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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
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第六話 宇治の宝蔵

ふと手にした10円玉から始まる大冒険。平安時代より伝わる2つの伝説を巡り、スーパーカブは走ります。

 「おおきに。510円になります。」

 出町に店を構える和菓子の名店。とりわけ豆餅は有名で、店の前にはいつも長蛇の列が出来る。美沙は出町柳に住んでいる事をこれ幸運とばかりに、開店と同時に3つの豆餅を買って、アートクリエイション事務所へと向かった。


 「これ! いっつも行列出来てて、なかなか買えへんやつ!」

 涼子も噂には聞いていたが、その行列に入り込むのを躊躇っていたため、出町柳に住む美沙に購入をお願いしてみたのだった。

 「そうか。美沙ちゃんトコ、近いしな。また頼もか。」

 「いつでも言うて下さいね。」

 中澤も美味しそうに頬張っている。

 「あ、お金払わな。」

 「そんなん、いいですよ。」

 「いやいや、私が頼んだんやし。」

 そう言って涼子は、代金510円を美沙に手渡した。そのお金を見て、美沙はふと気付いた。

 「これ、確かbyodoinですよね?」

 「うん。平等院鳳凰堂。こないだ宇治にお茶買いに行ったって言うてたやん? 中、入らんかったん?」

 「あ〜、ホンマや。えへへ、せっかく行ったのに何してんねやろ。」

 中澤は、撮影のスケジュール表を開いた。

 「美沙ちゃん、今度の宇治田原の撮影、時間取れたら帰りにでも寄っといでぇな。」


 興味を持つと、好奇心は止まらない。美沙は仕事の帰りに、樫村に平等院について尋ねた。美沙にとって、歴史上の様々な案件については漢字が難しく、読む事もままならない場合があるのだ。

 「1052年やったかな。藤原頼通(ふじわらのよりみち)が創建した…創建言うたら、要はここを初めて作り上げたっていう事なんやけどな、元々はそのお父さんの道長さんの別荘みたいなもんやったんや。」

 「別荘? お寺でしょ?」

 「うん、今はお寺。道長さんは別荘にしたはったらしいで。」

 「凄い別荘…」

 「それもな、今は“お寺”の部分だけ残ってるけど、平安時代には、まぁ広うて色んな建物があったらしいわ。堀田向の伝説もあるで。」

 「えっ!? occult ?」


 阿弥陀堂、所謂鳳凰堂の南西に存在したとされる『宝蔵』は、古典文学の中にある“架空の経蔵”と言われている。実際のところ、どうなのだろう? もし存在したと言うのなら、収蔵品として伝えられる物全てが存在したと言うのか?

 「南西って…」

 「うん。地図見てみ。南西に『平等院ミュージアム』って、ほら、博物館あるやん。ここが『宝蔵』やったって思われてるんやろな。」

 「hozo?」

 「宝蔵な。一般的には『経蔵』言うてお経を納めとくんやけど、ここには他に宝物が収蔵されてたっていう話。」

 「宝物って…宝石とか、そんなんちゃいますよね?」

 「うん。仏像とかの事やろな。あと、珍しい物としたら日本三大妖怪の首や。」

 「yokai ?」

 「妖怪。お化け。」

 「え〜っ! そんなん居るんですか?」

 「ん〜、何とも言えんけどなぁ。平安時代なんて、1200年も前やん。何が居って何が居らんかってなんか、わかる訳ないしなぁ。」

 それは確かにそうだ。伝説としては多々あれど、その時代に生きた人物が今この世に生きている訳がない。確かめようがないのだ。

 「え〜、何かまた怖なってきた。」

 「どうもないって。1200年も前の何が居るっちゅうんな。その宝蔵も、あったかどうかもわからんモンやん。」

 寺や神社は、伝説に溢れている。樫村はそう言った。

 平等院鳳凰堂。今は世界遺産として、海外からも多数観光客が訪れる有数の名所だ。しかし、伝説なくしてはご利益もない。尤もだろう。

 「妖怪もな、祀られたら神様や。」



 GWが明けて観光客の流れも落ち着き、その日は穏やかな陽気に包まれ、絶好の撮影日和となった。

 黒いシートで遮光した茶畑が広がる中、被覆期間を終えてシートを剥がされた一画では既に茶摘みが始まっており、色鮮やかな新茶が収穫される。。そしてこの日、ご当地タレント・遠藤彩が、摘み子の格好をして笑顔を振り撒いていた。

 「よろしくお願い致します。」

 彩のマネージャーである古賀は、実に礼儀正しい好青年だ。少々堅苦しささえ感じるものの、深々と頭を下げるその様子は、何とも日本人らしい。それは美沙にとって、若干不思議な行いでもある。しかし、それよりツボだったのは…

 「サヤエンドウ…美味しいやつ。」

 「コラッ!」

 欧米ではファーストネームを先に呼ぶのだから、北欧育ちの美沙にとって、それはごく自然だ。そこへ、古賀が素早く反応する。

 「よくお気付きですね。」

 一方で彩はというと、これまたケラケラ笑う。

 「本名は“あや”って読むんですけど、遠藤やから“さや”にしようって。ネタです。あはは…笑ってくださいね!」

 ご当地タレントにとって、これも名前を知ってもらう手段のひとつ。何でも受け入れなければならない様だ。

 そんな彩も、カメラのレンズ越しに見る笑顔はとても魅力的だ。若さ溢れる表情に、涼子はシャッターを切る指を緩めようとしなかった。



 「平等院、行かれるんですか? よろしければ、ご案内いたしますが。」

 撮影が終わると、宇治市の観光誘致にも努める古賀は、ここぞとばかりにそう言った。涼子は作品編集のため、そのまま事務所へと帰って行ったが、美沙は古賀と彩と3人で平等院へと向かう。薄紫の藤の花が甘く優しく香っていた。


 鳳凰堂は2014年に大規模修復を終え、平安時代の創建時に最も近い表情を見せる。世界遺産登録も相まって、その姿を一目見ようと訪れる観光客が後を絶たない。美沙も例に漏れず、しばしその姿に見惚れた。しかし、鳳凰堂内部を見学するには大行列に並ばなければならない。

 「あの…」

 「はい。」

 「(鳳凰堂の)中はいいです。ちょっと並ぶのは…でも、museumに行ってみたいです。」

 「ああ、良いですね。行きましょう。」

 鳳凰堂の南西に位置する、平等院ミュージアム鳳翔館。そこには、国宝である梵鐘(ぼんしょう)1口、雲中供養菩薩像うんちゅうくようぼさつぞう26躯、鳳凰1対や重要文化財の十一面観音菩薩立像など、多くの貴重な物が収蔵されている。

 …妖怪の首ってどこに?


 その時だ。美沙は彩の異変に気付いた。

 「どうしたんですか?」

 「え? あ、ちょっと頭痛が…」

 「古賀さん、彩さんが…」

 3人はすぐに外へ出て、彩の顔色を見た。少し青ざめた様に見えた。

 「申し訳ございません。折角ご一緒させていただいているというのに…実は彩ちゃん、頭痛持ちなんです。」

 「そうなんですね。私、日を改めて来ます。まずは彩さんの体調が大事ですもんね。」

 かなり辛そうだ。古賀は彩を連れて平等院を去った。


 …偏頭痛かなぁ? 大変やなぁ。

 美沙は2人を見送ると、スマートフォンを取り出した。ネットで調べれば、何か治す方法や緩和させる手段が載っているかもしれない。スーパーカブに跨ったままエンジンもかけず、その場で「偏頭痛 治す」と検索してみる。

 「偏頭痛 治った…え? ちゃう、治す方法やな…治った…え?」

 検索ワードの入力を間違えた。しかしそこに、意外なサイトがヒットした。

 「佐竹さん!?」

 『関西秘境探訪』という佐竹のウェブサイトだ。そこに、『本気でお参りせよ〜首塚大明神で偏頭痛が治った〜』と題した記事が載っていた。

 「毒鬼は大内に入ることあるべからず」

 …何の事?

 やはりだが、京都の歴史や伝説を語るには、難読名や聞き慣れない言葉が並ぶ。佐竹のサイトは、それさえも万人にわかりやすく解説してあった。


 〜平安時代中期、京都を荒らし回った鬼・酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治すべく、源頼光(みなもとのよりみつ)と四天王は丹波大江山へ向かい、その首を落とし、凱旋する事になった。

 しかし、都へ鬼の首を持ち込む事は許されなかった。四天王のひとり・坂田金時の怪力を持ってしても、それを持ち上げることが出来なくなり、仕方なくその場所・老ノ坂(おいのさか)に首を埋めたという。〜


 「そこが首塚大明神? 鬼? あ! これ!!」

 酒呑童子は頼光に首を切られる時、今までの悪事を償うため、首から上に病のある者を救うことを約束したという。

 佐竹の記事には、そう書かれていた。


 「結構濁して書いてはりますけど、ほんまに治ったんですか?」

 美沙は佐竹に連絡を取り、記事の件について訊いてみた。

 「ん〜、気の持ちようかもしれんけど。僕の連れは『治った』みたいな事言うてましたけどね。」

 「もし私がそのタレントさん連れて行ったとして、佐竹さん、どう思わはります?」

 「そやなぁ、相手さんの気持ち次第ですね。信じる気持ちがないと。」

 どうもハッキリしない佐竹の回答。だがそれも致し方ない。伝説は、あくまでも伝説なのだ。

 「行かはるんやったら、僕も同行しますよ。その方が気は楽でしょ?」

 「あ、お願いしますっ!!」



 アートクリエイション事務所に戻ると、美沙は中澤に思いを伝え、彩の所属事務所に連絡を取ってもらった。しかし、事務所側は伝説など信じない。当然だろう。信じない者にとってそれは、馬鹿げた戯言に過ぎない。だが、知り合った以上何もしないまま彩を放っておけない。中澤は、そう事務所を説得した。


 数日が過ぎても彩はまだ頭痛に悩まされ、あの日以来仕事が出来ない状態だ。一刻を争う。そんな思いで美沙は、彩と古賀、そして佐竹と、老ノ坂峠の手前のコンビニで落ち合って現地へ向かった。

 国道9号線を外れると、道中は思わずため息が出る程の狭い道だ。車で行くにはリスクさえ感じるという。

 「彩さん、ここから私の後に乗ってください。」

 「はい…」

 「古賀さん、僕の後に。」 

 「わかりました。」

 老ノ坂峠に差しかかる前の路肩の広場に車を停め、4人は2台のバイクに乗り、老ノ坂トンネル手前から山へと分け入る細い道へと進んで行った。


 老ノ坂峠に埋められたという酒呑童子の首。佐竹は記事にこう書いた。


 〜平安時代中期、朝廷に逆らう者を“鬼”と呼んだ。鬼とは、人間離れした能力を持ち、悪事に手を染める者…いや、そうとは限らない。鬼として最も知られる酒呑童子さえ、元は人とされている。鬼となる以前には、人として人を思いやる心を持っていたのかもしれない。〜


 「美沙さん、あ、あ…」

 「大丈夫。もう少しですよ…えっ!?」

 突如目の前が異様な光景に変わった。

 そこにあったのは、大きな建物の廃墟。ただならぬ空気を感じる。そういえば佐竹は、走り出したら合図するまで停まるなと言っていた。

 「あ、あ…」

 彩は何か言いたげだ。

 「あああっ!!」

 「彩さんっ!?」

 「美沙ちゃん、停まったらあかんっ!! そのまま付いてきて!!」

 「彩さんが…」

 「あかん!! そのまま走って!!!」

 頭が割れそうだ。彩は、美沙の体にしがみ付いてうめき声を上げた。

 真昼だというのに、身の毛もよだつ空気感。悪寒に襲われ、全身に鳥肌が立ち、何者かが背後から迫り来る感覚を覚える。呑み込まれてはいけない。

 「助けてーーーっ!!」

 彩なのか? それとも背後から近付く何者かが叫んだのか? 美沙は必死の思いで佐竹のバイクを追う。今、頼れる人は佐竹しかいない。彼を信じて付いて行くしかないのだ。


 やがて左手を上げて、佐竹はバイクを停めた。


 「ここが?」

 目の前には、石造りの鳥居。ここまでの道のりに比べ、周辺は驚く程に整備されていた。

 極度の緊張と恐怖心からか、皆全身汗だくだ。

 スーパーカブの後から降りた彩は、ヘルメットを脱ぐと両手で頭を包み込むように抱え、力なく崩れ落ち、膝をついた。

 「彩ちゃん、大丈夫。今耐えたら、大丈夫やで…」

 古賀が彩を気遣い、優しく声をかけると、佐竹の眼光はいつもより鋭くなった。

 「彩さん、頭痛、治しますよね?」

 「は…い……治したい……ああぁぁ……痛い…」

 「信じる事、出来ますか?」

 「お祈りでも…何でも……します。治るんやったら…」

 「ほな、行きましょう。もう少し頑張って。」

 彩は佐竹と古賀に抱えられ、首塚大明神の鳥居をくぐった。美沙も続いた。祠の前に立ち、4人は手を合わせる。

 「祀られたなら妖怪も神様…」

 樫村の言ったこの言葉を信じ、ここに眠るかもしれない酒呑童子に祈った。

 その時、4人の目には何故か涙が溢れていた。



 それから数日後。

 古賀から連絡を受け、美沙と佐竹は平等院近くの縣神社(あがたじんじゃ)へと向かった。そこに居たのは、古賀とそして清々しい笑顔の彩だった。

 「治ったんですか?」

 驚きを隠せない美沙に対し、彩と古賀は意外な程に落ち着いていた。

 「いいえ。まだ痛みます。」

 「え?」

 美沙は困惑し、佐竹の顔を見た。あんなに大変な思いをしたのに、治っていない? そして、何故ゆえの笑顔なのだろう?

 「あの時、すみません。私、後でうるさかったでしょ。もう怖くて…」

 「それはいいんですけど…頭痛……?」

 「実はね、次の日なんですけど、良いお医者さん紹介されまして。」

 「え!? もしかして、神様のお告げか何か…ですか?」

 「いいえ。私、この近所に住んでて、たまたまここに来たんです。そしたらここにお参りしてはった人が、専門のお医者さんが居る病院教えて下さったんです。検査して、結果もまだなんですけど、ちょっと気が楽になって。」

 「そうなんですね! 首塚大明神がここへ導いて下さったんでしょう。悪い縁を切って、良縁を結ぶ。それが縣神社なんです。良縁言うたら結婚とかそんなんばっかりちゃいます。今回はそのお医者さんとの縁ですね。」

 「佐竹さん、私思うんですけど…あの日の事、全部夢やったんでしょうか? 美沙さんのバイクに乗って、あの神社行って、鳥居くぐって…」

 夢じゃない。確かにあの場所へ行った。だが、激しい頭痛に耐えながら辿り着いた秘境の地は、彩にとって、あまりにも現実離れした空間に思えたのだろう。

 佐竹は彩の言葉にただ微笑み、美沙の耳元でそっと囁いた。

 「美沙ちゃん、お手柄…かもね!」

 …佐竹さんが居てくれたから。

 その時、美沙の心にいくつもの感情が溢れた。胸が少し温かくなった。



 首塚大明神。そこには三大妖怪のひとり、酒呑童子の首が埋められたとされている。では一体、宇治の宝蔵に収蔵された3つの妖怪の首とは?

 美沙は疑問に思い、佐竹に問うた。

 「そのひとつはね、実は酒呑童子。」

 「え? どういう事? 私ら、お参りしたやないですか。酒呑童子の首って首塚大明神さんに埋められてるんちゃうんですか?」

 「そやね。おかしいね。何が本当で何が嘘かは…もう、わからへんね。」


 持ち上げる事さえ出来なかったはずの酒呑童子の首は、洛中を避けて宇治へ運ばれて藤原頼通の手に渡り、宝蔵へ収蔵されたという。しかし、それら宝物は宝蔵と共に消失したとも言われる。もし酒呑童子の首が先の“首塚”に埋められているとすれば、宇治の宝蔵、あるいは収蔵品としての鬼の首は、架空のものであったと言えよう。

 何が本当で何が嘘かは…今となっては語り継ぐ者もいない。ただ言えるのは、宇治・平等院と、山城國と丹波國の境界を繋ぐ道を、美沙達は確かに走り抜けた。

 そして実は、今4人が居るこの縣神社は、平等院鳳凰堂の鬼門の位置に建てられているのである。


【第六話 宇治の宝蔵】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

酒呑童子が退治されたのは、京都市と亀岡市の境界の大枝山おおえやまとも言われます。しかし、福知山に行けば、源頼光ゆかりの地が点在していますね。大江山? 大枝山? 兎に角謎の多い伝説ですね。

次回も平安時代より伝わる伝説を巡ります。

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