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親子になるまで・3


「ああ、ウチの子だよ。悪いねぇ、わざわざ」



 最早、何度目になるかさえわからない言葉にグラムは小さくため息を洩らし、早々に踵を返す。それを見て憤慨するのは、当然声をかけられた女だ。



「ちょっと! その子はウチの子だって言ってるじゃないか!」



 立ち去ろうとするグラムの腕を掴み、女は必死に引き止めた。だが、グラムはそんな女を肩越しに振り返ると冷ややかな視線を以て見返す。


 その子――それは、グラムの傍らにいる小さな少年のことである。本当の名前かどうか定かではないが、グラムは腕輪に記されていた『ジュード』という名を彼に与えた。本当の親が見つけやすいように、できることなら名前は変えたくなかった。


 ジュードは憤慨する女を見て、大きな目に涙をいっぱいに溜めた。そんな様子を見て、グラムの口からはまたひとつため息が零れた。



「お前が母親であるなら、この子がこんな顔をするのか?」

「う……」



 何度同じようなやり取りをしてきたか、既にグラムにはわからなくなっていた。自分が親だと口を揃えてのたまう大人の魂胆は考えなくとも理解できる。十中八九、ジュードが持つ大層美しい金の腕輪が目当てなのだ。


 売り払えばどれだけの値段になるか。それほど見事で高価なものだ。言葉に詰まった女を見てグラムは今度こそ振り返ることはなく、ジュードの手を引いて街を後にした。


 グラムが自宅近くの森でジュードを拾ってから、既に五日が経過していた。麓の村では満足な情報も得られず、風の王都フェンベルや近隣の街、村にも足を運んではみたが、彼の親に関する有力な手掛かりは見つからない。


 それどころか、先の女のように腕輪目当てで「自分が親だ!」とのたまう大人ばかり。金に目が眩んだ大人にこんな幼い子供を任せるわけにはいかない。どんな目に遭わされることか。



「疲れたかい?」

「だ、だいじょうぶ」



 できるだけ幼いジュードの歩調に合わせるように歩いてはいるのだが、子供にとって徒歩での旅は何かとつらいものがあるだろう。


 大丈夫、と言い張るジュードを見てみれば、疲れていることは容易にわかる。既に足は震えているし、幼い風貌には疲労の色がありありと滲んでいた。それでも大丈夫と強がるのは、グラムの足手まといにならないように気を遣ってのこと。


 グラムは小さく一息洩らすと、ジュードの身を片腕で抱き上げた。



「そうか。だが、ワシは疲れたな。今日はここまでにしておこう」



 とにかく、ジュードは子供だ。無理をさせるわけにはいかない。グラムはそう告げると、荷物を置いて近くの林へと足を向けた。野営の準備をするために。


 ――ジュードは子供らしくない気遣いのできる少年だった。グラムに見捨てられれば生きていけない、本能的にそう悟っているためかもしれないが、足を引っ張らないように必死になっているようだ。そんなジュードに、グラムは徐々に情が移りつつあった。


 抱き上げたその身を近くの池の傍に下ろすと、こちらを見上げるジュードにグラムはひとつ言葉を向ける。



「ジュード、ワシは薪を拾いに行ってくる。いい子で待っとるんだぞ」

「……はい」

「大丈夫、すぐ戻るよ」



 ジュードは、一人にされることを特に恐れる傾向にある。

 親に捨てられたかもしれない、その現実が彼の幼い心にあるせいだろう。今度はグラムにも捨てられるのではないか、見捨てられるのではないか。そんな不安があるのかもしれない。


 どこか不安そうな表情を浮かべるジュードに、グラムは笑いかけると大きな手の平で彼の頭を撫でつけた。




 近くの森に足を踏み入れると、辺りを軽く見回す。

 既に太陽は沈みつつある、モタモタしているとすぐに辺りは闇に支配されてしまうだろう。そんな中、幼いジュードを一人にしておくのは抵抗がある。急いだ方がいい。


 ジュードは、グラムから見れば妙な子供だった。

 子供らしくない部分はもちろんなのだが、グラムがおかしいと思うのはそれだけではない。それは、魔物に関すること。


 五日間も一緒にいれば、魔物に遭遇することも多かった。風の国ミストラルの魔物は他の国とは異なり比較的穏やかではあるが、それでも襲ってこないわけではなく。遭遇してしまった際、当然ながらグラムは自らとジュードを守るために戦った。


 ――が、グラムが魔物を殺すと、ジュードは壊れたようにわんわんと泣くのだ。『かわいそう、痛い』と、そんなことを言いながら。グラムにはまったくわからない感覚だが、それからは魔物と遭遇しても極力戦闘は避けている。


 同じ子供でも、ジュードのように魔物が傷つくことで泣くような存在は珍しい。それは、魔物は危険な存在なのだと、子供のほとんどが親から教えられているためだ。魔物は悪であり、人間を襲う悪いものなのだと。


 ジュードは親に可愛がられていなかったのか、それとも理解していないのか。グラムが親のように魔物は危険なのだと教えても頑なに否定する。


 痛い、悲しい、怖い。だから人を襲うのだと言って。


 そんなことを思い出しながら、グラムは森の中を進む。なぜあの森にいたのか、なぜ魔物のことに心を割くのか。ジュードに関してはわからないことばかりだ。


 必要なだけの木の枝を拾い集めると、グラムは足早に森の外へと戻っていく。既に辺りは暗くなっている。早めに戻らなければ、と多少の焦りを感じていた。だが、そんな彼は森を出て我が目を疑った。



「……ジュード?」



 戻った先に、ジュードの姿が見えなかったのだ。林の傍にある池付近に置いた荷物はそのまま。しかし、その場所にはジュードはいない。グラムは慌ててそちらに駆け寄って周囲を見回してはみるが、やはりどこにもいない。


 近くには他に林や森はない、あるのは平原ばかり。いくら暗くなり始めているとは言え、見落とすはずがない。


 ――ならば。グラムは、つい今まで自分がいた森を振り返る。薪を放るなり改めて森の方へと駆け出した。



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