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窓際のヒーロー  作者: Aju


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17 ヒーロー&専門家

 結局、夏海の夜シフトのない日に、胡桃ちゃんと悟郎少年は夏海の部屋で会うことになった。

 悟郎少年が来るのは8時の約束だというのに、胡桃ちゃんは6時にはもう夏海の部屋にやって来た。

「夕食になるもの、買ってきた!」

 テンションが半端ない。

「相談——、なんだからね?」

「わかってる、わかってる! ヒーロー少年も食べるのかな?」

「幽体の悟郎さんの方はどうだろ?」

「か・・・買いすぎたかな? 3人分のつもりで・・・。」

「持って帰ってもらえばいいよ。本体の方は食べられそうなものだし——。」

「90歳のおじいちゃんだったね、そういえば・・・。歯のこと考えてなかった。」

「大丈夫。本体も若返ってるから——。」

「は?」


 夏海は、幽体の悟郎少年が成長していて、それに伴って本体の悟郎さんは急速に若返っていることを手短かに話した。

「それって・・・、どこかで幽体と肉体の年齢が一致しちゃうってこと?」

「さあ・・・、そこまでは、考えたことなかったけど・・・。」

「一致したら、本当に実体のあるヒーローになるのかな!? そうするとカメラにも写るよね? 仮面とか戦闘スーツとか要るよね?」

「く・・・胡桃ちゃん。ちょっと落ち着いて——。」



 8時きっかりに悟郎少年が窓ガラスを素通りして部屋に入ってくると、胡桃ちゃんのテンションは絶頂に達した。

 自己紹介もそこそこに、まずはスマホで撮影して写らないのを確かめると、今度はミスドの袋を持たせて夏海と並ばせて記念写真を撮ろうとした。

 袋だけが浮いている状態を写せば証拠になる、と思ったらしい。・・・が、画像が乱れて何も写らなかった。

「やっぱ、霊障・・・?」

 そう言いながらも、胡桃ちゃんの目は輝いたままだ。

「胡桃ちゃん・・・。悟郎さんは児童福祉司に相談に来てるんだから・・・。」

「はい! わかってます。すみません、ついハッチャケちゃって——。ここからはちゃんと職業意識に戻ります。忘れてませんから。」


 悟郎少年は少し呆れ顔で、そういう胡桃ちゃんを見ていたが、

「近頃の娘さんは、こんなふうにはしゃぐんだねぇ。」

と、ひどくおじいさんくさい話し方で感想を言った。

「胡桃ちゃんはヒーローオタクなもんだから——。」

 夏海がフォローすると、悟郎少年は怪訝な顔をした。

「御宅・・・って?」

「あ、・・・悟郎さんの年代だと通じないのか・・・。つまり、えーっと・・・マニア、って言ったらわかる?」

「ああ、それなら。」

「マニアよりはもうちょっと軽いノリなんですけどね。」

 胡桃ちゃんがそう補足すると、悟郎少年はまた怪訝そうな曖昧な微笑を浮かべた。

「海苔?」

「えっと、つまり・・・ジャズなんかでノリがいいとか、気分がのるとかいう時の使い方に似てて・・・」

「ああ、何となくわかったよ。」

 夏海のとつとつとした「翻訳」に、悟郎さんは苦笑しながらそう応えた。

「体は若返っても、やっぱり俺は浦島太郎だなぁ。」


 ひとしきりのそんな騒ぎのあと、悟郎さんは本題に入った。

「夏海さんから聞いたんだが、虐待というのは親から子に連鎖するんだってねぇ。そこで、専門家の白浜さんに聞きたいんだが・・・」

「胡桃でいいです。わたしも『悟郎さん』って呼ばせてもらいますから——。」

「そうですか。じゃあ遠慮なく——、胡桃さん。虐待というのは、なんというか、先祖代々のごうみたいなもんですか?」

「え? ごう? いや・・・わたし、仏教系はあんまり詳しくないんですが。

わたしの専門の方から言いますと、子どもの時に刷り込まれた行動パターンというのは、大人になってからも簡単には変えられないものなんです。その子の性格にもよりますけど、もともと親から受け継いだ遺伝子があるところに、幼少期に親の行動パターンが刷り込まれますから——。」

「ふむ・・・。やっぱり、ごうなんだな・・・。」

 悟郎さんは納得したようにうなずいた。

「いや・・・、そこんところは、わたし、合ってるのかどうか・・・」

「2日前ね・・・」

と、悟郎さんは話しだした。

まなちゃんの父親の浩一くんを見つけたんだ。夜、運送会社でアルバイトをしている浩一くんを——。」


 悟郎さんから見れば、父親の浩一でさえ孫の世代になる。

 胡桃ちゃんの話を夏海から又聞きで聞いてから、悟郎さんは「浩一くん」のことも気になっていて、この2晩、彼の仕事やその前後の様子を上空から見ていたらしい。

 それを胡桃ちゃんに詳しく話した上で、最後に悟郎さんの考えを添えた。

「俺が思うに、まなちゃんを救うには、まず浩一くんから救わにゃならんような気がするんだが・・・。胡桃さんはどう思われるね?」


「そのとおりです! すごいですね。悟郎さんて90歳なんですよね? 最新の心理学も勉強されたんですか?」

「いや・・・、そういう勉強はしたことないんだけど・・・。」

 悟郎さんは、ちょっと照れたような表情を見せた。少年の姿の悟郎さんは、はにかむとひどくかわいい。

「それで・・・」

と悟郎さんは、照れを隠すように話を続けた。

「そんな時、専門家はどんなふうにやるのかな? 俺はこの姿だから、説教しても、子供のくせに生意気な! って思われちゃうだろうし・・・。」

「説教はNGです。」

「えぬ爺・・・?」

「あ、えっと、説教ではダメなんです。厳禁です。寄り添う形でないと——。相手が受け入れられないですから。寄り添って、話を聞いて・・・。心を解きほぐして、自分自身と向き合うことができるようにしていかないと——。

専門家でもけっこう難しいんですよ、それ——。30過ぎた大人ですしね。」


 悟郎さんは少し黙って考えてから、独り言のように、ぽつりと言った。

「仏教で言う『慈悲』だな——。・・・・たしかに、難しそうだ・・・。」



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