不思議な少女とアウラの街
「た、助けていただいてありがとうございました!」
「あ、いや……間に合ってよかったよ」
先ほどは窺えなかった少女のその相貌は、非常に可愛らしかった。
ふわりとしたウェーブのかかる藍色の長い髪、顔横の髪は金の飾りで一部纏められており、その色は落ち着いた髪色によく映えた。ほんのりと丸みを帯びた顔の輪郭、穏やかな人柄を表すように緩く下がった眦、双眸は髪と同じ瑠璃の色をしていて、全体的に肌は白い。
叩かれたことで赤く腫れた少女の頬に粘着性のガーゼを貼り終えると、不自然なほどに顔面へ熱が集まるのを感じてジュードはそろりと視線を外した。
「(どうしよう、可愛い……)」
彼女は彼女で顔をやや伏せがちに、時折視線を上げてジュードの様子を窺っては、即座に「ひぃ」だの「きゃあ」だの、か細い声を上げて両手で顔面を覆う。その顔はいっそ憐れなほどに真っ赤だ。怖がられているだとか、そういったものではなく――単純に男慣れしていないのだろう。
言葉を交わすだけでこうまで真っ赤になるほどの純情な少女は、ジュードにとっては初めてだ。
「あの、わたし、道に迷っちゃって」
「えっと……どこに行こうとしてたの?」
「あ……あの、エンプレスの王都ガルディオンまで……」
「……え?」
アウラの街か、どこか近くの村から来た迷子だろうとジュードはそう考えていたのだが、その予想は大きく外れた。
もしそうであるのなら家まで送り届けるつもりだったが、彼女は狂暴な魔物が数多く生息すると言われているあの火の国に行こうというのだ。見たところ彼女は武器さえ持っていない、身なりも旅人とは到底言い難い薄い水色のワンピースに白の上着を羽織っているだけ。足元は青のパンプス。とても旅には不向きな格好だ。
このような装いで狂暴な魔物に襲われれば、間違いなく命を落とす。
――ジュードもそこまで重装備とは言えないのだが、彼にはそれなりに腕に覚えがある他、必要最低限の防具は着用している。
「どうして、ガルディオンに?」
「え、えっと、その……どうしても行かなきゃならない用事があるんです。でも、誰にお願いしても道案内してくれる人がいなくて、それでさっきの人たちに声をかけたら……」
「(……そういうことか)」
火の国エンプレスは、この世界で特に凶悪な魔物が生息する場所と言われている。そのような国に道案内を買って出る者などそうそういないだろう、金を積まれても唸る傭兵が多いほどだ。
それで困り果てた彼女は先ほどの男たちにも声をかけ、紆余曲折あった末にあのような状況になったらしい。
しかし、これで彼女を放っておけば、またそのような状況に陥ってしまう可能性もある。事情や理由こそ定かではないが、彼女はどうしてもガルディオンまで行く必要があるようだ。
「オレもちょうどガルディオンまで行かなきゃならないんだ、もしよかったら一緒に……行く?」
「よ、よろしいんですか!?」
「うん、ちょっと急ぎの旅になるとは思うんだけど……」
「だ、大丈夫です! お願いします!」
ジュードの誘いに少女は伏せがちだった顔を勢いよく上げて、瑠璃色の目を輝かせる。そのあまりのわかりやすい様子に内心で苦笑しつつ、ジュードは小さく頷いた。
「(この子、絶対に嘘とかつけないタイプだなぁ)」
「わ、わたし、カミラっていいます! よろしくお願いします!」
「あ、オレはジュード、ジュード・アルフィア。ミストラルの山奥で鍛冶屋をやってるんだ、よろしくねカミラさん」
「……!」
ジュードがそう名乗った時、ふと少女の――カミラの双眸が見開かれた。まるで驚いたように。
何かおかしいことを言っただろうかと、ジュードは不思議そうに首を捻るが思い当たることは特にない。彼はただ、ごく普通に挨拶をしただけだ。
しかし、やがてカミラは我に返るとなんでもないとばかりに頭を左右に振って、改めて「お願いします」と言葉を続けた。
* * *
アウラの街に着いたジュードとカミラは、宿の中にある食堂で昼食をとることにした。しかし、ジュードはといえば向かい合って座るカミラを呆然と見つめるばかりで、食事の手はちっとも進んでいない。
なぜって、目の前に座るカミラが清楚な見た目を激しく裏切り、注文した料理を次々に平らげていくからだ。
最初こそ、運ばれてきた料理の数々に表情を輝かせながら、「待て」を喰らった飼い犬のようにジュードを見つめてきたのだが――遠慮しないでとジュードが言うなり嬉しそうに食べ始めて、現在に至る。
フォークにグルグル巻きにしたパスタを大口を開けて食べ、鴨のローストは大胆に手掴み。そうして、大口でかぶりつく。搾りたてのみずみずしいドリンクはストローの存在など最初からないようなもので、グラスを呷って一気に飲み干してしまった。そんな彼女はやはり他の客の視線も、これでもかと言うほどに集めている。
「おいしいぃ~~!」
「そ、そう……よかったね……」
カミラは可愛い、本当に可愛い少女だとジュードは思う。それ故に、彼女のこの食べ方は雷に打たれたような衝撃だった。
でも嬉しそうだし、幸せそうだし。おいしく食べるのは悪いことじゃないし。まあいいか、と思うことにした。