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過去を知る女


 褐色肌を持つえんじ色の髪の女は、屋根の上からジュードたちを見下ろして口元に薄く笑みを滲ませる。


 見た目だけならばひどく妖艶な女性に見えるが、注意すべきはその両腕。むき出しの両腕には、紅蓮の炎が巻き付いている。呑気に話し合いでどうこうできるような相手ではなさそうだ。


 女はジュードたちを見下ろすと、わざとらしく憐れむように悲しげな表情なぞ浮かべてみせた。



「遠見の術で見るよりもずっと子供ではないか、かわいそうに。十年前、大人しく喰われていれば再び恐ろしい想いをせずに済んだであろうに……」

「十年、前……?」

「ああ、そういえばお前には昔の記憶がないのだったな。これは失礼した、気になることを増やしてしまったかな」



 その言葉を思わず復唱したジュードを見て、女は愉快そうにククッと笑う。ウィルは彼女から目を離すことなく、一度ジュードの脇腹を肘で軽く小突いた。



「構うなジュード、……作戦だ」

「あ、ああ」



 女の目的は、自分の言葉でこちらを惑わせることだ。ウィルやメンフィスがそう易々と乗ることはないが、他の面々は違う。ウィルの言葉にジュードは意識を切り替えると、再び女を見上げた。


 ――とは言え、この女が何かを知っている可能性は高い。ジュードに昔の記憶がないことは、小さい頃から共に育ってきたウィルとマナは知っているが、ルルーナやリンファに至っては知らないこと。それなのに、ジュードと面識がないはずのこの女はそれを知っている。オマケに『十年前』という単語。


 十年前に喰われていれば――その言葉の裏に、恐らくジュードですら知らない何かがある。


 しかし、女はそれ以上の情報を与える気はないようだ。ふっと小馬鹿にでもするように笑うと、屋根の上から跳び上がる。膝を下向けて急降下してくる様を見るなり、メンフィスは「散れ!」と声を上げた。



「女子供を相手に負けるなど、アグレアスもヴィネアも不甲斐ないと思ったが……なかなかよい反応だ、少しは私を楽しませてくれるのかな」

「アグレアスとヴィネアって……じゃあ、あんたは……!」

「そう、私はイヴリース。ヴィネアのクズはともかく、アグレアスは私の仲間だ。アルシエル様のために……贄、貴様をもらい受ける」



 アグレアスとヴィネア。聞き覚えのある名前を聞けば、ジュードたちには当然戦慄が走る。それを仲間だと言うのだから、この女は間違いなく魔族だ。現在進行形で王都を襲撃しているグレムリンの群れは、イヴリースと名乗ったこの女が引き連れてきたものだろう。


 膝を叩きつけて着地した地面は爆発のような衝撃と音を立て、深く抉れる。辺りに大小様々な破片が飛び散り、粉塵が上がった。そして、視界が不明瞭になったその一瞬を彼女は見逃さない。人間の目には不明瞭な視界でも、魔族にとっては違う。誰がどこにいるのか、手に取るようにわかった。


 イヴリースは勢いよく大地を蹴って駆け出すと、他の者には目もくれず一直線にジュード目掛けて襲いかかる。利き手の平を突き出し、そのまま首を鷲掴みにしようとしたところで――何かに止められた。突き出した手が固く生暖かい何かに触れ、肌に突き刺さるような鈍痛を受ける。



「……! なにッ、魔物が……!?」

「ガウウウゥッ!」



 その突進を止めたもの、それは彼女とジュードとの間に割って入ったちびだった。魔族である女が視界で個々の位置を把握するなら、ちびは野生の勘で状況を判断する。


 ジュードの首を鷲掴みにしようと突き出した彼女の手は、真正面からちびが大口を開けて咬みつくことで止めてくれた。



「……ちび!」

「魔物が味方をするとは……ふん、やはり()なのか。ザコが調子に乗るな!」

「やらせるか!」



 女は忌々しそうに舌を打つと、炎を纏う逆手を問答無用にちびに向けて振るう。しかし、それほど近付けば視界が不明瞭と言えどジュードにも状況はわかる。ちびに向けて振るわれた腕を、片手に持つ短剣で薙ぎ払った。すると、ジュードの憤りに応えるように短剣に装着されたままのサファイアが力強く輝きを放ち、真正面から氷の渦が猛吹雪となって直撃する。



「な……なんだと!? これは――!?」

「あ……」



 それは言わずもがな、あの正体不明の鉱石が発動させた魔法だ。アウラの街の外で試し撃ちした時同様に、その鉱石は見たこともない魔法を再び顕現させた。出現した巨大な氷の渦は、イヴリースの全身を容赦なく氷の刃で斬り刻む。粉塵が晴れてきたことでようやく状況の把握ができるようになったウィルたちは、見たこともないその魔法を前に呆気にとられたように見入るしかなかった。



「ジュ、ジュード……なに、あれ……」

「さ、さあ……オレもよくわからないんだ。けど、やっぱりこれはマナがやったものじゃないのか……」



 なに、と言われても、ジュードにもわからないことだ。けれど、鉱石に魔力を込める役割を担っているマナがそう声をかけてくるのだから、犯人が彼女でないことはすぐにわかった。


 イヴリースは全身を斬り刻む魔法に奥歯を噛み締めると、慌てて地面を蹴って大きく後方へと跳んだ。間一髪、次の瞬間には地面から巨大且つ無数の氷柱が突き出してきた。あと少し回避が遅ければ、今頃彼女の身はあの氷柱に貫かれていたことだろう。そうなれば、いくら魔族と言えど瀕死の重傷を負ってもおかしくはない。



「(今のはいったい……あんなものを使える人間などいるわけが……あの武器は神器(・・)なのか? いや、そんなはずは……)」



 メンフィスを除けば、敵はただの女子供。制圧するのは容易い。そう考えていた女の思惑と余裕は音を立てて崩れていく。認めたくはないが、あの武器は危険だ。女は再び身構えると、注意深くジュードたちの出方を窺いながら上体を低くして再び駆け出した。


 武器が危険ならば、それに当たりさえしなければいいだけのこと。多少の傷を負わせたところで問題はない、欲しいのはジュードの身体と()だけなのだから。



「来るぞ!」

「マナ、ルルーナ! さがってろ!」



 突進してくる女を前にメンフィスがいち早く先頭に立ち、ジュードとウィルがその後に控える。リンファは魔法での支援を行うマナとルルーナの援護に回った。こうしている間にも、都は炎に包まれグレムリンの群れに襲撃を受け続けている、この女一人に手間取ってなどいられない。


 メンフィスは大剣で、イヴリースは炎を纏わせた拳で互いに激突する。拳が刃を通さないところを見ると、彼女が纏う炎は何らかの魔法なのだろう。メンフィスは剣を間に挟みながら、血のように真っ赤な女の眸を睨みつけた。



「貴様らの目的はなんだ! 何故(なにゆえ)にこの子を狙う!?」

「ククッ、それを知ってどうするというのだ? 貴様ら矮小な生き物には我々の野望など理解できんだろうよ!」

「ふざけたことを!」

「人間など家畜以下のゴミも同然、貴様らは我々に飼われるのがお似合いだッ!!」



 イヴリースがそう声を荒げると、拳に纏わりついていた紅蓮の炎が鞭のようにしなり、四方八方へと飛翔した。それらは近くの家屋や地面、木々を薙ぎ倒し、抉り、次々に破壊しながら今まさに攻撃を仕掛けようと間合いを詰めてきたジュードとウィルに真正面から襲いかかる。


 回避は――間に合いそうになかった。



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