290.人生
「どうぞ!」
「お邪魔します!」
カケルはナガレを家に招くと、帰りに買ったクレープをナガレに渡す。
チョコバナナクレープである。
ちなみに、カケルも同じものを購入した。
「美味しい! うん、やっぱりチョコレートとバナナはベストマッチだね! 奢ってくれてありがとう!」
「気にするな。それより、本当に良かったのか? 本当に何も無いけど」
「うん! ちょっとお話したいなって思ってた所だったから!」
「そうか。じゃあ、1つ訊いていいか?」
カケルも流石におかしいと思い始めた。
「ナガレちゃんは、何者なんだ?」
「何者っていうのは?」
クレープを食べながら、キョトンと、可愛らしく首を傾げる。
「女子中学生がいきなり28の男を遊びに誘うか? あ、いや、お金目当てでは誘うか」
「いやぁ、私も暇だったからね! お金目的じゃないよ?」
「だったら一体何を……何を企んでいるんだ?」
「ただカケル君と遊びたかっただけだよ!」
本当にそうなのだろうか?
疑問に思うカケルであったが、これ以上訊いても仕方が無いと思い、クレープをかじるのであった。
「カケル君、こっちも1つ訊いていいかな? カケル君は、今、これをしていると楽しいって事はあるかな?」
「楽しい事? 自分が学生時代の頃を思い出したり、同じく自分が学生時代見てたアニメを見たり、後最近はVRゲームにハマってるな! ナガレちゃんはゲームとかやるのか?」
「うん! やるよ! 楽しいよね、VRゲーム!」
「VRゲームやってるのか! 楽しいよな、もう1つの現実みたいで」
「リアルでいいよね! 私、大人になっても絶対やり続けるんだ! もう一生やるって感じ!」
元気そうな笑顔をカケルに向ける。
それを見たカケルは申し訳なくなる。
「一生か……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ただ……」
「ただ?」
もうすぐこの世界は無くなる。
昨日のメールに書かれていた事が事実であれば、この世界は丸ごとゲームだ。
そして、それがもうじき消される。
「ただ……この世界はもうじき……」
カケルはやりたい事が特にない。
VRゲームにハマってはいるが、それが無くなっても、それ程のダメージは無い。
だが、ナガレには未来がある。
あんなにも元気一杯な笑顔を浮かべられる女の子だ、これから先、色々な楽しい事を見つけて行くのだろう。
未来への希望も、きっとある。
そう考えると、カケルはそれを正直に言えなかった。
「どうしたの? はっ!? まさか、この世界はもうじき世界征服でもされるというのかな!? だとしたら、仮面を被ったヒーローにでも助けて貰わなくちゃ! スーパーな戦隊でも、ウルトラな戦士でもいいけどね!」
表情をコロコロと変え、最後はウインクをカケルに向けた。
ウインクは苦手そうで、目がピクピクしていた。
「うぅ、アニメのヒロインとかみたいには決まらないかぁ」
「ははっ、本当に元気だ」
「うん! 私の数少ない取り柄の1つだからね!」
その後、ナガレは優しく笑うと、カケルに言う。
「カケル君は、自分で分かって無いんだね。これから先、自分が本当にやりたい事を、どうしてもやり続けたい事を見つけている事に」
「やりたい事? やり続けたい事?」
先程言った現実逃避的な趣味のことであろうか?
「俺、そこまでやりたい事は……ない。これから先、きっと学生時代程に楽しい事なんてない。昔みたいには楽しめないんだ。だから、俺には楽しかった頃を思い出したりして、現実逃避するくらいしか……無いんだよ」
けど、それも後数日で終わる。
けど、正直終わりを迎えるのも怖い。
「逃げてばっかりだな、俺は」
乾いた笑いをするカケルに対し、ナガレは微笑む。
まるで、それが正解かのように。
いや、正解何て無いのかもしれない。
「それだよ。私、偉くも無いし、カケル君の心を読める訳でも無い。けどね、カケル君が今、本当にやりたい事、これからも続けたい事ってのは、きっとそれだと思うの」
「現実逃避が……?」
「うん。これはまだ人生を14年しか生きていない私の意見何だけどね。結局、人生に満足するかどうかってのは、その本人がそれで満足したって思えるかどうかだと思うんだ。だから、現実逃避をしている間、カケル君が楽しいと思うなら、これから先もずっと現実から逃げ続ければいいと思う。だから現実から逃げる為に生きる。楽しかった頃の思い出に浸る為に生きる。そんな人生を、少なくとも私は否定したりしない」
「逃げ続ける為に……?」
今まで、何の為に働いているのだろう。
何の為に生きているのだろう。
そう考える事もあった。
だからと言って、死にたい訳ではない。
自分の考えが中途半端でしっかりしていないと思っていた。
でも、ここで新たな答えを弾き出した少女がいた。
「ははっ、何を言ってるんだ」
思わず笑みが零れてしまう。
現実から逃げ続ける為に生きる、そんな矛盾した事、今までカケルは言われた事が無かった。
けど、楽しい思い出があるのならば、これから先つまらなくても幸せものだろう。
それを思い出す事ができるのだから。
「変わった娘だね。その意見、先生とかにはあんまり言わない方がいいぞ?」
潤んだ瞳で、カケルは言った。
「言わないよ? そもそも、私まだ14歳で人生経験浅いから、生意気だって思われちゃう」
「いや、ナガレちゃんは俺何かより、ずっと大人……っと、この言葉はあまり使いたくないな」
カケルは言い直す。
「俺なんかより、ずっと強いよ。将来は精神科医にでもなったら?」
「精神科医かぁ。難しそうだからなぁ、それに、私には別な夢があるからね!」
「そうか、いい医者になると思ったんだけど、仕方ないか」
カケルは満足げな表情で、ニコやかにそう言った。
「ありがとう」
「えっ!? 私、なんかしちゃった!?」
「俺のことを励ましてくれたんだろ? その為に、俺の目の前に現れたんだろ?」
ナガレは、「バレちゃいましたか」とでも言いたげな表情をする。
「そう、ナガレちゃん。君の正体は……妖精だね?」
「え?」
てっきり正体がバレたかと思っていたが、予想外の答えが返って来た。
「俺の心を癒す妖精、それが君の正体なんだろ?」
「ごめん、違う」
「違うの!? だったら一体……?」
取り乱したカケルであったが、冷静になると言う。
「ま、誰でもいいか! そんな事より、お礼と言っちゃなんだが、君の倍生きている俺からのアドバイスだ。もし、今後ナガレちゃんが一生の付き合いでいたいっていう男が現れたら、恋人として付き合ったり、結婚したりするのはやめた方がいい。漆黒の恋愛なんかに破壊されない、究極の友情を築くんだ」
「カケル君って恋愛アンチ? なんだか言ってる事よく分からないけど、気になる男の子が現れた時は思い出してみるよ」
「ああ、俺にはこんな助言しかできないからな」
助言はこれしかできない。
だが、世界を救う事はできる。
これから先も現実逃避する為、逃げ続ける為。
(俺は戦う。世界を救って見せる。俺の逃げ道を塞ぐ、【ワールド】の開発者に、負けたくない)
ナガレは立ち上がると、カケルの頭を撫でる。
「カケル君、きっと大丈夫だから」
頭を撫でられるのは、どこか安心感があり、不快には感じなかった。
むしろ、精神が浄化されているようにも感じる。
「何が?」
「この先の人生、無理に立派に振舞わなくても、どんなに惨めに感じることでも、自分の気持ちに正直になれば、きっと大丈夫だから!」
「ああ、ありがとう」
そう言うとナガレは帰りの支度を始めた。
そして、家から外へと続くドアを開ける。
「今日はありがとう! 楽しかったよ!」
「こっちこそ、色々ありがとうな! あっ、そうだ! 今度また遊ぼうぜ?」
「うん! 勿論だよ!」
「じゃあ、携帯番号でも」
「今携帯持ってなくて確かめられないんだよね。けど、きっとまた会えるから、大丈夫!」
「えぇ!? じゃあ、俺の携帯番号教えとくよ! ちょっと確認して来るから待ってて!」
だが、戻って来た時には。
「ナガレちゃん! 俺の番号これ! ……っていない」
既にいなかった。
「ナガレちゃん、やっぱり妖精だったのかな」
別にいい。
ナガレは嘘をつくような娘ではない。
「また会えるって言ってるなら、また会えるか!」
カケルは決心する。
また会う為にも、絶対にこの世界を削除させない、と。
「さて、世界を救う手助けでもしますか!」




