魔物の問題、魔族の問題
カミラを含め誘拐された女性たちを保護した一行は、その場にいた誘拐犯――もとい奴隷商人を全員捕まえて王都ガルディオンへと帰り着いた。シルヴァはジュードたちに礼を向けると、出迎えにきた騎士団と共に王城の方へと消えていく。
女性たちは手厚く保護され、奴隷商人たちはずるずると引きずられながら。
ルルーナは暫し何を言うこともなく黙ってマナの後ろを歩いていたが、屋敷が見えてきた頃に彼女の背中に声をかけた。
「……マナ、あんたいいの?」
主語のないその問いかけに、リンファは言葉もなくちらと視線のみでルルーナを見遣る。だが、彼女が言わんとすることはなんとなくわかった。恐らく、先ほどからウィルが複雑な顔をしている理由も同じだろう。
現在、ウィルたちは商店街の辺りでジュードと分かれて、屋敷に戻る途中だ。ジュードは気になることがあるのか、王城の方を見てくると言って城の方に向かってしまった。城には連れていけないからと、ちびをウィルに預けることだけは忘れずに。
そして、カミラも。まだ眠れそうにないからと彼についていった。
マナは小さい頃からずっとジュードのことが好きなのだ。同じ女同士、ある程度共にいれば確認などしなくてもわかる。
すると、マナは足を止めないまま夜空を仰ぎ、普段よりも明るい声で応えた。
「いいの、何か話したいことがありそうだったし……それに、カミラさんって水の国でも怖い目に遭ったじゃない。そういう時って甘えたくなるものでしょ」
「……取られちゃうかもしれないわよ」
「いいって言ってるでしょ、あんたって変なところで心配性なのね。ほら、早くお屋敷に戻りましょ、部屋が無事かどうかも確認しなきゃならないんだし」
「私は別に……はあ、仕方ないわね……」
それだけを返すと、マナはさっさと屋敷の方まで駆けていってしまった。まるで逃げるように。ルルーナはそんな様子を見て小さくため息を洩らすと、肩越しに来た道を振り返る。
――出逢ったばかりの頃と違って、マナを気遣う気持ちは確かにある。だが、それ以上にルルーナはカミラのことが気に入らなかった。単純に色恋の問題ではなく、彼女の言動が。吸血鬼の館に共に囚われた時からなんとなく思っていたことだが、カミラは何もかも大陸基準で考えるのだ。彼女にとっては大陸以外のことはどうでもいい、軽視しがち。そんな言動が見て取れる。
現に今も、誘拐されたカミラを助けに行ったのに礼の言葉さえなかった。別に見返りを求めての行動ではなかったが、カミラにとっての自分たちは仲間だとか友人ではなく、大陸に戻るために都合よく利用できる存在というだけなのだろう。そう考えると虚しいのと同時に腹立たしかった。
自分が言えたことではないと、そう思っているのだけれど。
* * *
王城へと向かう道すがら、同行したカミラに手を引かれてジュードは噴水広場で彼女と共に空を見上げていた。
都の中は依然としてメチャクチャだが、見上げる空はいつもと変わらず綺麗だ。雲ひとつない黒い夜空には星々と共に月がぽっかりと浮かび、地上を優しく照らしている。
そんな中、カミラは噴水の縁に腰掛けてしばらく空を見上げていたが、やがてその視線は傍らに佇んで空を眺めるジュードに向いた。
「……ジュードは何も言わないのね」
「何か聞いた方がいい?」
「……怒ればいいじゃない、怒ってるんでしょう? 魔族が襲ってきたのに肝心な時にいなくて、結果、男にさらわれてただなんて」
突然のその言葉に、ジュードは噴水の縁に腰掛けるカミラを振り返った。今回の誘拐騒動はカミラ以外にも複数の被害者がいたのだ。中には浮ついた気持ちでついていった者もいるだろうから一概にどうこうは言えないが、ジュードの中に「迂闊だ」と彼女を責めるつもりはない。しかし、怒りを感じていないかと言われれば、それもやや違った。
「……もしオレが怒ってるように見えるなら、それは今回のことじゃなくてカミラさんの態度に対してだと思うよ」
「態度?」
「うん、……別に感謝してもらうために行ったわけじゃないけどさ、せめてお礼の言葉くらいはほしかったよ。オレは魔族が襲ってきた後は休めたから疲れはないけど、他のみんなはそうじゃなかったから」
この王都ガルディオンまで戻る道中、前線基地のことや魔族が襲ってきたこと、誘拐されていたカミラに怪我がないかなど仲間たちは色々な話を彼女にしたものだ。だが、それに対するカミラの反応はと言えば――魔族の襲撃があったこと以外には、あまり満足な返答さえ期待できなかったのが現実である。
カミラはジュードのその言葉にぐっと下唇を噛み締めると、眉根を寄せた。納得とは程遠い様子で。
「……だって、ジュードもみんなも真面目に魔族のことを考えてくれないじゃない。わたしのことなんてどうでもいいんでしょ」
「真面目に?」
「そうでしょう? どれだけ魔族が危険な生き物だって訴えてもみんなが言うのは魔物のことばかりだし、女王様だって何も考えてない! 誰も魔族の問題になんて取り合う気もないじゃない! リュートは、そんなわたしの話を親身になって聞いてくれたの、だからわたし……っ」
一息にそれだけを言うと、カミラは顔を伏せて静かに泣き出してしまった。
正直、閉鎖された大陸から出てきて右も左もわからない中で暮らしている彼女に同情する気持ちはある。ジュードもグラムに拾われたばかりの頃は漠然とした不安を抱えていたものだ。だから半分くらいは彼女の気持ちもわかる。それでも「そうだね、ごめんね」とは言えなかった。
「……カミラさんは、“魔物なんかよりも魔族の方がずっと危険なんだからお前たちは我慢しろ、犠牲は仕方ない”ってこの国の人たちに言える? それとも、そう言いたい?」
「……え?」
「ヴェリアの人たちが魔族のことで苦しみ続けてるのはわかるよ、どれだけ危険なのかわかってほしいって気持ちも。でも、だからって目の前で苦しんでる人たちを無視するのは違う、魔族のことを最優先にするから魔物の問題は我慢しろなんてオレは言えないよ」
その言葉を聞いて、カミラは思わず雷に打たれるような錯覚に陥った。
魔族のことで頭がいっぱいで、自分がどれほど周囲の人を蔑ろにしていたのか、ここにきてようやく気付けたような気がした。
カミラやヴェリア大陸の者たちが魔族に対して怯えるのと同じように、この国の者たちは魔物の脅威に怯えている。そこに差などあるはずがないのだ。命の危機があるのは、どちらも同じことなのだから。




