ラーチェ・イルアムス公爵令嬢
レイシールド様に勧められるまま、私は高級な紅茶と、高級過ぎて「やたらととろっとして甘い」以外に感想を抱けないぐらいに恐れ多いチョコレートを食べた。
そもそもチョコレートなんてお高いものを私は食べたことがない。
花の形をしていて中からとろっとした果物のソースが出てくるチョコレートは、甘くてとっても美味しい。
高級な紅茶やチョコレートが私の血肉になっていくのだと思うと、ふるふる震えてしまう。
でも美味しい。高級な味がする。美味しい。
「うう……美味しい」
オリーブちゃんとローズマリーちゃんにも食べさせてあげたい。
「オリーブとローズマリーとは、お前の妹たちか」
「はい。クリスティス伯爵家で二人とも私を待っていて、とても可愛いんです、天使のように可愛いんです、私の宝物です」
『そうじゃな、あの二人は可愛い。己の芋を我らに分けようとしてくれるのじゃ、小さいのに』
「きゅぷ」
レイシールド様の質問に、リュコスちゃんとペロネちゃんも答える。
リュコスちゃんは怖いけれど、子供には優しい。昔からそうだ。
「そうか。では、チョコレート等の食料を、クリスティス伯爵家に送っておこう」
「ど、どうして、そんなことを……」
「お前がそうしたいと望んでいるからだ」
「レイシールド様……」
いい人だわ。この世の中にこんなにいい人がいたなんて。
クラウヴィオ様も心配になるぐらいにいい人だったけれど、レイシールド様も同じぐらいにいい人。
王宮は怖いところかもしれないって思っていたこともあったけれど、でも、いい人ばかりだ。
「ありがとうございます……!」
ご好意に、甘えさせていただこう。
だって私だけの力じゃ、二人に高級チョコレートを食べさせてあげることなんてできないもの。
きっと二人とも、クリスティス伯爵家で不安でいっぱいになりながら、私の帰りを待っているだろうから。
チョコレートを食べたら、元気が出るかもしれないものね。
「ティディス。クラウヴィオと結婚を?」
「え?」
「クラウヴィオは強引なところがある。お前が嫌がっていると思い、声をかけたのだが」
私は目を見開いた。
レイシールド様、私を心配して声をかけてくださったのね。
それに、もしかしたら心配だったから、様子を見に帰ってきてくれたのかもしれない。
「……あ、あぁ。まぁ、そうなる」
「ふふ……ありがとうございます。とても優しいです。レイシールド様」
あぁ、本当に優しい。
クラウヴィオ様のように困ってしまうような優しさじゃなくて、私の意思を尊重してくださる気遣いを感じる。好き。
好き――と思うと、レイシールド様に通じてしまうのかしら。
本当に、いいお仕事に巡り合ったわ、私。とても優しい、素敵な旦那様だ。
「……そうか」
「はい」
やっぱり通じている。
私はにっこりしながら頷いた。ちゃんと伝えられて嬉しい。言葉には、していないけれど。
「それで、お前は……」
「クラウヴィオ様と結婚なんてできません。私は働く必要がありますし、むしろ、初対面の女性に求婚するのは心配といいますか……」
「そうか」
レイシールド様はそう短く言うと、小さく息をついた。それから話題を変える。
「お前がここに連れてきた魔生物は、この二匹だけか?」
「お部屋に、宵闇フクロウのシュエットちゃんがいます」
シュエットちゃんは大人しい。昼の間は大体寝ている。
でも少し気難しいので、私があげないとご飯を食べないのだ。だから、連れてきた。
「魔生物は、人に危害を加える可能性がある者もいる。だが、お前が傍に居る限りは問題ないのだろう。今後は隠す必要はない。黎明宮に連れてきても構わない」
「は、はい! ありがとうございます……!」
私はレイシールド様に深々と頭を下げた。
「それから、魔生物の分の食事も用意するように内廷の料理人たちには伝えておく。弟たちやシリウスにも状況を話し、怯える必要がないことを皆に伝えよう」
「そ、そんな、そこまでよくして頂くわけには……」
「魔生物と心を通わせることができるものなど、俺は知らない。お前は貴重な存在であり、俺がお前を認めた。これでも、王だ。俺の判断に異を唱える者は少ない」
「あ、ありがとうございます……」
私はレイシールド様に再びお礼を言った。
それからお仕事に戻られるレイシールド様を見送って、お昼休憩を挟んで午後の仕事を恙なく終えた。
私がお仕事をする間、ペロネちゃんは私の傍でとげとげ玉のように丸まって、リュコスちゃんは透明になって姿を隠しながら私の傍で寝ていた。
夕方になってレイシールド様がお帰りになられたので、私は黎明宮の玄関まで走っていってお迎えをした。
「おかえりなさいませ、レイシールド様」
「あぁ、……その、……ただいま」
レイシールド様は小さく頷く。
私は黎明宮の中に入るレイシールド様の後を追いかけていく。
私のあとを、リュコスちゃんが優雅に、ペロネちゃんがちょこちょこと追いかけてくる。
「ティディス。今日は疲れただろう。夜は一人で十分だ、もとより俺に世話係など必要がない。もう、帰っていい」
「えっ……」
「お前の存在が要らないと言っているわけではない。明日も、頼む」
「は、はい!」
お部屋までついていこうとすると、レイシールド様にもう下がっていいと言われたので私は慌てた。
役に立たないと言われたのかと一瞬思ったのだけれど、そうではないみたいだ。
明日も来ていいと言われたので安心しながら、私は日の落ちる内廷を、日の出寮に向かって歩いていく。
夕方の内廷はとても静かだ。
美しく切りそろえられた木々に、つるりとした石畳。流れる川に、夕日に照らされた魚影が光っている。
「私、明日も頑張らなきゃ」
『……あの男は、妙だ』
「妙?」
『妙に、懐かしい匂いが……』
足音ひとつ立てずにリュコスちゃんが歩きながら、私を見上げる。
どういうことかしらと首を傾げる私に向かって、夕日を背にして小柄で黒い影が走ってくる。
マリエルさん?
「ティディスさん……!」
私の名前を呼びながら走ってくる、きらきらと輝く金色の髪を持ったそれはそれは可憐な女性の姿。
「わぷ……!」
私はその女性にがばっと抱きつかれた。抱きつかれた拍子に尻もちをついた私のお腹の上に、小柄な女性が乗っている。
小柄で可愛い。ふさふさの金の髪に、零れ落ちそうなほど大きな翡翠色の瞳。
まるで、お姫様みたいな可憐な姿。
「ティディスさん、今日、シリウス様に呼ばれておりましたよね……!?」
桃色のリボンと桃色のスカート。
第三皇子シャハル様の、蒼天宮に仕える侍女のお仕着せである。
誰――だったかしら。
私のお腹の上に乗って私を覗き込んでいる美少女が誰だったのか思い出せず、私は焦った。
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