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窓際のヒーロー  作者: Aju


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15 派遣切り

 このコロナ騒動のしわ寄せは、浩一のような弱い立場の人間にまともに襲いかかった。

 メインスタッフとして派遣されていた大手外食チェーンの店から、契約解除の通知がきたのは3月末のことだった。

 「メインスタッフ」じゃなかったのかよ?

 所属する派遣会社から「次の職場」として提示されたのは、とうてい通えるはずのない遠方の現場だった。しかも、まるっきり経験のない畑違いの仕事だ。

「今のところ、需要があるのはこれくらいなんですよねぇ——。」

 要するに、従うか「自己都合退職」するかの2択を迫られているわけだ。

「登録型に切り替えられるのであれば、またマッチングする職場が見つかるまで自由に間を空けることができますが・・・。」


 結局、浩一は登録型に切り替えてみたものの、あらゆる外食産業や接客業が経済的打撃を受ける中、人材を募集するようなところは皆無と言ってよかった。

 登録派遣社員、などと聞こえのいい言葉で呼ばれようと、実質は仕事のない失業者であった。

 することのない浩一は、自分の惨めな気持ちを誤魔化すためにも、昼間から酒を飲んでスマホゲームばかりするようになった。

 否応なく、「家族」と一緒にいる時間が長くなる。

 学校が休みになったままの娘のまなの一挙手一投足が、妻の幸江のビクビクした態度が、癇にさわって仕方がない。

 四六時中それが続く上に、派遣会社からは何の連絡もない。

 だからといって、出歩けばどこでコロナを拾うかわからないし、パチンコ屋も飲み屋も自粛、自粛だ。浩一は屈辱感とイライラが募って、つい怒鳴ることが増えた。


 以前からもそうだったが、怒ると幸江もまなも言ったことと真逆の行動をしやがる。だから、また怒るのだが、そうすると2人ともただ怯えるだけで、浩一をまるで犯罪者か何かでも見るような目で見るのだった。それがまた、浩一をいっそう苛立たせる。


 ついに浩一は、2人に対して手を上げた。

 それまでは口で怒鳴るだけだったが、一旦手を上げてしまうと歯止めが効かなくなった。

 オレはお前たちを愛しているんだぞ。だから、言ってンじゃねーか! 言うだけで分からねーのか!

 なんだ、その目は! 犯罪者か化け物でも見るようなその目はなんだ!

 ふぅっざけんなヨォ———!!


 そんな時だった。あの、ガキの格好をしたバケモンが家に現れたのは——。


 そいつは突然アパートのベランダに現れ、まなを殴った浩一を上から目線で非難し、そして子どもの姿のくせに抗いようのない力で浩一をねじ伏せ、床に這いつくばらせた。

 浩一がかろうじて守っていたプライドが、砂のように指の間からこぼれ落ちていった。

 浩一は「大人」として振る舞うことで、その砂つぶを手のひらに残そうとした。まなに掛けられているそいつの上着を引き剥がし、部屋の中に下がらせることで、娘を守る父親としての立場を示そうとした。

 が、その上着が浩一の手の中でさらさらと光の粒になって消えてしまったとき、浩一のプライドは跡形もなく消し飛び、代わりに恐怖が覆いかぶさってきた。

 そいつはまなに「また来る」と言い残して、夜空の闇へと飛び去って消えてしまった。


 娘に何かヘンなものが取り憑いた。あいつはどこかで妙な物でも拾ってきたんじゃないか?

まな! てめぇ、何しやがった!? 」

 浩一は手を振り上げたが、振り上げたところで体が固まった。

 それは、またあの化け物が突然現れるかもしれない、という恐怖にかられたからのようだが、あとで思うとどうもそれだけでもなさそうだった。

 殴れば、あれほど憎んだ自分の父親と同じだ。それだけじゃない。あの化け物には手も足も出ずに組み敷かれ、その直後に自分より弱い娘を殴るのなら、オレは親父以下のクズだ。

 男どころか、人としてのプライドまで煙のように消え失せるだけじゃないか——。


 惨めだった。

 派遣会社から切られたことも重なって、まるで自分が要らない存在であるかのような負の観念が頭の上に巨大な岩のように膨れ上がっていった。

 娘の顔を見るたびに、その岩から無数の惨めさの蛇が現れ、それが浩一の体を締め付けてきた。

 逃げ出したかった。


 娘が学校から帰る夕方から夜にかけてのアルバイトを探した。妻の幸江はすでにパートに出ている。

 自分だけ稼ぎがない状態が続けば、頭の上の岩はさらに大きくなり、やがて浩一を押し潰してしまうだろう。

 幸いにして、大手運輸会社のベースでの夜間仕分け作業のアルバイトが見つかった。このコロナ騒動の影響で通販の荷物が増え、人手が不足していたようだった。

 募集の時給は他に比べてもそこそこ高い方に見えたが、実際に契約書にサインしてみると、カラクリがあることが分かった。

 手袋や安全靴、ヘルメットも自腹で買わねばならず、通勤手当も出ないのでガソリン代も自分持ちだった。

 仕事は吹きさらしの現場で、ベトナム語だかブラジル語だかが飛び交う中に混じり、派遣社員の日本人から怒鳴られながらの作業だった。

 それでも、通帳にわずかばかりの金が振り込まれるだけマシというものだ。派遣社員の時、オレは底辺だと思っていたが、まだ下があったんだな・・・。


 作業はカゴから荷物を取ってベルトコンベアに載せるだけ、という単純なものだが、休む暇はなく、自分がまるで機械に使われているかのように動かねばならなかった。

 ベルトコンベアはトラブルがあるたびに止まった。動きっぱなしだとかなり疲れるが、頻繁に止まるので、その間だけは「人間」に戻ることができる。


「投げるな!」

「まっすぐ置け!」

「投げるな、つってっだろォ!」

 日本人の派遣社員の怒鳴り声と、機械のゴウゴウいう音で、夜なのに凄まじくうるさい。なるほど、こんな山と田んぼばかりの場所にあるわけだ。

 働いているのは外国人がほとんどで、日本語が分からないのか、怒鳴られても、いやむしろ怒鳴られるからか、ふてくされたように荷物を放り投げ、「天地無用」も何もあったものじゃない。

 そもそも「天地無用」などという日本語を、彼らは理解しているのかどうか。



 そんな浩一の姿を、上空を飛んでいた悟郎少年が見つけた。



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