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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
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第四話 深泥池の怪

 三谷は愛車であるバイク・FTRに乗って、岩倉の友人宅から北山の自宅へと向かっていた。時は午前2時。前日の夕方から降り出した雨が小雨になり、「今のうちに」とばかりに帰宅を急ぐ。そして、いつもの宝ヶ池から下るルートではなく、別のルートを選んだ。

 「あ、あれ?」

 異変を感じたのは、檜峠(ひのきとうげ)の下り坂、通称美渡呂坂(みどろざか)だった。

 「ああ!? なんやこれ!?」

 カーブの手前、スロットルを戻しても速度が落ちない。

 「うわうわうわ! ヤバイ!!」

 下り坂の緩やかな右カーブだが、暗闇の道を雨が濡らし、前がよく見えない。このままではオーバースピードだと思った。

 …バイクを止めねば。

 三谷は、堪らずリヤブレーキを強く踏んだ。

 「ああーーー!!」



 「はいっ、モーターサイクル・ガレージ・KSM。」

 「あ、カッさん? 三谷です。転けました。バイク置きっぱなんで、取りに来てもらえます?」

 「ええっ? どこです?」

 「あの…深泥池(みどろがいけ)

 午前10時、開店と同時に電話を受けた樫村は、すぐに三谷のバイクを引き上げる様、伊庭に指示した。伊庭は軽トラで現場へ向かう。そこには、ガードレールに立てかけられたFTRと、その横に青ざめた顔で項垂れる三谷がいた。

 「何でぇ? どうしはったんです?」

 「わからん。スロットル戻しても、スピード落ちひんかった。」

 「んん〜?」

 ガードレールに接触した後、右に倒れたのだろう。右のハンドル周りの破損が目立つ。エンジンはかからない。

 「とりあえず持って帰りますわ。三谷さん、怪我は?」

 「打ち身はあるけど、プロテクター付けぇ言わはったでしょ。あれのおかげで助かりましたわ。嫁はん、ごっつう怒ってますけど。」


 三谷は、40歳を過ぎて普通二輪免許を取得した。また、三谷の友人・山下も、15年のブランクを経て再びバイクに乗り始めたリターンライダーだ。

 2人は、美山へツーリングに行った帰り、鞍馬街道を下って来た。狭く急カーブと急勾配の続く、所謂酷道だ。慣れない峠道に疲れ果てた三谷は、山下の家で休憩中に居眠ってしまう。目覚めれば深夜だ。しかも予想外の雨に気が焦っていたため、急ぐあまり最短ルートの檜峠を選んでしまった。

 慣れない道に暗闇の中の雨で、正しく目線を送れなかったのは間違いない。バイクは目線の方向に向かって進むのだ。しかし、スピードが落ちなかったのは何故だろう?


 「送りましょか?」

 「あ、すんません。」

 伊庭は三谷を自宅まで送ると、FTRをガレージ・KSMへ持ち帰った。損傷は思いの外激しい。

 「コレ、もうあかんかな?」

 「直す事思うたら、買い換えはった方がええかもなぁ。」

 「スロットル戻してもスピード落ちひんて言うてはったから、エンジンの回転が落ちんかったんでしょ。ちょっと原因だけは調べたいんすけど。」

 おそらくスロットルや周辺パーツに問題があるのだろうが、転倒の衝撃で破損した状態からは、その悪さ加減を見つけ出すのは難しい。伊庭は、まずスロットルとその関連部品を調べてみる事にした。

 「やった場所が場所だけになぁ。」

 それを見ていた堀田は、何か言いたげな口ぶりで呟いた。

 「お前、また変な事考えてるやろ?」

 「あはは、でも、言いますやん。京都屈指のミステリースポットて。」

 「あれはな……ん〜、まあええわ。」



 翌日の夜も、湿度の高い状態が続いた。

 涼子は美沙を連れ、神戸は北野のチャペルでウェディング・フォトを撮影し、アートクリエイション事務所には深夜に戻って来た。

 「泊まっていく?」

 「う〜ん、やっぱり帰ります。」

 「そう。ほな、気ぃ付けてな。雨降らんうちに。」

 「はい。ほんなら明後日…ちゃうわ。もう明日やぁ。」

 時刻は午前3時半を回ろうかという頃、美沙はスーパーカブに乗って自宅へ向かう。既に小雨が降り出していた。

 いつもは回り道で白川通を下るが、真夜中なので少しでも早く帰りたい。この日は宝ヶ池通を下り、下鴨本通から河合橋を渡るルートを選んだ。いや、そのはずだったのだが、何故かひとつ手前の交差点を曲がった。すぐに気付いて左折すれば宝ヶ池に出られたのだが、そこも間違えて進んでしまった。

 その先は…深泥池。


 美渡呂坂を下る途中、突然雨が強くなった。

 「カッパ、カッパ…」

 スーパーカブを道の端に停め、リュックからレインウェアを取り出し、急いで着る。そして再びスーパーカブに跨ると、ガードレールに付いた真新しい傷が目に入った。

 「うわ、事故?」

 美沙は、不安感を覚えながら後方を確認する。

 「え??? あっ!!!」

 ミラーに映ったのは…

 「何!?」

 炎の色にも似た、ぼんやりとした光に浮かぶ、年老いた男の顔。美沙の目にはその様に見えた。

 「!!!」

 恐怖のあまり声も出ず、慌ててシフトペダルを踏み込む。その時地に着いた右足が、びしょびしょに濡れた。

 その場から逃げる様に走り出した美沙のスーパーカブ。そのミラーには…

 もう何も映ってはいなかった。



 夜は明けて、ガレージ・KSMの開店時間。そこに美沙はいた。

 夜中からの雨は、まだ降り続く。しかし、不可解な出来事と整理のつかない気持ちを樫村達に話したかった。帰宅してからというものほとんど眠る事も出来ず、目を瞑ればあの顔が瞼に浮かび上がる。せめて自分の中に溜め込まない様にだけはしておきたいのだ。

 「わざわざこんな雨の日になぁ。」

 「でも…誰かに聞いてもらわへんと、私、寝られへん。」

 「まぁまぁ、ゆっくり話してみてぇや。」

 纏わりつく様な湿気に不快感を抑えきれないまま、美沙は言葉に出来る限りの事を話し、ふと横に置いてある破損の激しいFTRに目をやった。

 「ところで、このバイクって?」

 「事故車や。昨日の朝に引き上げたさかい、一昨日の深夜。いや、日付で言うたら昨日やな。」

 「この辺ですか?」

 「深泥池や。」

 「ええっ!?」

 背筋が凍りつく感覚を覚える。自らの体験と三谷の事故、この2つの事案が、同じ場所で、しかも同じ様に雨の降る真夜中に起こったものだと言うのだ。現場は有名なミステリー・スポットでもあるが故、繊細な美沙の心は激しく震えた。

 「今言うたんて…多分同じトコやわ。私がカブ停めたトコ、ガードレールにめっちゃ傷ついてたんですよ。」

 「うわうわうわうわ、マジでヤバイ! 絶対心霊現象や。」

 「堀田ぁ、やめんかいっ! もう…」


 一方伊庭は、恐怖を隠せず気持ちがざわつく美沙と堀田の横で、そんな2人の様子を気にも留めずに黙々と作業を続ける。彼はその時、FTRのスロットル周りから繋がる燃料吸気装置、“キャブレター”を見ていた。

 「あ、そういう事か。」

 バラしたキャブレターの中に、欠陥のあるパーツを見付けた。そしてスロットルの不具合の原因を確信した。

 「ん〜、これは…」



 美沙の一件からちょうど1週間経った真夜中、堀田は檜峠から美渡呂坂を下ったカーブの外側にカメラを設置し、少し離れた場所から現場を見つめていた。あの日と同じ様に、湿度の高い雨の夜だ。

 「おいっ…」

 「ぉわあっ!!!」

 「し〜っ…」

 背後から堀田の肩をポンと叩いたのは、樫村だ。

 「お前、ホンマにやってるんやな。ふふふ…」

 定点撮影すれば、人魂らしきものの正体がわかる。堀田はそう言った。言った以上、後には引けない。本当は怖くて仕方がないのだが、やるしかない状況を自分で作ってしまったのだ。

 「カッさん、来てくれはったんですね。助かります。」

 「そぉ〜かぁ〜、そら良かった。あのな。」

 「はい?」

 「ここから若い女の人がタクシーに乗ってな。」

 「ちょ、やめて下さいよ。」

 「怖いんやろ? ふふふ。『上花山(かみかざん)まで行って下さい』て言わはったんや。運ちゃんはな、言われるままに車走らせてな…」

 「そやから、やめて下さいよお〜。」

 「何しに行かはった思う?」

 「知りませんよ。そやから…」

 「その女の人、ヒッヒッヒ! 言〜わへんっ!」

 「ぷっ…ええ加減にして下さいよ、もう。」

 樫村は、悪戯っぽく笑った。

 「お前、足元まで水溜まっとるぞ。」

 「うわっ!!」

 「し〜っ…」


 時刻は午前4時前。“人魂”が現れたであろう時間だ。

 「もうそろそろっすかね?」

 堀田に緊張が走る。樫村は…意外にも真剣な眼差しで、カメラのモニターを睨みつける様に見た。

 「お、おい堀田。あ、あれ…」

 「出ました? え? ええー!?」

 「こ、これは…」



 午前10時。

 樫村は店を開けると、近所の事務所にいる美沙を呼んだ。

 ガレージ・KSMには、樫村、伊庭、堀田と、美沙。そして、伊庭は三谷を呼んでいた。深泥池の一連の騒動に関わった顔ぶれが揃った。

 「ほな美沙ちゃん、大丈夫や。しっかり見るんやで。」

 午前4時の深泥池。檜峠から美渡呂坂を下り、カメラに接近してくるそれは…


 色白の美沙の頬が真っ赤になった。

 「あ、あ、あ、あはははははは…」

 何と、“人魂”の正体は、原付の前カゴいっぱいにフリーペーパーを積んで走る年配の男性だった。

 雨に濡れないよう大きな袋で前カゴをカバーしており、ヘッドライトの光が反射して男性の顔を照らしている。男性はこのフリーペーパーを配るため、住宅街へと入って行った。その姿は動画から消えた。

 「こら怖いわ。あっはっは!」

 「あ、は…恥ずかしい…」


 同じ時、三谷は神妙な面持ちで伊庭の話を聞いていた。

 「現状渡しって言いよったんですね?」

 「ちゃんと整備はしてあるモンやと思って。」

 「それをね、三谷さんが納得しはったんやったら文句言えんのですわ。納車済んだらオーナーの責任になりますしね。まぁ調べてみたら、結構いい加減なショップみたいですけど。」

 「欠陥車かぁ。安いし綺麗やし思たんやけどなぁ。」


 三谷は、ネット検索で見つけた一見綺麗なFTRを12万で買った。相場では30万円前後だったので、激安と言えた。ところが、雑に保管されたのだろうか? 見えない部分に腐食と見られる欠陥がいくつか見つかった。そしてそれらは、山下の自宅前で雨に濡れ、油分が流れて作動不良を起こしてしまったのだ。

 「こういう激安中古はね、初心者が手ぇ出したらあきませんわ。これ、直す事思たら買い換えた方が正解やと思いますけど…どうしゃはります?」

 「また嫁はんに怒られるかなぁ。ええ出物あったら連絡もらえます?」

 安くても、それが“買い得”とは限らない。三谷は貴重な経験をし、学んだ。そして、今度はガレージ・KSMでしっかり整備されたバイクを、いや、それよりむしろ、買えるなら新車を買いたいと言った。



 「それにしても、深泥池のパフォーマンスは凄いな。」

 「カッさん、あの時言うてはった話って? タクシー。」

 「ああ、あれな。運ちゃんがミラー見たら、その女性は消えて居らんかった。女性が座ってたはずのシートがな…」

 「いやっ!! 怖いっ!」

 「まぁ都市伝説や。現場見てみいや、普通に住宅街やで。氷河期からの生物がずっと生きながらえてるらしいけどな。」

 「いやぁ、それはないでしょ。」

 「わからんでぇ。踏み込んだら戻って来れへん“底なし沼”らしいしなぁ。」

 「ま、ま、マジっすか。」


 最古の池として知られ、全国的にも有名なミステリースポット。深泥池は池の水面と道路の路面が近く、大雨でよく溢れた。特に夜は危険であり、その注意喚起のため住民達が「雨の日の夜には近付かないように」と怪談話を広めたとも言われる。

 だが、美沙と三谷の2つの事件は、偶然にも雨の真夜中に起こった。そのシチュエーションが見事にこのミステリーにはまってしまい、ひと騒動となってしまったのだ。

 「単なる偶然か? ん〜、この都市伝説、生きとるかもな。」

 「ひゃあっ! やめて下さい!!」

…あはははははは!


【第四話 深泥池の怪】 完

読んでいただき、ありがとうございました。

次話もよろしくお願いします。

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