283.現実逃避
「美味しいな!」
アルカはミルクレープを堪能する。
美味しそうに食べるアルカを見て、ミルも嬉しそうな表情を見せる。
「アルカさん、さっきちょっと暗い顔をしてましたから、元気になって良かったです!」
「ごめん。ちょっと考え事をな。あっ! そうそう! ケンヤさんに聞いたんだけど、俺もっと強くなれるみたいなんだ!」
「もっと強くですか!? 今でも十分強いと思いますが」
「更に先があるって聞いてな! 今度もっと強くなって、また大会にも参加しようと思う!」
「そうですか! でしたら、その時はボクも応援に行きますね」
「おっ! だったら絶対優勝するしかないな!」
アルカとミルが話していると、アルカにメッセージが届く。
「誰からだ?」
アルカはコーヒーを飲みながら、メニュー画面を開き、メッセージを確認する。
送り主は、極であった。
内容は今日の夜、会えないかということであった。
「どうしたんだ!? 愛の告白か!?」
届いたメッセージをミルにも見せる。
「ど、どうでしょう……?」
アルカは冗談のつもりで愛の告白と言ったのだが、ミルは口元を手で抑え、顔を少し赤らめさせた。
「アルカさん、頑張ってください!」
「ごめん。多分そういう内容じゃないと思う」
おそらく、レベル上げをしようとか、次のイベントに向けての修行だとか、そんな所だろう。
アルカはそう考えていた。
「そうですか……」
ミルは少しがっかりした表情を見せる。
「恋愛話を聞きたかったです」
「ミルちゃんは、そういうの好きなのか」
「はい! ケンヤさんには、そういった本をよくいただくのですが、読んでいて心がポカポカします」
ケンヤは実際に販売されている本のデータをミルに渡している。
『ぷっははははは! 君みたいなAIには一生恋愛は無理だろう! せめてそれでも読んで想像してるといいさ!』
と、嫌がらせ目的で与えているようだが、ミルはそれを喜んでいた。
「俺と極はそんな関係じゃない」
そう、アルカと極はそういう関係ではないのだ。
「分かりました。ですが、どちらにしてもまたここへ遊びに来て下さると、ボクとっても嬉しいです!」
「そうだな! 極も誘ってまたここに来るか!」
「お待ちしていますね!」
そして、アルカは砂漠の喫茶をあとにした。
約束の時間まで、適当にモンスターを討伐して時間を潰す。
約束の時間に、アルカのマイホームエリアで待ち合わせという事となっている。
「ただ経験値が手に入っただけだった、ケンヤさんの言うラスボスには程遠いな」
レベルは上がったのだが、ラスボスへの道は険しいようだ。
「一体どんな条件なんだ?」
アルカはマイホームエリアで考えていると、約束の時間が来たようで、極が出現した。
「こんばんはでござる!」
「こんばんは。もう約束の時間か」
時間が過ぎるのは早い。
アルカと極は椅子に座る。
「急にどうしたんだ? レベル上げの手伝いでもさせる気か?」
明日は日曜、レベル上げの為に、遅くまでプレイをしていても問題はない。
「そうそう! 俺実はもっと強くなれるみたいなんだ! どうやったらなれるんだろうな? あっ! これはケンヤさんが言ってた情報だから、きっと当たってると思う! もし、レベル上げの依頼だとしたらそれも一緒に検証したいな」
アルカは楽しそうに話す。
だが、極は少し困った表情をすると、申し訳無さそうに口を開く。
「ごめんでござる。レベル上げは間に合っているでござる」
「そっかぁ。だったらなんだ? 素材集めか? 欲しい装備があるとかか? それか大会か? だとしたら……」
アルカが言い終える前に、極が口を挟む。
「違うでござる」
「そ、そうか……。だったらなんだ? もしやリアルの悩みか? 友達と喧嘩でもしたか?」
「喧嘩はしてないでござるが……」
「なら良かった! でも、だとしたら俺になにを話そうとしてるんだ?」
「なにをというか、ただ純粋に、お話しをしたい気分になったでござる!」
「話……? GWOの攻略に関する話か?」
「そういう話でもいいでござるし、何でもいいでござるよ」
「そう言われると困るな」
急に会おうと言われ、何でもいいから話したいと言われた。
何でもいいと言われると逆に困る。
「では拙者から!」
極はアルカに出して貰ったミルクティーを一口飲むと言う。
「アルカ殿はこれから先、何か目標はあるでござるか?」
「目標?」
ある。
ケンヤからの使命を果たし、ラスボスとして君臨する事が今のアルカの目標だ。
「前まではこんな目標無かったけど、そういう可能性があるって言われるとつい、なってみたくなっちまってな」
「なるほどでござる。でも、アルカ殿はラスボスよりも、親しみのある龍の方が似合ってるでござるよ?」
「俺って親しみとかあるか?」
「少なくとも、拙者は話しやすいと感じるでござるし、話していて楽しいでござる。正直、たまにメンドクサイと感じることもあるでござるが」
「え!? 俺そんなにメンドクサイか?」
「まぁ、本当にたまにでござる。けど、それもアルカ殿の持ち味でござるよ!」
「そ、そうか?」
アルカは極に褒められ、つい頭の後ろを抑え、照れてしまう。
褒めているかどうかは謎であるが。
「でも、良かったでござる」
「なにがだ?」
「なんか、自分のリアルのことを話している時、アルカ殿いつも楽しく無さそうで、このゲームを現実逃避のように考えていたみたいでござるから。ただの現実逃避から、それに加えて楽しみの1つになった事が、なんだか嬉しいでござる」
「どういう意味だ?」
アルカは腕を組み、考えてしまう。
現実逃避も楽しみの1つではないのだろうか?
「どっちにしろ、リアルが苦痛なのは変わりないぞ? あっ、別に友達がリアルにいないからって訳じゃないぞ」
「仕事とかでござるか?」
「それも要素の1つだけど、やっぱり、子供とのやり取りの楽しさには全然勝てないからだ。大人同士のなにが楽しいのか分からないことに合わせるより、精神年齢が子供の俺はやっぱりこうやって学生と話していた方が話が合う。後はやっぱりあれだな。何も取り柄がないからな……だからこそ、このゲームではラスボスになりたい訳だが」
「そうでござるかぁ。大変でござるな。子供の拙者にはさっぱりでござる」
「ここだけの話、あまり俺を大人扱いしないで欲しい。俺の心は、まだ子供なんだ」
「へ?……承知!」
よく分からなく、困惑したが、極は元気に返事をした。
「あ、やっぱり今の無し。つい本音をぶちまけてしまった」
そしてそのまま次の話題に移行する。
「アルカ殿、もしでござるよ? もし、一週間後に世界が滅亡するなら、なにをするでござる?」
「滅亡するなら、か。考えたことも無かったな」
「え!? てっきり現実が苦痛で滅亡を何回も願っているとばかり思っていたでござる!」
「いやいや! そこまで邪悪じゃないぜ? でも、滅亡するならか……う~ん、悩むな」
滅亡するなら、アルカはどうするのだろうか?
「滅亡しないことにするな!」
「滅亡しないことに……?」
それに関する情報をシャットアウトし、自分の中で滅亡自体が起こらないものだと完全に思い込み普通に生活をする。
それがアルカの答えであった。
要するに現実逃避だ。
「なんでござるかそれは」
極は思わず笑ってしまった。
馬鹿にしている訳ではないが、あまりにも予想外過ぎたのだ。
「そんなに面白いか!? 結構普通だと思うけどな」
「普通……? 拙者なら、美味しい物を一杯食べるでござるがな」
「なんか、それはそれで普通だな」
年相応な答えだ。
次に極はアルカに重大な事を問う。
「アルカ殿は、滅亡を食い止めたいと、思わないでござるか?」
「もしも、一週間後に世界が滅亡するならって話だろ?」
「そうでござる」
実際はもしもの話ではないのだが、そういう定で話しを続ける。
「う~ん……俺にはそういうの無理だから、まず考えないな。学生時代の俺だったら、考えるかもしれないけど。大体、滅亡の危機を迎えて、俺にできることがなにかあるか? ないだろ? ここではこんな姿だけど、実際はただの人間だぞ?」
アルカのリアルであるカケルは、ただの人間だ。
スーパーヒーローのような力も無ければ、天才的な頭脳も持ち合わせてはいない。
「ごめんなさい」
「なにがだ?」
「意地悪な質問をして、ごめんなさい」
意図した訳では無いのだが、結果的に意地悪な質問になってしまった。
その為、極は頭を下げた。
「謝ることじゃないだろ」
「……拙者もちょっと現実逃避がしたかったでござる。アルカ殿に、嘘でもいいから、滅亡を食い止めて見せるって言って欲しかったのかもしれないでござる」
「ごめんな。GWOでのことならまだしも、もし現実で世界が滅亡するってなっても、俺はなにもできない」
そして、流石のアルカも感づく。
「極、実際に世界が終わるのか?」
極は動揺してしまう。
正しく、その通りだからだ。
2月14日に、【ワールド】内の、全ての世界は終わりを告げる。
「極、俺達、友達だよな? 教えてくれないか?」
アルカは極を見る。
対する極は、「参った」とでも言いたげな、けど優しい表情でアルカに言う。
「世界はまだ、終わらないでござる。これからも、ずっと続くでござる」
「そうか。そうだよな。極、ありがとう」
「こっちこそ、ありがとうでござる」




