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短編集

破天荒令嬢は、王子と月を眺める

作者: 月見里さん


 人間というのは言葉を多方面な受け取り方をします。それが例え、発言者にとって良心からくるものであっても、受け取り手が悪だと捉えれば悪口だと受け取るわけです。


 それだけ、1つの言葉であっても神経質に捉えなければいけない状況――つまりは社交界の最中であっても、私に押し付けられるものは、そういったわざと悪く捉えられるような言い方をする者がいるわけです。

 えぇ、辟易(へきえき)とします。というか、げんなりしているわけでして。


「プラム様、良ければこの後お付き合い頂けませんか?」

「この後、というのは社交界の後ということでしょうか?」

「えぇ、プラム様さえ良ければ今すぐにでも、馬車を呼び出すほどに」


 んー、困りました。いえ、こういう話というのは社交界になれば当たり前と言いますか、むしろ風物詩のようなものではありますが、当事者となると面倒極まりないもの。

 私としては終わりまでの間、豪華絢爛なテーブルに並べられた色とりどりのスイーツを堪能するつもりでしたし。こういう輩に絡まれて、仕方ないから素っ気ない態度をしてしまえばそれを我が物顔で広められてしまいますし。


 そうなると、この機会にしか食べられない新作スイーツや普段はあまりにも高すぎて手が出せない高級品を味わうチャンスを失ってしまいます。

 いえ、別に私が食いしん坊というわけでもなく、貧乏性というわけでもないのですが、胃袋が幸せならそれで充分な人間だというだけなのです。

 なので、こう言い寄られると私にはそういう気がないのに、勘違いさせてしまうのは非常に申し訳ないわけです。


「大変ありがたいお誘いです」

「おぉ、では――」

「しかし、私にもこの場での役目というものがございますので、()()()()()では駄目でしょうか?」


 また、も。いつか、もないわけですが。もちろんこの場での役目なんて、スイーツを食べられるだけ食べてしまうという暴食の我欲しかないわけですが。


「いえ、その、()()会えるかどうか分かりませんし、どうかこの後お時間頂けませんか」


 離れようとした小足を引き止めたのは、彼の切実な願い。いえ、離れてしまっても良かったのですがなんか、後味が悪いのも嫌ですし、止めてしまったわけですが。

 しかし、彼がなぜここまで私という人間に執着するのか。不思議ではあったので、それを聞くのもありかもしれません。


「んー……。いくつか、お聞きしたいことがあります。それに答えて頂けたら、考えてみます」

「はい、なんなりと」


 あっけなく。いえ、それだけ切羽詰まった状況だという裏返しかもしれませんが。


「なぜ、私に執着するのでしょうか? 私、そんな目立った美貌もプロポーションでもありませんし」


 平々凡々とは言いませんが、ありきたりと言いますか。目立った化粧を施しているわけでも、絶世の美女と言われることもない。よくある平民顔の、こういった社交場においては芋くさい顔立ちだと思いますし。

 ……自分で言っておいて、ちょっと気分が下がるくらいには純粋ではありますけど。

 ここまでご執心なのは嬉しいです。でも、その理由が不明瞭なので少し不気味です。

 それが滲んだのか、怪訝な表情であった私へ、彼はその碧眼の瞳を爛々に輝かせながら答えた。


「そんなの決まってるじゃないですか! 

 この社交界において数多の政治への参入を画策している者や、貴族へ恩を売り家名と顔を売り込む傍若無人な者や、著名人と話をしてあわよくば既成事実を作り、取り込もうと企む者がいる中で、プラム様はそんな者達には染まらず、自身の行動を最優先にしている所が非常に素晴らしいと感じまして! 

 人を陥れるような悪逆な考えを持つわけでもなく、ただ甘味に魅了された姿が非常に美しく可愛らしく見えまして!

 是非とも、様々なご意見や思慮を伺おうと思いまして、このようなお誘いをさせて頂いた所存です!」


 大きい声で、周りに大勢の貴族がいる中で何を言っているのでしょうか。喧嘩売ってますよあなた。

 あーあ、ほらほら。政治経済での中枢に位置する人の顔が険しいですよ。絶対聞こえてますし、不機嫌が出ちゃってますよ。あなたを睨んでますし、これ私にも飛び火しませんか?

 え、嫌ですよ。スイーツを食べに来たのに苦い思いしなきゃいけないのってごめんですって。


 ここで私が関係者だと思われて弾き出されるのは嫌ですよ。だからこそ、私は断るという選択肢しかないわけです。えぇ、決して目の前のテーブルに並んだ甘い匂いが漂うスコーンに目を奪われたわけではないのです。


「そうですか……」

「えぇ! なので、是非ともお時間頂けませんか」


 この方は……退くことを覚えていないようです。というより、周りが見えていないと言いますか。盲目と言いますか。

 人によっては、熱心だと。情熱的だと称されそうですけど、言っていることがまぁまぁヤバいことを除けばですけども。政治経済の中枢にいる方達や、貴族の中でもそこそこの立ち位置を築いている人達や、著名な方を軽蔑しているわけですし。


 なにか、そうですね。それとなく注意できて、それとなく断ることとかできませんかね。


「私の考えを推し量りたいと、もしくは参考にしたいと、そういうことでしょうか?」

「端的に換言すればそうと言えますね。あわよくば、今後も良好な関係を築けられるなら、願ったり叶ったりとも言えます」


 こいつ。周りと一緒の考え方してるじゃないの。あわよくば、仲良くなって。あわよくば、あんなことやこんなことを考えている。そう言っているようなものじゃないの。ぶっ飛ばすわよ。


 まぁ、私がそう思うだけで実際は違うかもしれません。えぇ、言葉は多面的に受け取らなければ言葉狩りになってしまうのは格好つきませんし。

 良好な関係というのも、もしかしたら家との繋がり的な意味で、相互に利益のある有意義な話をする関係を作りたい、と捉えられるますし。きっと。えぇ、きっと。


「そうですか……。ちなみにですが、その良好な関係というのは今後の政治経済や領地の運営に関した有意義な話をする関係、という意味でしょうか?」


 恐る恐る。怖いもの見たさというより、そんなことは考えていないことを願いながらの質問。


 怯えながら、それはおくびにも出さないように細心の注意を払った私に対して、彼は自信満々に。その男前を際立たせるような笑顔で。


「いえ! あわよくば恋仲になれればと思っております!」


 そこから先のことは、私もよく覚えていない。



 ◆◆◆



「あ」

「あ……」


 それから数日後。とある仕立て屋にて、彼と奇妙な再会を果たしてしまった。

 え、気まずい。


「お久しぶりです」


 気まずく、目を逸らしてこの場を逃れようとした私に向けられたのは、爽やかな香りがしそうな言葉であった。


 この方。意外と打たれ強いのかしら。


「お久しぶりですね……。あれから怪我は大丈夫ですか? 相当な勢いだったと知人から聞いたのですが」

「はは。確かに気を失うくらいには良い蹴りでした。いやはや、僕もそこそこ鍛えていて自信があったんですけど、咄嗟のことに対応できないとはお恥ずかしい」

「いえ……あれは私のせいと言いますか……。頭に血が上ってしまって……申し訳ございません」


 今すぐにでも土下座してしまいたい。いえ、公衆の面前でした時、相手の善意を無視してしまうのも申し訳無いので、頭を90度くらいに下げるくらいしかできませんが。

 

 それでも目一杯の誠意を込めて。

 そんな私へ彼は非難を浴びせるわけでも、問い詰めるわけでもなく。


「いえいえ、頭を上げて下さい。良い蹴りでしたよ。

 非常に綺麗なドロップキックで、急所を的確に抉ってきましたので」

「本当に申し訳ございません!」


 何度も何度も。ここが店内で他のお客様がいることなんて考えず。激しく頭を上下する。

 ブンブンと。脳内もシェイクされそうなくらい勢い良く。その度に、綺麗に整えたピンクの髪が乱れるものの、それよりも謝罪が優先される。


 この方の言う通り。私が記憶を無くした直後。私はドロップキックをかましたのだ。

 助走もなく。その場の跳躍だけで彼を気絶させるまでに急所への一撃を与えたのだ。

 しかも社交界の中。貴族や政治に携わる人が多く見ている中で、だ。


「いえいえ、あの時は僕もその場の空気に飲まれていたような気もしますし、相手の気持ちも考えずに言ってしまったので……。僕こそ申し訳ございません」

「いえいえいえいえ! そもそも私が頭に血が上りやすいと言いますか、怒ると何も考えられなくなる暴君みたいなのが問題と言いますか――」


 簡単に血が上ってしまうのは私の悪癖でもある。しかもすぐに暴力行為に走ってしまうのもよくある。

 だからこそ、先日は挨拶を済ませたらすぐに甘味を求めてさまよっていたわけですが。えぇ、私としては話しかけられてもそこそこの対応をして、素っ気なく断って、並ぶスイーツを味わうのが目的だったわけですよ。


 そして、それを邪魔してきたのがこの方で。しかも、あらゆる方を軽蔑した発言もして、つまみ出されない代わりにドロップキックを味あわせたわけですが。

 …………これって、私悪くないような。

 いや、話し合いより先に手を――足を出した私がいけないのもいけないわけで、反省しなければいけない点ですけど。そこまで執着してきたこの方にも非はありますよね。


「ところでプラム様。今日はどういった御用で仕立て屋へ?」

「――あぁ、えっと。この間の飛び蹴りでドレスが破けてしまったので、その修繕に……」

「あぁ、なるほど。確かに綺麗な脚線美でしたし、軌跡の描き方も美麗でしたが、ドレスの用途からは外れた動きでしたね。破れるのも無理はない」


 えぇ……。と相槌は打ちながら、心の中ではあなたのせいですけど、と悪態をつく。

 せっかくの綺麗な黒色のドレスが……。体の線が出ないようにしてもらって、刺繍もお気に入りの桃の花にしてもらったものでしたのに。


 それもこれも、この方が言い寄らければ破れることもなく。仕立て屋で鉢合わせすることもなかったのに。

 うむむ。そう思うとフツフツと怒りゲージが。

 いけません、いけません。また、頭に血が上って迷惑をかけるわけにはいけません。ここは冷静に、沈着させなければ。


「あぁ、今でも思い出すと綺麗で、美麗な姿でした。美肌が覗くところももちろん素敵でしたが、黒いドレスによって際立った色白なモチモチとしてそうなところも素晴らしかったですね。

 脚線美も棒のような細さではなく、ほど良く肉感が乗っている感じが大変良かったですね。健康的と言いますか、しっかりとその足で歩いてきた証拠が刻まれていると言いますか」

「は、はぁ……」


 急に何を言っているのだろうか。圧倒されるしかない私はそう息を吐き出すが、徐々に恥ずかしさが勝ってくる。


 え、そこまで見られていたの。肌とか、露出しているところは仕方ないとして、いえ、そこもわざわざ言う必要があるのか不思議ですけど。それより足ですよ。足。

 ドレス丈で見えないはずの脚線美とか。この方、どうやって知ったのでしょう――て、ドロップキックの瞬間に見たとしか考えられませんけど、わざわざそんなことを口にしなくてもいいでしょうに。


 わざと私を辱めているような気がして仕方ない。


「そして、1番はその時履いていたガーターベルトがこれまた視覚を刺激して――」

「消えろおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 恥ずかしさのボーダーラインを悠々に超越した。

 沸騰した脳内から導き出したのは、目の前で悦に入った男性へ右ストレートをかますという、前回の反省が全く活かされていない行動であった。


「王子!?」


 コークスクリューが発生しながら殴った後。見事気絶した男性に駆け寄った、いかにも執事服の人は心配する声音でそう言った。


「え、王子……?」


 この時、ようやく私は気づく。

 ドロップキックを炸裂させ、右ストレートを打ち込んだ相手は私が生活する国の第2王子であることを。



 ◆◆◆



「それで、プラム様――いえ、破天荒令嬢と呼んだ方がいいでしょうか?」

「やめてください……」


 数日後の月明かりが照らす王宮のテラス。そこで、私と第2王子であるルピナス様は、私をわざわざ招いて話をしている。いや、暴力を振るってきた相手を呼び出すなんて、しかも2人きりな状況でいるなんてどんな神経をしているんだと思うわけですけど、力強く言えない。

 それだけ私がしたことはとんでもないことですし……。


 社交界と仕立て屋で起こした事件は瞬く間に国中へ広まった。

 国の第2王子をドロップキックして気絶させ。

 王家の者も利用する仕立て屋で王子へ右ストレートを叩き込んでしまった令嬢として。

 いえ、これで私が今までの地位でいられなくなるなら納得できるんですが。今の私は第2王子に王宮へ呼ばれるほどの状況にあるわけで。

 これが噂へ尾ひれも背びれも付けていくわけです。


「私は破天荒だと言われたくないのですが……」

「はは、仕方ないでしょう。僕を殴って、蹴り飛ばして、王宮に潜り込んでいるわけですから。

 何も知らない人から見れば、傍若無人な振る舞いとして見られるわけですよ。それこそ、王子の弱みを握っているのじゃないか、と言う者もいますし」

「うぅ……」


 だから嫌なわけですよ。私としてはのんべんだらりと。甘いものや美味しいものを食べて、そこそこに交流して、そこそこの家庭へ嫁いで余生を過ごすつもりでした。

 それが今では、王宮から眼下に広がる家屋の光と、満天の星に包まれているわけですよ。まん丸とした月がこれまた憎たらしく照らしているわけですが。


「なので、いっその事恋仲になってしまえば丸く収まるかと思いますが、どうでしょうか?」


 ルピナス様は、そう含みを持たせて満面の笑みで言ってきた。確かに恋仲になれば、丸く収まると言いますか。そっちの情報が強く出て、破天荒令嬢というのは鳴りを潜めるかもしれませんけど……。


「嫌です」

「あらら、これまた手厳しい」


 なし崩し的に。それも逃げ場が無くなったようなやり口は気に入らない。

 だからこそ、私は断った。しかし、今までの経験からこの王子がこれで諦めるわけは無いと思い、息を吸い込む。

 破天荒だと言われるなら。そう振る舞いましょう。

 だって、ここで言いなりになるくらいなら、噂に流されてしまうくらいなら、自分勝手を貫く方がいい。


「……そうですね。もし、もしもの話。私のことを好いてくれているのならですが、1つ試練を設けてもいいでしょうか」

「えぇ、なんなりと」


 二つ返事で答えるくらいには余裕があるらしい。

 ふふん、残念でしたね。

 私は夜空に浮かぶ丸い月を見上げる。煌々と輝く優しい光。妬ましいほどに、寂しそうなその満月。


「あの月を持ってきて下さい。ひとりぼっちで可哀想ですし」


 その時の驚いた顔は写真におさめて飾りたいほど、滑稽であったが、ルピナス様はすぐに穏やかな表情を作ると。


「まったく……。あなたは破天荒だ」


 そう私の手を握った。

読んでいただきありがとうございます。

広告下にある『いいね』や『評価★★★★★』を押していただけると非常に嬉しいです。

地面に頭を擦り付けながら涙を流すくらいには、喜びます。

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