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異世界に根付くニホン文明  作者: 黄昏人
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皇都ジルコースのフソウ国外交官

読んで頂いてありがとうございます。

 アメリア・クオン3級外務官の皇都ジルコースおける同僚の一人は、国土交通省から出向のタロウ・カクタである。彼は、大学で建築学を学んだエンジニアであり、日本人の血が1/2入っているニホン人であるが、先祖も技官でありいわゆる名門の出ではない。

 ニホン人の中にはその血筋を誇って嫌味な者もあるが、幸いカクタはそうではなく公平で闊達な人物であり、アメリアとも仲良くやっている。


「でも、タロウはなんでこんな不便なところに来たのよ?」

 一緒の船で来た最初の頃、アメリアが聞いたのに対して彼はこのように応えたものだ。


「ああ、確かにニホンの技術を移植したフソウは、ジルコニアに対して技術や社会が進んではいるが、建築そのものに関してはそれほどテクノロジーの差はないんだよな。実際に、フソウの街並みはまあ緑が多くて都市計画はそれなりにいいけど、街並みというか建物そのものは規格化されていて単調だ」


「だけど、それは建設の早さを重視したから、仕方がないのじゃないかな。私達のように元から住んでいた者からすれば、あばら家から便利で済みやすい家に住めるようになって、有難いと思っているよ」


「ああ、確かに速度を優先したから規格化は仕方がなかったことは確かだ。僕が責任者だったら同じ選択をしただろうからね。でも、結果として新東京を含めて味気ない街並みというか、街路になっている。とは言え、最近ではそれなりにデザインに配慮してバラエティに富んだ建物が作られるようになってきているけどね。

 だから、今後に期待というところだ。その点で、特に個人の家は最初ものはとっくに耐用年数が来て、建て替えが殆ど済んでいるから、それなりに持ち主の趣味も入って多様性に富んでいるから特に問題はない。問題は街の顔とも呼べる、官庁や商業ビルなどの大型ビルなんだ。なまじ、コンクリートの寿命を延ばしているし、内部の設備も寿命も長いから、あまり建設当初から変わらないからね。

 その点では、帝国は違う。まあ見栄の世界だから、特に石造りの建物には素晴らしいものが多い。確かに、使い勝手という意味で中身の設備は聊かというか大いに問題があるが、皇宮などの作りは見事なものだ。僕にとっては、建物を眺めて歩くジルコースの散策は大きな楽しみなんだ」


「へえ!タロウは変わっているわね。私は、貴族街は人を使ってそれなりに管理しているからいいんだけど、平民街のあの乱雑さと悪臭が我慢ならないわ。それと、あちこちで会う貴族の傲慢なこと。あの連中が帝国のまさに癌だよね。あの連中とは会いたくもないわ。そうはいかないけれどね」


「ああ、確かになあ。とは言えまともな者達が多数派ではあるよ。それもほとんどが子爵以下の下級貴族で、伯爵以上はひどい連中が多いね。まあ僕らのような、正式な国の上級職員は彼らも貴族相当ということで、対応はそれほどひどくはないが、それでも僕らは下級貴族並みの扱いだものね」


「その意味で、今晩の晩餐会は憂鬱だわ。国の上層部を招く以上は、それなりの高位貴族も招かないと仕方がないけど、また政府に努めている当主などの本人はいいのだけど、連れて来る息子や娘がねえ。高等という言われる学園を出ているのだから馬鹿じゃないんだろうけど、振る舞いは馬鹿丸出しよ」


「ああ、今晩の晩餐会は会場を皇宮の別館を借りているけどフソウ国が招待だからね、大抵のことは我慢するしかないのが憂鬱だな。大使のカジさんの言うには、晩餐会は相手が熱心で開かざるを得なかったようだね。それにしても今やっている展覧会は大盛況だね」


 フソウ国は、帝国と国交を開くことで自国の経済発展に役立たせようとしている。つまり、過去100年はニホンの進んだテクノロジーと知識を使って、やって来たニホン人を含めて3島の600万人の人々の暮らしを日本並みにしてきた。


 当面は3島の資源で、人々が文化的な生活を営むには問題はないし、この世界にはまだまだ人口は少ないので、必要なら他の場所から資源を持ってくることは可能である。しかし、この世界にはフソウに比べると文化的には大きく遅れており、ジルコニア帝国のみならず、多くの国々があって大体は互いにいがみ合って争っている。


 これは地球の歴史そのものであり、その争いに巻き込まれたくないので、他との交流を絶ってきたのだ。しかし、『今後も3島に閉じ込もっているこのあり方でいいのか?』という議論が巻き起こってきた。その議論の一部は世界征服を主張する者もいるが、ニホン人流に教育された人々の大部分は『そんな面倒なことはしない』という一致した意見があったため、これはほんの少数である。


 しかし、真面目な議論として、いくらフソウが進んだ文化を持っていると言っても、600万の人口でかつ穏やかな国として存在を続けると、その進歩は遅々たるものであり、いずれ外の世界に追い付かれ、抜かれるだろう。それは、ニホン人が来た当初から言われていたことで、いずれ外の世界に開く必要があるとされていた。


 そこで、漂流者が流れ着いてきており、比較的な穏やかな政策をとっているジルコニア帝国と国交を結ぼうということになったのだ。フソウ側も、国交を自国の経済発展に利用するつもりであるので、相手が貧しいと大した商売にならないことから、帝国の経済発展を促すつもりである。


 だから、最初に帝国で行うフソウ国を紹介する展覧会は、様々な製造会社が立候補して商品を提供した。彼らも人口が20倍に近い広大な国との取引に、事業拡大のチャンスを見いだしたのだ。最大積載量2万トンに近いオオミ号には、大量の商品が詰め込まれて、150人の要員と共に到着して展覧会の準備をした。


 当然、展覧するものは慎重に選ばれた。帝国には平和裏に豊かになって欲しいので、地元の産業を潰すような品目は避けられた。それは、現地でそれなりの産業が根付いている手織りの麻や綿の糸や織物、さらに鋼製品、焼き物、加工食品など、一般向けの品である。


 繊維産業については、人の生活には必須のものであるが、雇用人数が多くて一大産業である。このために、地球の歴史では産業革命時に、紡績紡織の機械が職を奪われた職人に打ち壊されたなどの経験がある。これらの機械は導人手の何十倍もの効率であるため、既存の職人の働く場を奪ったことは事実である。

 しかし、これらの機械の導入は、人々に安い服を届けるためには避けてはならない道でもある。その意味で、フソウは繊維製品の直接の輸出を、帝国ではできない特殊な高級織物に限るとしている。


 一方で、農業生産性を上げるための化学肥料、紡績・紡織機械、農機具、発電機、鉄道の機関車、トラックを含む自動車、様々な産業機械など、帝国で生産していないものは大いに売り込むつもりである。鋼材についても、今後のインフラの根幹になるものであるため当分は販売する。だが同時に製鉄所の建設に協力して、自給できるようになったら輸出は止める予定になっている。


 肥料については、ようやく三圃農法が緒についた農業技術の帝国であれば、化学肥料の使用で面積当たりの生産高を3倍程度にすることは容易い。だから、間違いなく不足気味の帝国の農産高を大幅に上げ、余剰の穀物をアルコールの醸造などに活用できるだろう。


 窒素肥料については大気中の窒素を固定することで生産でき、リンはフソウの群島の中の無人島に大量にある。さらにカリウムは、フソウでは大規模な資源は見つかっていないが、帝国の領内の乾燥地に大量にあることを資源探査衛星で発見しているので、これを開発してフソウにも輸入する予定である。


 このように、現状での帝国の主要産業である農業において大幅な増収になる。さらに、様々な機械の導入で多数の新しい産業が興り、生産性が格段に上がることで工業原料が安くなるために、多くの雇用が生み出される。そのため、既存の産業が衰退しても人々は容易に他の職に就くことができると想定している。


 このようなことを、フソウ側は国交を開くにあたっては検討しており帝国政府にも伝えている。ただ、帝国政府なそれなりに優秀な官吏にコントロールされていて、支配者たる皇室も理性的であるようだが、貴族がかなり問題のようだ。


 産業革命の前のこの時期、商業・手工業は基本的には資本のある貴族がスポンサーかつ庇護者になっている。貴族が経営者であれば、資本の原理を理解して理性的な行動をするのだが、傘下にある商社を金の源泉としか思っていない連中が多いようだ。だから、帝国政府もフソウとの国交に当たっては貴族の動きを警戒している。


 ―*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 アメリア・クオンとタロウ・カクタは展覧会の会場に来ている。ここは、1㎞×2㎞もの広大な皇宮の城壁に囲まれた外宮であり、中には500m四方の内宮がある。外宮は大規模な庭園と催しものに使う屋根を被った巨大な建物があって、その中とその周辺の広場にテントを張って所狭しと展示品が飾られている。


「やあ、ミザイラ、どう?話に乗ってくるお客さんはいる?」


 アメリアが声をかけたミザイラ・ジークスムは彼女の大学の同級生であるが、学内でも目立つ美人であったミザイラは機械メーカーの経営者の父の会社に入って働いている。今回彼女は、家族で経営しているジークスム機械工業㈱の紡績・紡織機械の売り込みに来た一員に加わっているのだ。


 彼女がやってきたのは、仲の良いアメリアが帝都に滞在しているというのも大きな理由になっている。彼女がいる展示場では、本物の紡績・紡織機の最小ユニットが置いてあり、隣の20インチの画面に動かし方の説明、実際の工場での運転状況を映している。それを見るために置いてある10脚ほどのパイプ椅子には、人で埋まっており、さらに同数程度の立ち見の人がいる。


「ああ、アメリア。結構盛況よ。大部分の期間は一般の人を入れないで、商会などの経営者と貴族のみというのは正解のようね。比較的ゆっくり話ができるわ。もう10件以上の契約は間違いなさそう。それに、わが社の機械が動けば、どんどん国中に広まってもっと売れるのは間違いないと思うわ。

 それはそうよね。人の手で糸を紡ぐのは1本ずつだし、人によって早さと出来栄えに凄く差が出るわ。織物はまあ帝国にも半機械みたいなものがあるけれど、やっぱり遅いし人に効率には大きな差がでるわね。もっとも名人が織ったものは機械には出ない味があるけれどね。

 いずれにせよ、今の帝国の服地は高すぎるわ。庶民はほとんど新しい服は着ることが出来ないものね。うちの機械が入ることで普通の人も十分な服が買えるようになるはず」


 アメリアの言葉にミザイラが応えると、アメリアが再度聞く。

「そうそれは良かったわね。でも、服を縫う方の縫製の機械を売ってほしいって言われない?」


「うん、知っての通りそれは国の方針で止められている。服は普通の人でも縫えるし、原始的だけどミシンもあるしね。まあ、女性の大きな雇用先でもあるから、あまり機械化は望ましくはないというのは判る。でも生産性は上げて、彼女らの収入をもっと上げるべきなのね。

 だから、電動ミシンの導入は現地の会社と合弁でやっていくつもり。既存のミシン作りの人を失業させないようにね」


 そこにカクタが口を挟む。

「でも、ミザイラさんの会社はこっちに工場を建てるつもりはないのですか?地球でも繊維関係の会社が賃金の安い国で生産をするというのはよくありましたよね」


「ええ、工場はちょっと様子見ね。実のところはフソウの会社からそういう話はあるのよ。やはり繊維、服飾関係で特に下着を含めた汎用的な製品は付加価値を付にくいのよね。それに生産業者が多いから、どうしても競争が激しいので安い人件費の場所でというのは考えるよね。

 帝国の国内の市場を荒らさないように、当面はフソウへの需要オンリーになるけど、フソウはやはり人口が600万だから市場が小さいのよね。だから、最新のシステムを持ち込んで大量生産をすると、どうしても帝国にも売るようになるでしょう。だから、国も合弁だったら認めるようね。そして当分はフソウへの輸出だけということになるでしょう。うちは機械が売れればいいのだけどね」


「ところで、帝国の人はどんな感じ」

 ミザイラはこのアメリアの問いに顔をしかめる。


「うーん。やっぱり貴族は問題ね。完全に上から目線なのと、論理的な話が通じないわ。驚くほど横柄で無茶を言う人がいるので、私達もそういう人たちに慣れていないこともあって対応が難しいわね。言葉が、うまくないということで逃げてはいるけど……。

 ただ、物事を理解して意思決定をしているのは、平民の商人が多いのでそれほどシリアスではないけどね。その点でアメリア、国を背負っているあなた達はいいわね」


「まあ、その点はそうね。私たちは必要以上に譲ってはいけないと言われているので、強気には出れるわ」


 そのアメリアの言葉を実証する場がその夕方に生じた。その晩は、フソウ国が主宰で、皇宮の別館で晩餐会を開いた。招待者は、帝国政府の完了と国内の大きな商会の代表者、それに帝国議会の貴族院に連なる大貴族の人々であり、人数は250人を超えている。


 予定で150人弱であったのだが、フソウの数々の珍味が味わえるという前宣伝が効いており、同行するものが増えたのだ。それも、上位貴族が連れてきたものが多い。迎える方は、フソウ外務省のジルコースに滞在する職員に現地雇用者の20人余、フソウから来た民間人のうち約100人である。


 出席者のフソウ国の最上級者は駐帝国大使予定、アキラ・カジであり、彼が帝国との通商条約のたたき台を作ってそののちに外務大臣が来て正式な国交を結ぶことになっている。


「やめて、やめて下さい!」

 女性の高い声がはっきり聞こえる。はばかるつもりはないようだ。そしてそれはよく知っている声だ。


「この平民が。公爵家嫡男のシオリ・カル・シーダスルの言うことで聞けないと申すか、我と一夜を明かすのは末代までの誉れぞ」

 若い声が聞こえるが、すでに集まり始めている人々をアメリアは搔き分けるようにして前に出ると、ミザイラが派手な服を着た若い男に手を掴まれている。


 その周りには似たような服装の同様に若者がにやにやして見ている。どうも彼らにとっては娯楽の一つのようで、シオリも少々芝居がかっている。アメリアはつかつかと寄っていって、中々の美貌の若者に向けて声を張り上げる。

「おやめください。帝国の公爵家の若君は、このような公衆の面前で女性を攫おうというのですか?」


 身分をはっきりさせるためにアメリアが着ている、帝国のものに似せたフソウ国外務官僚としての官服を見て、シオリという若者は少したじろいだが言い返す。

「だまれ、この平民の女は公爵嫡子の私が声をかけるのに無視をした。そのような無礼に対しては詮議するのは貴族の役割であり、義務でもある。邪魔をするでない!」


 話にならないと見て、アメリアは若者の手を掴んで関節を軽く逆にひねって手を離させ言う。

「帝国ではそうかもしれませんが、わがフソウ国の国民をそのような扱いにすることは、外務官僚である私アメリア・クオンが、国から与えられた権限によって許しません!」


「こ、この野蛮人め。わが公爵家の尊い体に乱暴とは、許さんぞ!」

 若者は手を振りほどいて叫ぶが、少し酔っているようだ。ニホンから伝わる総合格闘技である錬法を幼いころから学んできたアメリアが、軽くとは言え固めた腕を振りほどくとは若者は相当に鍛えている。確かに握った腕は鍛えたものだ。


 結局面白い見世物とばかりに、壮年の貴族も集まってきて決闘騒ぎになってしまった。

 帝国では争いがあると、貴族どうしで決闘を行うことがよくある。ということは、シオリはアメリアを貴族相当として認めている訳だ。この場合は、刃物銃などを持ち出すことは禁物で、素手の戦いであるが、高位貴族の場合には一人の助太刀を付けることが認められている。


 公平とは到底言えないが殺さないだけましだという論理だ。助太刀はカエルズという逞しい子爵家のものでシオリの取り巻きの一人のようだ。このような決闘のある帝国に貴族は格闘技は本格的にやっている。


 カジ大使閣下も、半分心配そうでもあり、半分を面白がって、いざというときは止められるように要員は配置している。錬法は日本の格闘技の集大成として発達した格闘技でありフソウで広く学ばれていて、人体の急所を知り尽くしたそれは男女の筋力による優劣に余り差はない。


 向かい合って立つ上着を脱いだ2人の男は、パンツルックに着かえたアメリアに対し、身長で20㎝ほど、カエルズは体重で40㎏以上差がある。中年の伯爵の地位にある帝国官僚がレフリーを買って出て「はじめ!」と声をかける。


 アメリアの腰を落とした洗練した動きと構えに表情を改めて、カエルズも慎重に構え、進み出て掴みかかろうとする。アメリアはするりと身をひるがえして、指先で肘の内側のツボを握り、痛みにのけぞる相手に体をかぶせて足を払う。急所を決めての大外刈りだ。その足を刈る段階で顔の人中に固めた拳で打ち込む。


 それで気絶した相手の、倒れる頭を床に打ち付けないように足先で庇う。アッという間に逞しい若者は床に横たわっている。余裕で見ていたシオリは、当てが外れてするすると近づいてくる彼女に狼狽えて構えた。しかし、思い切ったように、彼女に対して身を低くして突っ込んでくる。


 アメリアは跳んで、その体の上を超え、その途中でシオリの首を捕まえて首筋を指先で撃つ。急所を突かれたシオリはそのまま床に倒れて起き上がらない。あまり身体機能は高くない日本人に比べて、先住のフソウ人は格段に優れた筋力と素早さを持っている。

 アメリアは錬法の大会で上位5位に入る実力であり、少々鍛えた程度の帝国の者が敵う訳はない。


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[一言] 軍事力を見せ付けるしかバカ貴族たちが大人しくする事は無いでしょう。
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