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王都ガルディオンの吟遊詩人


 風の国と火の国とを隔てる関所で馬車を借りたジュードたちは、そのまま王都までの道を馬車で移動。あと一歩というところで、魔物と遭遇した。


 行く手を遮るように現れた赤いオーガは、真横に振られたメンフィスの剣により真っ二つになる。上半身と下半身が別れを告げ、支えを失ったそれぞれは呆気なく大地へと落ちた。周辺には臓器と共に血の海が広がる。


 それを見て、同じく赤い身をした二匹のゴブリンは片手に木の棍棒を持ち「キキーッ!」と高めの声を上げながらウィルとジュードに襲いかかった。ゴブリンは世間的には「ザコ敵」と認識されがちだが、その俊敏さは何かと厄介なものである。

 ――だが。



「……無駄です」



 こちらには、そんなゴブリンよりも更に俊敏さに長けたジュードとリンファがいる。振られた棍棒を容易く避け、リンファはその後方に回り込むと躊躇うこともなく短刀の刃をゴブリンの首へと突き立てた。すると、その箇所からは身体の色に負けないほどの鮮やかな鮮血が噴出する。


 もう一匹のゴブリンはジュードに飛びかかるが、こちらもやはり素早さには確かな自信を持っている。飛びかかってきたゴブリンの攻撃を避けると片手を地面につき、自らの身を支えながら真横からその脇腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。


 蹴り飛ばされた身を派手に地面に打ちつけ、頭部に青筋を立てながら起き上がると、ゴブリンは棍棒を片手に再びジュードへと駆け出す。


 しかし、両者の間にはちびが割って入る。ちびは牙を剥き出しに低く唸ると、鋭く成長した爪で容赦なくゴブリンの身を引き裂いた。


 ウルフは仲間意識が強い生き物である。ちびにとって『仲間』や『相棒』としての認識が強いジュードに危機が迫れば、身を挺してでも守ろうとするのだ。鋭利な爪に引き裂かれたゴブリンは裂けた腹部から大量の血を流して地面に倒れ込むと、再び起き上がることはなかった。



「はあ~……ジュード、ちびのやつ成長したな……」

「うん、すごく大きくなったよな」

「そうじゃないっての、ったく……」



 槍を構えて敵の出方を窺っていたウィルだったが、自分が援護に入らずとも自ら判断を下して戦闘を行うちびの姿を見て武器を下ろす。リンファだけでなく、ちびの加入で前線での戦闘メンバーの心許なさは解消されたと見える。それだけでなく、今回はメンフィスが同行している。最前線での戦闘に恐らく不安はない。


 ウルフはゴブリンと並んで、比較的「ザコ敵」と分類される魔物だ。その魔物が火の国に生息する魔物相手に平気で戦えるということは、ちびが通常のウルフ以上に成長した証とも言える。ジュードはそんなところまでは深く考えていないようだが。


 言ってもどうせ理解しないだろう。ウィルはそれ以上は何も言わず、小さくため息を洩らす程度に留めた。



「なんか、ザコ戦なら魔法はいらないって感じね、よかった……」

「この辺りの魔物とももう普通に戦えちゃう感じねぇ。まあ、魔族に比べれば断然可愛いものね……」

「あんたの補助魔法を込めた武器のお陰もあるでしょうね。ほんとよかったわ、あたし補助魔法は全然ダメだし」

「べ……別に(おだ)てたって何も出ないわよ」



 マナが安心したように呟くと、その隣にはルルーナが並んで前線の方を見つめる。以前のこのふたりの関係はまさに犬猿の仲としか言えないものだったが、現在は随分と改善された。相変わらず売り言葉に買い言葉になることはあるが、今では良い喧嘩仲間と言える。


 そんな仲間たちの様子を見つめながら、カミラはぎゅっと胸の辺りの衣服を掴んだ。



 火の国の王都ガルディオンは、もう遠くに見えてきている。王都に戻ったら、メンフィスの口から女王アメリアにカミラのこととヴェリア王国の滅亡が伝えられるだろう。


 そうなったら、女王はどうするだろうか。早々に地の国に行けるように手を尽くしてくれるだろうか。そればかりが心配だった。



 * * *



 ガルディオンに帰ったらとにかく忙しくなるだろうとは、ジュードたちも思っていた。しかし、実際には彼らの予想を大きく上回るほどの仕事量が、帰り着いたばかりの彼らを待ち受けていた。


 ジュードは台座造りに、マナとルルーナは鉱石にあらゆる魔法を込め、ウィルはガルディオンの鍛冶屋たちと打ち合わせ、リンファは何か雑用があればと彼らの作業の手伝いを申し出た。旅の疲れを癒す暇もないまま、各々てんてこまいになりながら作業にあたる。


 そんな中、カミラはメンフィス邸横の作業場を後にして、城下街へと足を運んでいた。



 メンフィスはもう女王に報告しただろうか、いつ地の国に行けるだろうか。彼女の頭に浮かぶのは、そのことばかり。魔族が大陸の外に出てきた以上、一刻も早くヴェリア大陸に戻って今後のことを考えなければならない。亡きヴェリア王の子供たちが果たして魔族に通用するかどうかは不明だが。



「(もしダメなら、その時は……)」



 一番考えたくない最悪の展開を想像して、カミラはぐっと下唇を噛み締める。彼女の心は、ぬかるんだ泥沼に落ちたようにずぶずぶと暗く沈んだ。


 そんな時、ふと街の広場の方に人だかりができているのに気がついた。何か争い事かと思ったが、物騒な物音や怒声の類は一切聞こえてこない。代わりに彼女の鼓膜を打ったのは、穏やかな歌声と竪琴が奏でる小気味好い音だった。


 人だかりの傍に寄って背伸びをしながら輪の中心を見てみれば、そこには若草色の髪をした一人の青年の姿。木製のベンチに腰かけて竪琴を爪弾き、優しい声色で歌っていた。常に危険と隣り合わせで暮らす王都ガルディオンの民にとっては音楽ひとつでも心休まるひと時になるらしく、誰もが皆、彼の歌と奏でられる音楽に目を閉じて聴き入っている。


 そしてカミラも。

 先ほどまで感じていた焦りと、緊張の糸がふっとほぐれていくような気がしていた。



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