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カミラの焦り


「はい、どうぞ。落ち着きましたか?」

「え、ええ……ありがとう」



 (くだん)の吟遊詩人の歌と演奏が終わるなり、辺りは静寂に包まれた。その一拍後に辺りには割れんばかりの拍手と歓声が響き、その中でカミラはぼろぼろと涙を流してしまった。それを見た吟遊詩人の青年は近くにいた住民に飲み物を頼み、現在――カミラは彼とふたりで中央広場にあるベンチに座って談笑をしている。


 この王都ガルディオンはとても暖かい。冷えた飲み物が異様に心地好かった。


 彼の演奏も、歌も、カミラの琴線に触れるものだった。長らくヴェリア大陸で死と隣り合わせの日々を送ってきた彼女にとって、音楽というものはあまりにも未知数である。いつ魔族が襲ってくるか知れない極度の緊張状態の中、娯楽に(うつつ)を抜かしている暇など間違ってもなかった。


 音楽とはこれほどまでに美しいのかと、そう思ったら次から次へと涙があふれてきて止まらなかった。



「そうですか、カミラさんは何やら大変なところにいらしたんですね」

「ええ……でも、みんなよくわかってないみたい。人って、実際にその環境に身を置かなければ理解しないものなのね」



 頑張ってみるとジュードには言ったものの、何をどう頑張ればいいのか彼女にはよくわからなくなっていた。これまでは大陸の外の世界に住まう者たちを確認するためという目的があったが、それを確認できた今、カミラの目的は第一にヴェリア大陸に戻ること。


 けれど、吸血鬼アロガンだけでなく、アグレアスとヴィネアという魔族が大陸の外に現れてしまった。もうこの世界のどこにも、魔族に襲われない安全な場所は存在しない。こうしている間にも、光魔法さえほとんど効かない恐ろしい魔族が人々を襲いに来るかもしれないのだ。



「(それなのに、ジュードたちは火の国の魔物のことにかかりっきり……もう前線基地がどうのこうのって言っていられる状況じゃないのに……)」



 亡きヴェリア王の子供たちが魔族に通用するかはわからなくとも、大陸の外の者たちと協力することでまだ立ち向かうことはできるかもしれない。ジュードたちの技術は、きっと魔族との戦いに於いても大きな力になってくれる。そのためなら、カミラはいくらでも協力するつもりだ。


 しかし、この調子だと大陸に戻れるのはいつになることか。実際に魔族と対峙し、その恐ろしさを目の当たりにしても魔族よりも魔物のことにかかりきりのジュードたちに、カミラは正直イライラを募らせていた。



「そういうものですよ。この都は激戦区とは言え多くの騎士が城に常駐していますし、他の街や村に比べれば安全です。そんな環境にいると、他の場所の状況なんてそうそうわかるものじゃありません」

「……そうね」



 ジュードにはある程度話したつもりだ、ヴェリア大陸がどれほどの環境にあるのか。それでも、実際にその状況を目の当たりにしていない彼には到底理解し得ないことなのだろう。それを考えると、カミラの口からはまたひとつため息が洩れた。



「もし時間があるようなら、少し都の中をぶらぶらしませんか? カミラさんみたいな可愛らしい方に暗い顔は似合いませんよ、気分が晴れるような楽しいところをたくさんご案内します」



 吟遊詩人の青年は座っていたベンチから立ち上がると、その顔に穏やかな笑みを浮かべて片手を差し出す。人の好さそうなその笑顔と柔らかな物腰にカミラは自然と表情を和らげて、その手を取った。



 * * *



「いくわよ、ウィル! ヤバそうだったら言ってね!」



 作業場の外に出たジュードたちの目の前には、ウィルと、その彼と数メートル離れて佇むマナがいる。ウィルが身に着けているのは戦士用の胸当てと盾。対するマナは杖を掲げて詠唱。


 ジュードたちが水の国アクアリーに行っている間も前線基地の戦況がよくなることはなく、むしろじわじわと悪化を続けるばかりだったという。発つ前に王城に納めた付け焼刃の防具類が役に立ったかどうかは不明だが、新しく得た技術で加工した防具なら役に立つはずだ。


 ウィルが身に着ける防具には、それぞれ火耐性と共に防御力を高める補助魔法を込めた鉱石が装着されている。火属性を持つ魔物たちの攻撃からしっかりと身を守れれば、前線基地の者たちの生存率は大幅に上がる。


 鉱石の調達に行っている間、ガルディオンの鍛冶屋たちが最高品質の武器を数多く造っておいてくれたお陰で、武器の方はあとは鉱石さえ装着すればすぐにでも王城に納められる。それと一緒に防具も届けられたら――



「いっけえええぇ!」



 マナが振り上げた杖の先端からは赤い閃光が迸り、刹那――ウィルの足元からは炎の渦が巻き起こった。吸血鬼アロガンと対峙した際にも使った火属性攻撃魔法『フラムディニ』だ。


 多少の加減をしているとは言え、ごうごうと立ち昇る炎の渦は瞬く間にウィルを飲み込み、ジュードたちは固く拳を握りしめながら固唾を呑んで見守る。


 もし、守りが不完全だったらウィルは無事では済まないし、実戦投入はまだまだ先送りになるだろう。魔法を放った張本人のマナも、不安そうな表情でその光景を見守っていた。


 しかし、やがて炎の渦がゆっくり消えると、その先には――炎に包まれたことで暑そうにしてはいるものの、特に傷を負った様子もないウィルが立っていた。それを確認するなり、同じくハラハラしながら見守っていた鍛冶屋の男たちからは歓喜の声が上がり、ジュードとマナは大慌てでウィルの傍へと駆け寄る。リンファは安堵に胸を撫で下ろした。



「ウィル、大丈夫か!?」

「ああ、ただ熱いだけ。ここは改善が必要かもしれないけど、火傷の類は一切なし。間違いなく、この前のやつより遥かに頑丈でいいブツだ」

「よ、よかったぁ……いくら性能の確認が必要って言っても、こっちとしては気が気じゃないわ、これもルルーナの補助魔法のお陰ね」



 前回の時は技術的にもまだ不完全な上に、守りの力を高める補助魔法さえなかった。今回鉱石に込めたのは『フォールシルト』という物理防御力と魔法防御力の両方を大幅に上昇させる補助魔法だ。これを火属性を持つルビーと共に装着したお陰で、火属性の攻撃に対し絶大な守りを発揮することとなった。まだ何度か繰り返し確認が必要だが、これなら間違いなく実戦で役立ってくれることだろう。


 そして、当のルルーナはと言うと――



「信じられない……ッ! アンタたちいっつもこんなに危ないことしてたわけ!?」

「い、いや、今までは武器メインだったから防具は……」

「ぶっつけ本番なの!? もっと悪いじゃない、命がいくつあっても足りないわよ!」



 ――顔面蒼白になりながら怒っていた。どうやら、お嬢様として育ってきた彼女には、先の性能確認の光景は刺激が強すぎたらしい。庭の芝生に座り込み、ドッドッと強く脈打つ心臓部分を押さえながら金切り声を上げている。


 ともあれ、武器と防具はこれで何とかなりそうだ。今頃は女王の耳に魔族に関する話も入っているだろう。女王は、アメリアはどう対応するだろうか。


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間たちを後目に、喜びと焦燥がない交ぜになった複雑な心境でジュードは王城のある方を見つめた。



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