11 チーム・ヒーロー
翌日は、夏海にとって2ヶ月半ぶりに入ったシフトの休みだった。
(明日は朝寝するぞぉー。んでもって、気の済むまでお洗濯だぁー。)
久しぶりの開放感。ずっと緊張しっぱなしだったもんね——。ちょっと夜更かししてもいいかな?
観そびれた映画をNETで視聴しようと、大型モニターにパソコンをつないだ時だった。窓がコンコンと鳴ったのは。
「あ、悟郎さん。」
「これから行ってくる。また帰りに愛ちゃんの様子を教えるよ。」
それだけ言うと、悟郎少年は夜空へと飛んでいってしまった。
えっと・・・、それって、真夜中にもう1回来るってことだよね?
寝てらんないじゃない・・・。もし、変な格好で寝てたらどうすんのよ? 以前「入っていいよ」って言っちゃったから、悟郎少年は中に入ってくることもできるんだよね? ・・・で、・・・・
「しょうがないなあ」とか言いながら、お布団掛け直されたりしたら・・・。
それ、めっちゃ恥ずかしいじゃないの!
寝るわけに、いかない・・・・。(・_・;)
夏海は、悟郎少年が帰ってくるまで起きていることにした。 いいや! 映画2本観ちゃえ! 明日は昼まで寝たっていいんだ。
どのみち、児相が行った後の愛ちゃんの様子も気になってるし——。
胡桃ちゃんは、明日また児相の様子を連絡くれるって言ってたけど・・・。児相自体マンパワーが足りてないって言ってたし、管轄違うんじゃそんな首突っ込むわけにもいかないだろうし。
当面は悟郎さんと私たちの非公式チームで、愛ちゃんを気にかけていくしかないんだから・・・。
悟郎少年は午前1時頃、夏海の部屋のサッシのガラスをノックした。ずいぶん早い時間なのは、夏海に気を使ったらしい。
「いいよ。入って。」
夏海は観かけの映画の音量を絞って、カーテンを開けた。
「起きててくれたんだ。」
悟郎少年はそう言って、ガラスを素通りして中に入ってきた。
「観そびれた映画、あったしね。」
夏海は画面を一旦停止する。
「今日のところは、何も起きてないみたい。父親は不機嫌に酒を飲んでたけど、今はもうみんな寝たよ。僕は招かれないと中には入れないから、見てるだけなんだけど・・・。昼間はお願い。」
「児童相談所は、そう毎日は動かないよ。その子は学校行ってるのかな? わたし、明日休みだし、少し昼間動いてみるよ。」
(お洗濯は、お預けだあ———!)
「悟郎さん、あなた・・・」
と、夏海はあることに気がついた。
「背、伸びてない?」
「そう?」
と悟郎少年は自分の手足を見る。
「自分じゃわからないけど・・・。」
「たしかに、成長してるよ。前見た時より——。わたしが最初に悟郎さん、あ、今の姿のね——悟郎さんに会った時は、なんかもっと小学生っぽかったもの。・・・今はちょっと中学に上がったくらいに見える。背も絶対伸びてるよ。幽体でも成長するのかな?」
悟郎少年は、もう一度自分の手を見た。それから、気持ちを切り替えるみたいに、すっと顔を上げた。
「僕はもう少しパトロールしてから、体に帰るよ。映画、邪魔してごめん。」
悟郎少年は、ふわっ、と浮いてベランダまで出ると、そのままシュッと夜空へ飛んでいった。
翌日午後、夏海は悟郎さんに教えてもらった住所を訪ねてみた。
訪ねてはみたものの、いざ目の前まで来てみると、さて、どうしたものか、と思ってしまった。
児童福祉司でもない者が突然訪ねていったら、明らかにヘンだよね・・・。外から見たって、中に愛ちゃんがいるかどうかなんて分かるわけないし・・・。
もし、その父親がいて、それが出てきたらどうすんのよ? 何かの飛び込み営業でも装う? って、そんな才覚、わたしないし——。
あ————! 何も考えてなかった! あ・・・あほだ、わたし・・・・。
向かい側のアパートの共用廊下からベランダを眺めてみるが、そこの窓にはカーテンが引かれていて中までは分からない。
これじゃ、不審者だな・・・・。
夏海はトボトボと階段を下り、一旦帰ることにした。
ちゃんと計画立ててから出直そう・・・・。
ところが・・・。運というのは、こういうものなのかもしれない。
夏海がうらめしげにアパートの階段の入り口を振り返りながら、バス停の方に歩き出していると——。そこにランドセルを背負った1人の小学生の女の子が入って行くではないか。
そうか! 低学年は下校時刻! あの子、ひょっとして・・・。見た目も、悟郎さんが話してた感じにそっくりじゃない?
夏海は再び階段を上って、2階の共用廊下に出た。はたして、女の子はその扉の前で鍵を取り出し、ドアノブに差し込もうとしている!
「愛ちゃん?」
女の子は、びくっとしてこちらを見た。
「あ・・・怪しい者じゃないの。・・・わたしは・・・」
十分怪しい。
「わたしは、あの白い男の子の友だちだから。」
白い男の子、と聞いて、女の子は目を大きく開いた。
「あの子、愛ちゃんのこと心配してて・・・。でも、あの子は昼間は来れないから、わたしが代わりに様子を見に来たの。」
それからちょっと声を落として
「おうちの人、誰かいる?」
と聞いた。
女の子は、ふるふると首を横に振った。夏海はちょっとホッとする。
「あれから、酷いことされてない? 叩かれたりしてない?」
女の子はこくりとうなずく。まだ、目が警戒している。
「白い男の子は、夜にはちゃんと愛ちゃんの様子を見に来てるよ。何か酷いことされたら、ちゃんと助けを呼ぶのよ。あの白い男の子は、愛ちゃんが『中に入って』とさえ言えば、窓が閉まってたってガラスを素通りして入ってきて助けてくれるからね。」
「あの白い男の子は、幽霊なの?」
女の子が初めて口をきいた。
「あ、えーっと・・・、幽霊ではないな・・・。本体は、ちゃんと生きてるよ。」
夏海は説明に困って、ちょっと苦笑する。
「でも、夜、身体を抜け出すと、すごく強くなるんだ。空も飛べるしね。」
大人なら、「この女、頭オカシイ」と思いそうな話だが、女の子はごくすんなりとこの話を信じているようだった。
なにしろ、この子は悟郎少年が空を飛ぶところを実際に見ているのだ。
「だから、愛ちゃんが酷い目に合わないように、連れ出して逃げることだってできるんだから——。」
ところが、夏海のこの言葉で、女の子はちょっと困った顔をした。それから、みるみる目に涙をためた。
「まなは・・・、逃げたくなんか・・・ない。・・・・お母さんも、お父さんも、好きだから・・・・」
「あ・・・・」
夏海は、しまった、と思った。
そうなんだ・・・。これくらいの子どもには、それでも「お父さん」と「お母さん」が必要なんだ・・・。たとえ殴られていたとしても・・・。
十分に愛されて育ち、父母はいつも優しいものでしかなかった夏海には、そんなこの子の心情が想像の外にあった。
焦った・・・。先回りし過ぎた。
もっと、この子の言うことの方に耳を傾けなくては・・・。
「うん。男の子にも、よく言っておく——。・・・でも、これだけは覚えておいて。愛ちゃんは独りじゃない。白い男の子もお姉さんも、ちゃんとついてるから。愛ちゃんの味方だからね。」
女の子は、きょとんとした顔をした。
え? この反応は何?
『お姉さん』じゃないだろ? 愛ちゃんから見れば、十分『オバサン』だぞ。自覚しなさいよ、新城夏海——。




