12 カエルの子は・・・
その日の夕方、胡桃ちゃんからも電話が入った。
「わたしの方もちょっと調べてみたんだけどさ——、いや、須々木山って珍しい名前だったし・・・。うちの方の過去の記録にあったんだよ。須々木山浩一。その女の子の父親の名前——。」
胡桃ちゃんが言うのは、父親の浩一もまた、子どもの頃一時児相に保護されていた記録があった——ということだった。
「それって、つまり・・・お父さんも子どもの時、虐待されてたってこと?」
「そう。やっぱり、というか、虐待の連鎖というやつ。」
胡桃ちゃんが調べてみた範囲だけでも、浩一が受けた暴力はけっこう酷いものだったらしい。
20年も前のことだから、当時の大人たちの意識は今よりもっと低く、浩一は何度も『親』のもとに帰されたらしい。
結局、施設に保護されたのは救急隊員が病院へ搬送する、という「事件」が起こった後だった。
「はぁ・・・。こういうの見てると、ほんと、やりきれなくなる時があるよ。」
胡桃ちゃんはため息混じりに言った。
「結局、加害者は被害者でもあるんだもん。・・・抜け出すの、大変なんだよねぇ。この連鎖・・・。」
「でも・・・、自分がされて嫌だった——って記憶はあるんだよね?」
夏海が言いたいのは、だったら自分の子どもには同じような思いはさせたくない、って思うのが普通じゃないか——ということだった。
「ナッツは愛されて育ったもんなー。」
「そんな言い方・・・。」
「ごめんごめん。ナッツには想像の外の世界なんだろうけど、わたしには少し実感できるんだよ。わたしの場合は、言葉だけの暴力だったけど——。」
いつもの快活な胡桃ちゃんらしくない声だ。
「母親の方の記録は見つからないけど、たぶん彼女も何らかの虐待を受けて育ってるんだと思う。そういう2人がくっついちゃうことってありがちなんだけど・・・、それだと2人とも育て方が分かんないんだよ。特に父親の方は、殴ること=しつけ、っていう刷り込みができちゃってるから。
そういうのが想像の外にある世界で育ってこれたのは、神様が生まれる時に渡してくれたプレゼントみたいなもんだと思っていいんだよ。それは、ナッツに対してだけじゃなくってさ——。ナッツみたいな人がいることで、わたしみたいなのも救われてるんだから。」
最後のは、はじめの言葉のフォローだろうか・・・。とも思ったが、でもたぶん、胡桃ちゃんの本音でもあるんだろう。
夏海にとっては、こういう胡桃ちゃんを見るのは初めてだった。学校のサークルでは、いつも快活で面倒見のいい胡桃ちゃんだったし、サークル仲間でバカ話や2.5次元アイドルの話ばかりして盛り上がっていたから——。
わたし、幸せに生きてこれたんだなぁ——。良くも悪くも。
「ナッツみたいな子と、そのヒーロー少年と、この家族が出会ったのも・・・ひょっとしたら神様の計らいかもね。何にしても、いい縁になるといいよ。
わたしも明日、この情報をそっちの児相に入れておく。動き方の参考にもなると思うから——。」
翌日、夏海はホームの庭を散歩中に、悟郎さんの耳にも胡桃ちゃんから聞いた話を入れておいた。
もっとも、シアワセに育った娘の又聞きだから、胡桃ちゃんほどの説得力があったかどうか——。
「そうか・・・・。」
と悟郎さんはしばらく考え込んでいたが、
「今はそういう考え方をするんだなぁ・・・。わしらが子供の頃は、子供自身がそういうものをはねのけて強さやら優しさを身につけたもんだったが・・・。だから、今どきの若いもんはひ弱なんかなぁ——。」
そう言ってから、悟郎さんは少しだけ間をあけて
「こういうふうに考えるのは、わしが古いせいかな・・・?」
と笑ってみせた。その笑顔は、少し前の悟郎さんとは違って、ひどくしっかりしている。
それから、またふと思い出したように付け加えた。
「いや、そうでもないか。乱暴な親の子供は乱暴だった——。わしらはそれを、親の血のせいだと思っていたが・・・、その胡桃さんという人が言うようだとすると、代々のその家の業みたいなものかもしれんなあ・・・。」
悟郎さんはまた考え込んだ。
その後、数日間は特に変わったこともなく、愛ちゃんは普通に学校に行っているようだった。児相の方の動きも特にない。
夏海もなんとなく気にはなりながらも、シフトが空かないので昼間見に行くこともできないでいる。
悟郎さんは毎晩、様子を見に立ち寄っているようだったが、父親は夜、家に居たり居なかったりだという。
ただ、今のところ、愛ちゃんが暴力をふるわれているような様子はないようだった。
しかし、その平穏がいつまでも続くものではないだろうことは、夏海でもわかっている。
問題の本質は、何ひとつ解決していないのだ。
虐待の連鎖・・・・。
代々の業———か。
カエルの子はカエルになるしかないのだろうか・・・。
頑張ったら、何か違うものになったりはしないのかな・・・・。
胡桃ちゃんは、ああ言ってたけど・・・
わたし・・・、何かの役に立ってるのかな?




