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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
7/12

第七話 六道の辻

古くから伝わる“ある話”。

その伝説を追いかける様に、スーパーカブが走ります。

 花咲く府立植物園。

 休日ともなると、カメラを手に花や鳥達を撮影する人、芝生広場で子供と遊ぶ家族連れ等、沢山の人で賑わう。

 結婚式の前撮り等も行われ、訪れるカップルのその華やかさは、もはや注目の的だ。

 この日、3ヶ月後に式を控えたタキシード姿の岩崎大輝とドレスを纏った木波愛衣が、北山フラワーブライダルサービスの橋本に連れられ、植物園へとやって来た。


 「お早うございますぅ。」

 「アートクリエイションのカメラマン、魚住です。」

 「アシスタントの佐藤です。」

 「よろしくお願いします。」

 挨拶もそこそこに、あらためて橋本の説明を聞く。涼子は彼の依頼を受けての撮影は初めてだ。言葉の端々から感じられる自信。どうやら撮影ポイントにも拘りがある様だ。

 「魚住さん、この地図お渡ししますね。番号打ってあるんで、その順番に回りたいです。では、始めましょうか。」

 そう言って橋本は、大輝と愛衣を率いて歩き出す。涼子と美沙は、少し後ろから少し不安げについて行った。

 「ちょっとハードすぎません?」

 「そやな。ここで撮って欲しいっちゅうのはわかるけど…それに…何か一方的に予定組んだぁるけど、午前午後で光線変わるとか、ちゃんと言うといた方がいいかもなぁ。」


 2人の予感は的中した。涼子は、橋本にそっと声をかけてみる。

 「あの、橋本さん?」

 「はい。あ、ここですね。日当たりいいし、いい写真撮れそうでしょ?」

 「いえ、この場所は午後やないと、顔にいっぱい影が入るんですけど。」

 「え? あ、じゃあ3と4を入れ替えます?」

 「でもそれ、めっちゃ無駄に歩きますよね?」

 「じゃあどうすれば…?」

 案の定なにも計算されていない。しかし、お客様を疲れさせてはいけない。また、プランナーである橋本の顔も立てなければいけない。

 「レフの当て方で何とかなるかな?」

 「ん〜、やってみるしかないかな。そしたら、立ち位置とかは全部任せてもらおう。橋本さんが思てはる花と一緒には撮れへんかもしれんけど。」

 涼子と美沙は方向性をまとめ、再び橋本に声をかけてみた。

 「ええっ? いや…僕、先に調べたんですよ。お2人と花が綺麗に収まるはずで。」

 「そやから、一番大事なのはモデルさんの顔でしょ。影が出来るようなん、写真にならへんのですよ。逆に失礼です。絶対失敗しませんから、私らに任せてくださいって。」

 初夏の陽気に少し汗ばむ。流れる汗も作品には大敵だ。涼子は橋本を何とか説得し、被写体となる2人を疲れさせない様に気遣いながら最良の条件を探し、巧みに美沙に指示を出し、モデル2人の魅力を引き出していった。


 しかし、異変は起きた。

 「それじゃ、次のポイント行きましょう。」

 「橋本さんっ! もうちょっとゆっくり…」

 「ちょ、ちょっと待ってください!! 愛衣が…」

 「あっ! どうしました?」

 「あの…吐き気が…」

 涼子はうつ向く愛衣に休憩を促す。しばらくすると少し落ち着いたようだが、顔色が良くない。愛衣の表情には苛立ちさえ窺える。

 「ダメですね。今日は中止しましょう。」

 スケジュールも大事だか、愛衣の体調が最優先だ。涼子は中止を申し出た。

 「門まで行けます?」

 「は、はい。大丈夫です。」

 「すみません。僕の責任ですので、あとは僕が。魚住さん達はもうお引取りいただいて…」

 「ん〜、わかりました。あとで連絡いただけます?」

 「はいっ。」



 実にスッキリしない。そもそも何の相談もなく決められたスケジュール。プロとして納得いかない。そして、客である大輝と愛衣を疲れさせる程に詰め込んだ内容。橋本も若くて熟練不足だろうが、いささか強引すぎる。さらに、愛衣の突然の体調不良。

 「朝からガッツリとスケジュール組んだんやなぁ。朝ご飯ちゃんと食べはったやろか?」

 「早よから動かんなんかった言うてはったし、食べれてへんかも。大体あのプランナーさん、詰め込み過ぎやねん!」

 「そうかぁ。」

 少し考えたのち、中澤は何かに気付いた様に言う。

 「もしかしてな、愛衣さん、おめでたかもしれんで。」

 「え? あぁ、そう言うたらそうかも!」

 子供が出来なかった夫婦。中澤は、少し涼子に申し訳なさそうな表情をしていた。


 一方、北山フラワーブライダルサービス・橋本からの連絡はなかった。この事に苛立つ涼子は、我慢ならず会社に問い合わせた。

 「お世話になっております。岩崎様・木波様を担当させて頂く大森と申します。」

 「はい? 何で大森さん? 橋本さんは?」

 「はぁ、橋本は体調崩しまして、担当を降りると…」

 「なぁにぃ? それぇ…」



 その翌日、樫村から教わったものを手に入れるため、美沙はスーパーカブに乗って意気揚々と南へと向かっていた。担当プランナーが交代した事もあり、面倒な重い荷物を下ろした感覚だ。

 「ちょっとだけ、好きにさせてもらいますね。」

 涼子は大森に、そう伝えておいた。


 「松原通は一通やしな。川端から入ったら行けるわ。前みたいな事ないように。」

 「前の事は…あはは、言わんといてください。」

 京都市内は、大通りを除けば一方通行が思い切りよく導入されている。祇園での撮影の契約に向かった際、美沙は一方通行を間違えて大失敗している。今回は時間など関係ないが、スーパーカブを長い距離を押して歩くのは嫌だ。

 「松原は…ここや。」

 川端通から松原通へ左折し、樫村に教えてもらった六道の辻の飴屋に着いた。

 ところが、美沙は驚きとともに困惑した。飴とは聞いていたのだが。

 …何ちゅう名前!


 「お姉ちゃん、飴ちゃん買いに来たんか? ここの飴ちゃんな、縁起モンやで。あの世からも買いに来る言うてな。」

 店の前で立ちすくんでいると、年配の男性が近寄り、話しかけて来た。かなり話好きの様だ。

 「え? え? どういう事です?」

 「ここな、六道の辻や。六道言うたら、三途の河の渡賃を六道銭言うねん。ちゅう事はな、ここが三途の河や。こっから向こうが『あの世』や。ほんでな、そこに六道珍皇寺(ろくのうちんのうじ)てあってな、小野篁(おののたかむら)いう人がそこの井戸からあの世へ行ったり来たりしゃはってん。あの世で何しゃはった言うたら、閻魔さんの手伝いや。はっはっは!」

 「閻魔さんて?」

 「知らんか? 地獄の大王様や。悪い事したら舌抜かれるでぇ!」

 「そ、そんな…」

 「はっはっは! 昔話や。お姉ちゃん、井戸に入ったらあかんで。出て来れへんで。」

 「入りませんよ、そんなん…」

 人が良いのはわかるのだが、美沙にとっては笑える話ではない。

 「あ、あの…帰ります。あは…ははは…」

 「お、おい、飴ちゃんわいな?」

 もう恐ろしくて聞いていられない。ヘルメットを手に取る美沙に、尚も男性は話し続ける。

 「そこな、西福寺(さいふくじ)。お姉ちゃんべっぴんさんやし言うたげるわ。『檀林皇后九想図だんりんこうごうくそうず』ってあるねんな。檀林皇后言うたら、そらもうべっぴんさんや。ほんでも、死んで血ぃ流れん様になったらボロボロや。お姉ちゃん、そんなんなったらあかんで。死んだらあかんで!」

 「あ、あ、あ、ありがとう…ございます…」


 美沙は身の毛もよだつ思いで男性に会釈すると、スーパーカブに跨り、逃げる様に東大路通りを北上してガレージ・KSMへと向かった。

 「何や、飴ちゃん買うて来んかったんかいな。」

 「飴ちゃんて……何かよう喋るおっちゃんに話しかけられて、めっちゃ怖い話されて。」

 「オッサン、会うたんやな。」

 「え? 有名なんですか?」

 「知らんけど…」

 はははははははははははは……

 「知らんのかいっ!!」

 「六道珍皇寺の話か? あははは。井戸に入る訳やないさかい、あの世なんか行かんでええやんな。でもそんな伝説もあるさかい有り難みもあるっちゅう事やわ。」

 「まぁそうなんですけど。でも、怖すぎやわ。」



 樫村と話して気が落ち着いた美沙は、翌日の夕方に再び飴屋に訪れて飴を買うと、スーパーカブを店の前に預けて徒歩で東大路を越えた“ある場所”へ向かった。

 一方で堀田が松原通りを西へと、愛車のハヤブサを押して歩いていた。

 樫村と美沙のやり取りを横聞きした彼は、またしても興味本位でここ“六道の辻”にやって来たのだ。

 「ここがあの世との境目か。」

 辺りはすっかり暗くなり、人通りもまばらになった。堀田はふと地図アプリを開き、東山に並ぶ寺院との位置関係を見た。

 「松原通りを東に…そのまま行ったら…清水寺やんけ。」

 樫村から聞いた話だ。その先は鳥辺野(とりべの)と呼ばれ、平安時代、庶民が亡くなるとこの地で風葬された。広大な墓地は現存するが、実は現在の清水寺の一部も鳥辺野の土地であったとの言い伝えがある。

 「東向いて走ったら、あの世へ一直線やな。こぉわっ!!」

 そう呟いたその時…

 トントン!

 堀田は左肩を叩かれ、振り返った。

 「ほぉわーーーっ!!」

 「ちょ、ちょ、堀田さんっ!」

 その手には、例の飴。

 「うぅわああああーー!!」

 「堀田さんっ! 私やて。」

 「うぃっ?? み、美沙ちゃんかいな。はぁ〜、脅かさんといてぇや。」

 「堀田さんが勝手にビックリしゃはったんですやん。何でここに居ゃはんの?」

 堀田は眼を大きくひん剥いて美沙を見る。

 「あーっ、また伝説を茶化そう思てはるんでしよ!」

 「そ、そんなんちゃうけど…」

 「何で東大路から来ゃはったんです?」

 「いや、ここがあの世との境目やろ? 川端からこっち向き(東大路)やったら、あの世行きの一通みたいで。」

 「それでわざわざ? えぇっ? そんな重たいバイク押して来ゃはったんですか?」

 美沙は思わずププッと笑った。

 「美沙ちゃんこそ何で? え? 子育てしてんの?」

 「…なアホな。実はね…」

 人様に届ける飴を買い、高台寺へ歩いてお詣りに行ったのだと、美沙は言った。ここばかりは自らの足で歩いてこそご利益がある…そう思ったのだ。



 美沙が買ってきたその飴は、北山ブライダルサービス店内で、大輝と愛衣に手渡された。

 「幽霊子育て飴!? 凄い名前ですけど。一体どういう事です!?」

 冥界からの誘いさえ感じさせるかの様な、恐ろしい名が付いたその飴。怪訝そうに訊く愛衣に、涼子と美沙はにこやかに、かつ自信たっぷりの表情で話し始めた。

 「ご説明の前に、まずはご懐妊おめでとうございます。」

 「この飴、“出世飴”って言われてるんですよ。」

 「出世飴…ですか。」

 「ええ。愛衣さんがこの飴を食べたらその栄養っていうのかな? 飴のパワー。それはお腹の中の赤ちゃんに行きますよね。赤ちゃん、立派に生まれ育って、大人になったら出世するでしょう。」

 「あと、大輝さんが食べても、大輝さん自身の出世に繋がるかもしれませんよ。」

 美沙は樫村に教わった事を、そのまま2人に話した。

 「凄い! 信じていいんですか?」

 「信じましょうよ。こんな素敵な伝説。」


 六道の辻にある飴屋。その飴には、様々な形で伝説が残る。

 子供を身籠ったまま没してしまった母親は幽霊となり、赤ん坊を育てるために三途の河の渡賃・六道銭で飴を買い、与えた。その赤ん坊は、母親の墓の前で生きて発見され、育てられ、大人になると出世して大物になった。

 そんな言い伝えから、その飴は“出世飴”として、贈り物やお土産に購入されているという。


 「佐藤がね、これ買って高台寺さんにお参りに行ってくれたんです。母親のお墓は高台寺さんにあるって、これも言い伝えなんですけどね。」

 「わぁ、ありがとうございます!」

 「あとはお2人が、その子を大事に…エヘヘ、『子を大事』に育ててあげて下さいね!」

 「子を大事…高台寺。あははは! 上手いっ! 座布団一枚っ!!」

 いやはや『幽霊子育て飴』のパワーは凄い。その時、北山フラワーブライダルサービス店内は明るい笑い声に溢れた。



 「カッさん、ありがとうございました。」

 「受け取ってもうた? 良かった。縁起物やしな。」

 その横で堀田は、黙々と仕事を続ける。その姿を見て、美沙は少し悪戯っぽく笑った。

 「あの松原通って、東向き一通でしょ? ほんでぇ、六道の辻通って清水さんに繋がってるんですね。」

 「まぁな。『六道の辻は鳥辺野に向かうあの世への一方通行や』いう話もあるらしいで。誰か言うとったわ。」

 クスクス…

 「まだあの世には行きたくない言うてぇ、わざわざ東大路から西向きに行く人もいるらしいですよ。」

 「ほう、そんな奴居るんや。ヒヒヒ…」

 「ちょ〜、カッさ〜ん。」

 「お? 何や、堀田。お前もそのクチけ?」

 「私と会うたら、飴見て、あはっ…飛び上がってビックリしゃはったんですよ。」

 「やっぱりアホやわ。」

 あはははははは……


 大輝と愛衣、そして生まれてくる子供。きっと幸せな家庭を築いていく事だろう。

 樫村達は気付いていた。いつしか美沙は、スーパーカブと共に“笑顔”と“幸せ”を運ぶ人になっている事を。


【第七話 六道の辻】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

『幽霊子育て飴』については、様々な言い伝えがあります。伝説のみならず、落語としても語られているそうですね。

怖い話である様で、どこか温か味のある…そんな伝説ではないでしょうか。


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