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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
8/12

第八話 一条戻橋

京都の夏。ある出来事から、新しい冒険が始まります。

安倍晴明が式神を隠したとされる、一条戻橋。そこから展開される物語とは?

 一条通に面したアパートで暮らす、阿部晴美。その日は帰宅が遅くなり、堀川通沿にあるコンビニへ弁当を買いに出かけた。

 蒸し暑い京都の夏。堀川では、まもなく開催される『京の七夕』に向けて、準備が始まろうとしている。

 その堀川を跨ぐ橋の上、晴美は目の前に突如現れた男に驚き、悲鳴を上げた。

 「いやぁああーーー!! 酒呑童子や!!」

 短パンにランニングシャツ姿。右手には一升瓶。見上げる程の大男だ。

 「おいっ! 晴ちゃん、俺や。」

 「ひぃ〜、襲わんといて〜!」

 「んなオバハン、誰が襲うねん。」

 「あっ、何や…タッつんかいな。あ〜びっくりした。え? ほんで何? ウチは襲わんで若い子やったら襲うんかいっ!!」

 「アホか。襲て欲しいんけ? ちゅうか何やねん、『酒呑童子』て失礼やな。なモン退治されてもて居らへんわ。」

 「一升瓶なんか持ってるしやんか。」

 「おお、これか。はっはは! 買うて来たんや。レジ袋有料やさかい、そのまんま持って帰って来たんや。」

 「エコバッグぐらい持っときよしな。」

 晴美と“タッつん”こと渡辺達雄は、お互い還暦を迎えて年金暮らし。呑み友達だ。達雄は無類の酒好きで、毎晩のぐい呑み一杯の酒が欠かせない。

 「ほんで何や? 晴ちゃん、こんな時間にどこ行くん?」

 「コンビニ。今日は出かけてて遅なったさかい、弁当や。」

 「さよか。気い付けよしや。誰も襲わんけどな。はっはっは!」

 「うっさいわ! あっかんべーや!!」

 そう言って達雄と別れ、振り返ったその時だ。

 「ぎゃあああああああ!!!!!」

 晴美と鉢合ったのは、目のギョロッとした、これまた大男だ。

 「晴ちゃんっ!!」

 達雄が駆け寄る。男は慌てて堀川に飛び降りると、姿をくらました。



 同時刻、涼子は美沙のスーパーカブの後に乗り、2人で堀川にやって来た。『京の七夕』の試験点灯の撮影をするため、ロケハンにやって来たのだ。

 「何や、ははは。2ケツで来たんや。」

 待ち合わせ場所には、先に田崎が来ていた。

 「バイクの方が停めやすい思て。」

 「へぇ〜、ココ(荷台)に座布団みたいなん置いて。」

 「ピリオンシート言うんです。」

 「ほう…」

 話もそこそこに、「ほな、行きましょか。」と言って田崎が歩き出そうとしたその時だった。

 「ぎゃあああああああ!!!!!」

 「え? 何?」

 「戻橋の方やな。」

 「美沙ちゃん、走って!」

 「お、お、おいっ! 待ってぇや!!」


 そこは一条戻橋。一升瓶を持った大柄な男と、腰を抱えてうずくまる女性。近付く事を躊躇ってしまう。

 「美沙ちゃん、あの男の人どうもないわ。とりあえず声かけてみよ。」

 田崎も居るから大丈夫と、スーパーカブに乗った2人は晴美の側に近付いた。

 「どうしました?」

 「あ、いや…」

 そこへ、田崎がドタバタと駆け足でやって来た。

 「ど、どうしはりましたん? ハァハァ」

 「すんません。俺もわからへん。晴ちゃん、喋れるか?」

 「あ、い、茨木…」 

 「茨木? 大阪ですか? ハァハァ」

 「茨木童子や。妖怪や! ひゃ、百鬼夜行や! 百鬼夜行始まるうぅぅぅ…」

 「見たんか? なあ、晴ちゃん。茨木童子、見たんか?」

 どうしたものか? さっぱり理解出来ない。果たして、何の話をしているのだろう?

 「茨木童子て誰?」

 辺りを見渡しても、そんな人物らしき者などどこにも見当たらなかった。

 「落ち着けって。飯用意すっさかい、ウチおいで。」

 「おおきにな、タッつん。」

 腰を抜かした晴美だったが、3人に「お騒がせしました」と頭を下げると、達雄の肩を借りてヨタヨタと帰って行った。



 京の七夕当日、美沙は涼子と一緒に堀川を歩いていた。仕事は既に終え、プライベートで楽しみに来たのだ。

 京の七夕は、鴨川エリアと堀川エリアでそれぞれ開催され、鴨川には全国からの出店が並び、堀川ではライトアップが行われる。大通りをくぐるスポットでは、トンネル全体にイルミネーションが散りばめられ、とても美しく幻想的だ。


 その日も、一条戻橋に達雄は居た。

 「今晩は。」

 「おぉ、あの時の。」

 「はい。今日はお一人ですか?」

 「うん。晴ちゃんはなぁ、人が多いの苦手でな。こないだはすまんかったなぁ。晴ちゃんな、ちょっと病気やねん。いや、普通やで。普通なんやけど、びっくりしたり怖い思たら、おかしなってまうねんや。」

 「病気? 心の病でしょうかねぇ? 何かあったんですね。」

 「うん、あいつも気の毒な奴でな…」

 そう言うと、達雄は晴美の事を話し始めた。


 晴美は、元々大将軍に住んでいたという。

 「結婚して、息子も居って。でもな、息子はグレて、どこや行ってもうて居らん様になった。ほんでな、挙げ句の果てには…家が…」

 涼子と美沙の心の奥に、緊張が走る。

 「焼けてもうた。旦那さんは亡くなってもうたんや。」

 「ええっ!?」

 「うん。ほんで、悲しいてやり切れんとこにな、誰かが気ィ使こたんやろなぁ。それを『百鬼夜行や』言うて妖怪のせいにしやった。晴ちゃんは妖怪から逃げるつもりで大将軍離れたんやて。もしかしたら旦那さん生き返るかも思て、戻橋渡ってこっち来たて言うてたわ。」


 達雄と晴美が出会ったのは、2年前の京の七夕。そして、この一条戻橋だった。それ以来、2人は呑み友達となった。しかし、晴美は事あるごとに『妖怪や!』『百鬼夜行や!』などと言う。嫌な事は何でも妖怪の仕業だと思えてならない様子なのだ。

 「まぁな、出会ったのも縁や。面倒見る言うたらおかしいけど、俺に出来る事があるんやったら思てな。」

 達雄の話に、美沙達2人の心は揺さぶられた。



 「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ言うてな。『ワシは酔うてて正気やない』ちゅう意味。この呪文を唱えたり、朝まで読経したりとか、襲われへん対処法はあったらしいで。」

 「dokkyo ?」

 「読経。日本語やで。ははは。」

 「お経な。日が登るまでずっとお経を読み上げんねや。そっちの方が賢そうやけどな、ははは。でも、アホ晒してでも命助かるんやったら“酔っ払いアピール”すんのもありやな。」

 「ほな、晴美さんは、襲われへん様にお酒呑んではったんかなぁ。」


 百鬼夜行。まだ使えるのに捨てられたり粗末に扱われた古道具達が船岡山から現れ、一条通をねり歩き、遭遇した者は命を落とすとまで言い伝えられている。

 「平安時代には一条通を境にしてな、それより北に行くと冥界。“あの世”やな。そう言われててんやて。」

 「あ、あの世って…六道の辻と一緒や。その…あの世から一条通に出て来るっていう事?」

 「そやな。まあ言うたら、平安京の外はみんなあの世や。船岡山も処刑場になってたらしいわ。ほんで百鬼夜行に出くわしたら、さっきの呪文とか読経で逃げ切らな死んでまうってな。」

 「もぅ…平安時代怖すぎ。これ、堀田さん案件ですね、あははは。」

 涼子は笑ったが、美沙はしばらく考え込んだ。

 「その…古道具? それにドッキョウしたら、妖怪って出て来やへんのですか?」

 「お、鋭いな! ズバリや。古道具が妖怪にならんうちに供養したとかいう話もあるしな。僕らもな、使えへんようになった工具には手ぇ合わして『今までありがとう』言うで。」

 「ほな、一条通で道具とか放し(ほかし)たぁったら、それ集めてドッキョウしたら、晴美さんの怖いもん、出て来やへんのんですね? 私、やってみよかな。」

 突拍子もない考えだが、同じく現場に居合わせていた涼子も、美沙の気持ちがよくわかった。美沙の繊細な心の中に、晴美と達雄の葛藤が映し出され、2人に対する想いが溢れてきたのだ。

 「堀田ぁ! 出番やぞ!!」

 「え、ええっ!?」

 「業務命令や。」


 そこへ、松葉杖を持った大男が原付に乗ってやって来た。

 「カッさん、俺、今度のツーリング行けへんわ。」

 「お前…器用に乗ってきたな。どうしたんな? 右足。」

 「はは…捻挫や。さすがにデカいバイクは乗れんわ。」

 「何してなったん?」

 戻橋から飛び降りた…彼はそう言った。あの騒動の当事者・逃げた男は、樫村の友人だったのだ。

 「近くに居たオッサンが、一升瓶みたいなん持って走って来よったんや。『うわ、どつかれるわ』思て。ほな、あとから3人ぐらい来て、橋の上で『ああやこうや』言いよっさけぇ、しゃあないやん。橋の下に隠れとったんや。」

 「茨木童子や言われたんやろ。ははは…」

 「何で知ってんねん?」

 「目撃者がな、こっちのお客さんや。」

 美沙と涼子はクスクス笑っていた。

 「あの、あとから来た人かいな。はぁ〜。」

 横で聞いてた堀田が、悪戯っぽい顔で攻めの姿勢に入った。

 「で、お名前は?」

 「井原耕司や。言わすな!」

 「そっくりですやん! 韻踏めますよ、あっはっはっは…」

 ♪ 右腕切られたイバラキドウジ

   ♪右足痛めたイハラ コウジ

 「yo ! ……堀田君、またいちびってお前、こそばしたろ。こぉ〜ら〜!」」

 「ひゃぁ〜ははは、やめて、やめて〜!」

 「お前、あっさり返り討ちやんけ。」

 わっははは…


 「茨木童子って誰です?」

 「あ、お姉ちゃん知らんのか。平安時代に京都荒らしまわった鬼や。」

 酒呑童子の家来であった茨木童子は、渡辺綱(わたなべのつな)との戦いにより腕を切られ、愛宕山へと逃げ帰った。その後、綱の母の声を真似て屋敷に侵入し、腕を取り戻したと伝えられる。一条戻橋には、こういった様々な“戻る”伝説が語り継がれているのだ。

 「百鬼夜行と茨木童子が関係あるかどうかはわからんけどな。どっちにしろ鬼には違いないわ。茨木童子は愛宕山に住んどった言うなぁ。」

 「愛宕山? カッさん、愛宕山って山神さんが何とか言うてはりましたね。」

 「おぅ、愛宕山言うたら、火伏の神様。火事を防いでくれる神様や。」

 …繋がったのかも。美沙はそう思った。伝説としては直接的な関連性はないかもしれないが、晴美を取り巻く出来事の中で、その全てが絡み合っている様だ。そんな風に感じたのだ。

 「私、ドッキョウ終わったら愛宕山行ってみます。」



 堀田はその数日後、大将軍商店街に居た。

 人通りの少ない時間帯を選んだが、地域の人々への挨拶も兼ね、観光誘致組合理事を勤める自治会長も付き添っていた。

 そこへ、スーパーカブの荷台に大きな籠を括り付け、美沙がやって来た。

 「私、ちょっとずつ移動しますね。堀田さん、古道具っぽいゴミ見つけたら、籠に入れて下さいね。」

 美沙がそう言うと、3人はゆっくりと西大路通方面へ進み始めた。

 ホルダーに装着したスマートフォンの画面には、宗派に関係なく幅広く読まれているお経が表示されている。

 「堀田さん、これ見たら怖いんでしょ? あはは…」

 「こ、怖ないわっ!」


 一条通の大将軍界隈は『妖怪ストリート』と名付けられ、妖怪達を題材にした様々なイベントが催される。街を上げての観光誘致ゆえ通りもよく清掃されているが、所々にゴミが捨てられており、3人はそれらも拾い集める。

 「あら、会長さん…」

 「この子らの手伝いや。使わへん古道具あったら、供養しますで。」

 「おおっ、そら助かるわぁ!」

 さすがは町内会長。その顔の広さゆえ、街の人達も古道具を持って駆けつける。籠は程なく満杯になった。


 「こんなもんやな。ほな、車取ってくるさかい、ここで待っててくれるか?」

 自治会長は自宅から、意外にも軽トラに乗ってやって来た。

 「会長言わはるさかい、レクサスとか期待したのにぃ。」

 「アホか。ははは…ほな、船岡山行くで。」

 自治会長の軽トラの助手席に堀田が乗り、美沙はスーパーカブで後を追う。10分もしない内に船岡山公園に着いた。

 公園には、涼子が達雄と晴美を連れて、先に到着していた。

 「ほしたら、供養しましょか。」

 6人は、手を合わせて読経した。


 そこへ樫村が、井原を連れてやって来た。

 「達雄さんと晴美さんですね? 僕、あの夜に鉢合うた者です。」

 挨拶もそこそに、井原は松葉杖を突いている理由、そして逃げた経緯を話し、晴美を腰が抜ける程驚かせてしまったのは、自分が前をよく見て歩かなかったからだと詫びた。

 達雄は「そら、すまなんだ。こんな怪我させてしもたんやな。」と、井原を気遣い、謝罪した。晴美も、大袈裟に驚いて騒がせてしまった事を詫び、3人は和解した。

 「はぁ、良かった。ところで、お名前は?」

 「え? あ、井原耕司て言います。」

 「茨木童子…井原耕司…そっくりですやん! わははははは……」

 「言わんといてくださいな、あははは……」

 「うちはな、阿部晴美いいますねん。字はちゃいますけど、安倍晴明はんの“あべ”どっせ。」

 「井原はねぇ、あの時戻橋の下に隠れとったんです。名前は似てるけど、鬼改め“式神”やな。晴美さんに仕えなあかんなぁ。ははは…」



 読経、古道具達の供養は終わった。

 「供養出来たさかい、あとはこれ、亡骸や。僕が始末しときます。もう晴美さんの元に怖い者は出ませんで。」

 自治会長はそう言うと、さらに続けた。

 「百鬼夜行については色々言い伝えられてるけどなぁ。まぁ、平安時代からの言い伝えや。今日みんながしてくれた事の意味考えたら、それが言わんとしてる事もわかるやろ?」

 古道具。古いと言ったとて、使えるものはむやみに捨てるべきではない。道具とは、造り手の心がこもった物だ。そしてさらにその道具を使う事によって生まれる物、そこにまた心が込められる。

 不運にも捨てられた道具達は、真夜中に街をねり歩く。しかし、真夜中に出歩いたりせずに自宅で眠っていれば、出くわすこともなかろう。

 美沙は自治会長と話す中で、ふと想像を巡らせた。

 物を粗末にしたり、規則正しい生活を怠るとバチが当たり、体を壊してしまう。百鬼夜行の伝説は、きっとそんな事を説いているのだろう。


 「晴美さん、火事のことはお聞きしました。ほんまに辛かったことでしょうね。」

 涼子がそう切り出す。そして樫村が続く。

 「愛宕山は火伏の神様ですわ。『茨木童子が腕を斬られて逃げた』言う伝説もありますけど、あんなん平安時代の話。今は茨木童子はここに居りますわ。」

 そう言って井原を見ると、彼も「今は更生してますで。」と笑った。

 「やっぱり茨木童子ですやん。式神ちゃいますやん、あはは」

 堀田が何やら嬉しそうに言うと、井原は「鬼はお前やわ!」と反撃して笑った。

 2人を見て、みんなも笑った。

 そこに、穏やかで明るい空気が流れた。


 「私、愛宕山行ってお札いただいて来ますね。」

 美沙は、そのお札を責任持って届けると、晴美に伝えた。

 「良かったなぁ、晴ちゃん。こんな良い人ばっかり居てくれはんねんや。」

 晴美も安堵の表情を見せた。しかし彼女には、どうしても亡くなった夫の事が脳裏から離れない。それは仕方のない事だ。

 「でもね、戻橋渡らはったですやん。ご主人はもう帰らん人かもしれんけど、その代わりいい人に逢わせてくれはったんですよ。幸せはもう、そこに戻って来てるかも。」

 美沙は「ねっ!」と言って達雄を見た。

 達雄は少し困った表情をしながらも、顔を真っ赤にして照れくさそうに微笑んだ。


【第八話 一条戻橋】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

一条戻橋と百鬼夜行の伝説は、特に関連性については語られていない様です。そこを無理矢理?関連付けてみると、こんなストーリーが出来上がりました。

次回もどうか、お楽しみに!

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