13 若返り?
翌週、児童相談所が動いた。
・・・が、父親にカウンセリングを勧めた対応は、父親を激怒させただけで終わったらしい。
「最悪の対応だよ。何やってんだろ、担当者?」
胡桃ちゃんが、電話をかけてきて嘆いた。
「まあ、担当者もピンキリだからな——。とりあえず、そっちの児相は当面動かないと思うよ。虐待の確たる証拠があるわけでもないし、通報者は1人だけで、しかも匿名だし・・・。最後はなんか、わたしが一人で騒いでるだけみたいな空気になっちゃって・・・。」
「わるかったよ、胡桃ちゃん・・・。巻き込んじゃって——。」
「いや、これでいい。ていうか、よくわたしに教えてくれたよ、ナッツ。こういうケースは、できるだけ早い対応がいいんだ。ナッツみたいな人が気にかけてくれてるだけで、ずいぶんと心強いよ。制度だけで救えるもんでもないんだ——。それはそうと・・・」
と胡桃ちゃんは別の話を持ち出した。
「相棒のヒーロー君との2ショット写真は送ってくれないの?」
そこ?
「いや・・・、なんつーか、写真に写らないんだよね。」
「はあ?」
胡桃ちゃんは頓狂な声を出した。
「写らない・・・って、写真撮っても部屋だけ写ってるとか?」
「うん。鏡にも映らない——。」
「・・・・いや、それ・・・なんか・・・。幽霊じゃないの、それ!? ナッツ、なんか変なモノに取り憑かれてない? 肩重くない!? 」
「い・・・いや・・・、幽霊じゃないよ。生き霊っていうの? 90歳のおじいちゃんが幽体離脱した・・・っていうか・・・。離脱した幽体の方は少年になっちゃうんだよね——。」
少しだけ沈黙の時間があった。
「ナッツ、あんた・・・。よくそれ、すんなりと受け入れてるな——。」
「だって、この目で見ちゃってるんだもん。それに、その人うちの入所者で、わたしの担当で・・・いいか、もう名前言っちゃっても——高橋悟郎さんっていうおじいちゃん。すごくいい人なんだよ。——でもって、幽体の悟郎少年の方は、力も強いし空も飛べるし、人助けいっぱいしてるんだよ。」
そのあとの胡桃ちゃんの沈黙は、たぶんどういう反応をしていいか分からなくなったんだろう。
胡桃ちゃんは、当たり障りのない話題に切り替えてから、電話を切った。
やっぱり・・・、ヘンに思われたか・・・。
だよね———。
一方、このところの悟郎さんのしっかり加減は、普通じゃない。まるで・・・、そう、まるで・・・・。
そんなことを考えながら車椅子を押していた夏海は、あることに気づいた。
悟郎さんの頭頂部は、もっと禿げてたんじゃなかったっけ?
「悟郎さん・・・、若返ってない?」
思わず夏海がそれを口にすると、悟郎さんは車椅子に座ったままでふり返って苦笑した。
「頭、気がついたかね。」
その表情は、ついこの間まで認知症の出ていた老人のそれではない。
「そのまま車椅子を押して部屋に入ってもらってもいいかな?」
夏海が言われたように車椅子を押して部屋に入ると、悟郎さんは扉を閉めるように言った。
夏海が引き戸を閉めてふり返ると、悟郎さんはいきなり車椅子から自分で立ち上がった。
驚いている夏海の前で、悟郎さんは脚だけでスクワットみたいな屈伸運動をして見せる。
「ご・・・悟郎さん?」
「しっ!」
悟郎さんは目を丸くして、人差し指を口の前に持ってきた。
「間違いなく若返っとるよ。この体——。」
人懐っこい笑顔を夏海に向ける。
「あんたの言うとおり、子供の体の方も成長しとる。」
「どういう・・・こと?」
「『年齢』が向こうに移っていっとる——ということかな・・・? それとも、両方が近づいとる、ということかもな・・・。」
「ヒーロー活動をしたら、若返るってこと?」
夏海は思わず目を輝かせたが、悟郎さんはなぜか複雑な顔をしている。
「そう単純じゃなかろう。・・・何にせよ、髪の毛が黒くなり始めたら、さすがに誤魔化しきれん。・・・・どうしたもんか・・・・。」
たしかに・・・、スタッフや他の入所者になんて説明したらいいんだろう?
幽体離脱してヒーローやってます・・・?
「いっそのこと、打ち明けちゃう?」
夏海が言うと、悟郎さんは静かに首をふった。
「いや・・・。騒がれたり、見せ物みたいに扱われるのはごめんじゃ。夏海さんみたいに静かに受け入れてくれる人が、そうおるとは思えん。・・・それに・・・」
そこまで言いかけて、悟郎さんは言葉を切った。
「いや、よそう・・・。」
それから悟郎さんは自分で歩いてベッドまで行き、すとんと腰を下ろして、子どもみたいな目で夏海を見た。
「もうしばらく、内緒にしてくれんかな? 夏海さん——。」




