噂の烈風の騎士
ジュードとマナは王城の一階にある避難所に足を運ぶと、ウィルたちと合流を果たした。避難所の中は城下からやってきた住民たちであふれていて、誰もが皆、不安そうな面持ちで過ごしている。
見るからに消沈している者、怯えて身を震わせる者、涙する者、現実から逃れるように身を横たえて眠る者など、様々だ。その中に、やはりカミラの姿は見えない。
「お前たち、本当に行くのか?」
そこへ、同じく負傷者の手当てにあたっていたメンフィスがやってきた。どうやらジュードが眠っている間、ウィルたちが話を伝えておいてくれたらしい。厳つい顔には疲労の他に心配の色が見て取れる。ジュードたちはそんなメンフィスに身体ごと向き直ると一度しっかりと頷き返した。
「はい、ちびなら匂いを辿ってカミラさんを探せると思いますし……ちょっと行ってきます」
「うむ……確かに、闇雲に探すよりはお前たちに任せた方がいいのだろうが……」
人の手で時間をかけて探すよりは、鼻が利くちびに任せた方がいいのは深く考えなくともメンフィスにはわかる。冷たいようだが、今の状況では人が行方不明になったからと、そちらに人員を割くのは無理がある。
けれど、カミラはヴェリアからの来訪者だ。今後も魔族との戦いが続くのであれば、彼女の協力は必要になる。ジュードたちやメンフィスが知らない魔族の情報も、きっと彼女は知っているだろうから。メンフィスはそこまで考えると、避難所の奥へと視線を投げた。
「シルヴァ、ちょっとよいか!」
そう声を向けると、避難所の最奥から一人の女性が駆け寄ってきた。色素の薄い金の髪を邪魔にならないよう後頭部の位置でお団子に纏めた、見るからに大人の女性だ。しかし、その身を白銀の鎧で包んでいるのを見れば、恐らくは彼女も騎士なのだろう。シルヴァと呼ばれたその女騎士は、メンフィスの傍らで足を止めると片手を己の胸の前辺りに添えて一礼した。
「はい、メンフィス様。いかがなさいましたか?」
「うむ、忙しいところに悪いのだが、少しこの子たちに同行してくれんか。例の誘拐犯と遭遇する可能性があってな、お前さんがついて行ってくれるのならワシも安心できる」
「例の……奴隷商人ですか。かしこまりました」
何やら穏やかではない言葉が聞こえて、マナとルルーナは複雑そうに表情を曇らせる。騎士団からは「悪い男」としか聞かされていなかったが、どうやら考えていた以上に状況はあまりよろしくなさそうだ。その一方で、リンファはメンフィスと彼女とのやり取りに、クリフのことを思い出していた。
「シルヴァ様……というと、前線基地でクリフ様が話しておられた、あの……?」
「あ、そういえば……」
魔法武具の効果を見て大喜びだったあの夜、クリフは確かに彼女の名を口にしていたはずだ。確か――メンフィスに次ぐ実力の持ち主、烈風の騎士シルヴァ、と。メンフィス曰く、怒ると女王アメリアよりも怖いのだとか。
すると、メンフィスは先ほどよりも幾分か青い顔をしながらジュードたちに向き直る。「それ以上は言うな」と目で訴えてくるものだから、彼らにはもう何も言えなかったが。
「初めまして、きみたちが陛下に呼ばれた子たちか。話は聞いているよ。私はシルヴァだ、よろしく頼む。のんびりときみたちのことを知りたいところだが、そうも言っていられない。支度に問題がなさそうなら早速行こうか?」
「はい、よろしくお願いします」
あのメンフィスでさえも青くなるほどの相手。そんな彼女が同行するというのは恐ろしさもあるが、頼もしいことに違いはなかった。
* * *
馬を使い都を飛び出していくジュードたちを、イスキアとシヴァは城の屋上から眺めていた。イスキアは相変わらずにこにこと微笑んだまま楽しそうに、シヴァは対照的に常の無表情で。
「行っちゃったわねぇ、お話くらいしたかったんだけど」
「向こうには向こうの事情がある、やむを得ん」
「けど、ジュードちゃんは色々と聞きたいこともあったんじゃないかしら。シヴァのことだもの、どうせ何の説明もしてあげなかったんでしょ?」
「敵を前に呑気に話し込んでいられるか、ただでさえあの小僧はそこまで戦い慣れていないのに」
イスキアの言うように、シヴァはジュードに何の説明もしなかった。恐らく彼の頭の中は、今頃疑問でいっぱいになっていることだろう。ジュードの帰りを待ってじっくり話したいところではあるのだが、そういうわけにもいかない。今回は魔族の動きがあったからこの王都ガルディオンまで来たが、彼らも決して暇ではないのだ。
「まあ、アタシたちの代わりの……代弁者を残していきましょ、本当はアタシたちが一緒にいられればいいけど、今はやることも多いからね。この国じゃあまり役に立てそうもないし」
「……そうだな」
イスキアはそう呟くと、早々に踵を返す。シヴァはそんな相棒の後に続こうとしたが、一度ジュードたちが飛び出していった方を見遣り、神妙な面持ちで黙り込んだ。
ジュードが持っている短剣には、依然として例の鉱石が填まったままだ。何かあれば、あの石が彼らを守ってくれるだろう。何もないことが一番いいが、魔族が現れた以上はどんな予想外のことが起きるかは彼にもわからない。
後ろ髪を引かれるような想いながら、先を行くイスキアの後を追ってシヴァもまたその場を離れた。




