王都への襲撃
ドラゴンたちの襲撃から一夜明け、前線基地は活気を取り戻していた。
兵士や騎士たちはその顔に希望を乗せながら、辺りを忙しなく駆けずり回る。手入れに、報告に、基地の修繕に。魔法武具という大きな力を手に入れた彼らは活力に満ち満ちていた。
ジュードたちは彼らと共に、放置されていた戦死者の墓を作り埋葬する手伝いをしていた。今はまだ簡素なものしか作れないが、この基地と国が落ち着いたらちゃんとしたところに埋葬される予定だ。今はとにかく形だけでも弔ってやりたい、ただそれだけ。
「メンフィスさん、オレたちはこのあとは……」
「うむ、魔法武具の効果は確認できたからな、王都に戻ってもよいだろう。元々、お前さんたちをここでの戦いに巻き込む気はワシにも陛下にもないのだ、これ以上危険なことはさせられん」
今回は人手が足りないということでジュードとマナがその役目を買って出たわけだが、彼らは元々は魔法武具製作の依頼を受けているというだけ、戦闘は契約外だ。ジュードたちは別に気にしないが、メンフィスやアメリアに至ってはそうではない。年端もいかない彼らをあまり戦いに巻き込みたくないというのが本音だった。
* * *
魔法武具は充分すぎるほどに効果を発揮した。あとは王都に戻り、ジュードたちは再び武具製作に戻ってもらうだけ。戦うのは大人たちでやる。子供を戦いそのものに巻き込むことはしたくない。
メンフィスは確かにそう思っていたのだが、なかなか上手くはいかないもの。前線基地から王都ガルディオン近郊に戻った彼らを待ち受けていたのは、まったく予想だにしない状況だった。
「な……なんだ、あれはいったい……!?」
「メンフィスさん! あそこ!」
王都の外壁が視界に入ってきた頃に、彼らは都の異変に気が付いた。都の上空には黒い何かが群れをなして滑空し、空から魔法を放って都全体に攻撃を仕掛けていたのだ。その姿は今まで見たこともないもの。魔物――とは違うようだった。ジュードが指し示すそれを見上げて、メンフィスは忌々しそうに舌を打つ。
比較的近い場所を飛行していたそれを指し示したジュードもまた、今まで目にしたこともないその不気味な姿かたちに目を見張る。そしてそれは、ウィルやマナたち仲間に至っても同じことだった。
空を飛行する黒いもの。それには体毛の類は一切なく、肌は灰色をしている。頭部左右からは黒い角が生えていて、耳は人間と異なり先が尖っていた。背中の肩甲骨部分からはコウモリのような大きな翼が生え、不気味なその身を宙に浮遊させている。
「な、なんなの、あれ……気持ち悪い……」
「みなさま、急ぎましょう。都を襲っているということは何者であれ敵です、女王様や街の方々をお守りせねば……!」
「うむ、その通りだ。急ぐぞ!」
マナやルルーナはその不気味な姿にやや青ざめながら唇を噛み締め、リンファはいち早く状況を理解すると共に声を上げた。そんな彼女の声に頷きながらメンフィスは先んじて駆け出し、都の大門を通って城下街へと駆け込んでいく。ジュードたちは一拍ほど遅れてその後に続いた。こうなれば事情はまた別だ、今回はちびも馬車から飛び出して同行する。
「(カミラさんは大丈夫なのか……!? この群れがもし魔族なら、黙ってることはないと思うけど……)」
カミラはこの王都ガルディオンに残ると言っていた、あの吟遊詩人らしき男と共に。思い出せばまた少し複雑な心境に陥りそうになったが、今はそんなことも言っていられない。とにかく彼女の無事を願った。
都の中はあちらこちらから火の手が上がり、ひっきりなしに住民たちの悲鳴が聞こえてくる。それと共に耳障りな声も。高笑いと共に『シネ、シネ』と繰り返されるしゃがれた声は、地上に降りた灰色の生き物が上げるもの。言葉を操るということは、これらの生き物は魔物ではなく――やはり魔族だ。
「貴様ら、ここをどこだと思っておる! ええい、散れええぇ!!」
進行方向に灰色の群れを見つけたメンフィスは、その厳つい顔に憤りを乗せて背中から大剣を引き抜く。駆ける勢いはそのままに、ほぼ突進するような形で刃を叩きつければ、突然の襲撃ということもあって群れは散り散りに薙ぎ払われた。辺りに鮮血が舞い、潰れたような悲鳴らしき声が洩れる。
その後に続いていたジュードとウィルは、そのあまりの勢いに一旦足を止めると軽く辺りを見回して状況を窺う。ウィルは吹き飛んだものと、空を滑空するもの、それらを一瞥してから吐き捨てるように呟いた。
「こいつら、グレムリンっていう魔族じゃないのか……?」
「ぐれ、むりん……? ウィル、知ってるの?」
「本で見た特徴とそっくりだ、魔族の中じゃ一番弱い種類のはずだけど魔物よりはずっと強い。特に厄介なのは……」
メンフィスが薙ぎ払った灰色――グレムリンの群れは様々な方向へと吹き飛ばされた。灰色の身体には深い裂傷が走り、どくどくと血があふれて血だまりを作っていく。中には腕がちぎれている個体さえいた。
しかし、次の瞬間にはそれらの傷が綺麗に塞がり、切断された部分からは真新しい腕がにょきにょきと生えていく。まるで、最初から傷など負わなかったかのように。その様にはジュードたちはもちろん、さしものメンフィスも瞠目した。
「ケケ、ケッケケケ! ムダダ、ムダダァ!」
「な、なによ、あんなの反則じゃない! どう倒せばいいのよ!?」
「グレムリンには、その身を形成する“核”があるはずだ。それを壊せば驚異的な再生能力は失われる、だから――」
ジュードとリンファはメンフィスと共に敵の出方を窺うように身構え、マナとルルーナはその光景に青ざめながら各々武器を握り締める。ウィルは過去に本で得た知識を思い返しながら対処法を頭の中に巡らせていくが、その思考は半ば強制的に止められた。
――上空から聞こえてきた、耳慣れない声によって。
「そう、グレムリンどもにはその肉体を形成する核がある、貴様ら人間で言うところの心臓というものがな。しかし、私はそんな時間を与えてやる気はない、この状況でそれを探すのは無理がある」
「――!? 誰だ、お前は……!?」
頭上から聞こえてきた声に、ジュードたちは反射的にそちらを振り仰ぐ。すると、近くにあった家屋の屋根の上、そこには褐色の肌を持つひとりの女が佇んでいた。
その両腕に紅蓮の炎を纏わせて。




