何をしていたのか。シリウスを追い回していたのだとは思うけれど。あのね、ティディス」
「は、はい」
「ラーチェはね、非常に惚れっぽいんだ」
「え?」
「ちょっと優しくされたり、可愛いと言われただけで恋に落ちるんだよ。シリウスもそれを知っているから、適当にあしらっているんだよ」
「そんなことはありませんわ! 私、シリウス様一筋ですのよ」
「いやいや……私が何人、君の惚れた相手の相談に乗ったと思っているんだか。今だってティディスにときめいていただろう。シリウス様のことが好きなはずなのに、他の殿方のことも好きになってしまいましたわ……! とか、しょっちゅうだし」
「うう」
「ラーチェが私の元にいるのは、何処の馬の骨ともわからない相手に惚れて、地獄の果てまでも追いかけていってしまわないためだよ。私は、従兄妹として君の管理を任されているのだから、大人しくしていなさい」
「シャハル様、私は自ら望んで侍女試験を受けたのですわ」
「そう仕向けたのは君の父上で、受からせたのは私だ。ティディス、ラーチェの言うことを真に受けなくていいからね」
「は、はい……」
「ところで、今日一日、レイ兄様と過ごしてみてどうだった?」
「とてもいい方だと思いました。優しくしていただきました」
「そう。よかった。……レイ兄様にもようやく、理解者が現れたかな」
シャハル様は優しく微笑むと、じたばた暴れるラーチェさんを無造作に抱えあげた。
そしてラーチェさんは、シャハル様に抱えられてどこかに消えていった。
私は唖然としながらその姿を見守っていた。
この国には、いろいろな人がいるのね。
ラーチェさんは、あれかしら、恋多き女、というやつ。
それにしてもシャハル様はレイシールド様の弟君なのに、お話が上手だった。
レイシールド様は「いや」とか「あぁ」ぐらいしか言わないのに。
兄弟でも随分違うのね。
そして――多分、レイシールド様のことを気にかけている。
シャハル様は、レイシールド様が優しい方だと知っているからだろう。
ご家族仲がいいのかもしれない。私は妹たちのことを思い出した。会いたいなと思いながら帰路につく。
もう私に飛びかかってくる美少女は、今日のところはいないみたいだった。
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