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親子になるまで・2


 壊れてしまいそうなほどに泣き喚く様子にグラムは声もなく、ただただ佇む。ひび割れた硝子細工でも見ているような印象だった。


 走った亀裂から壊れてしまうのではないか、そんな莫迦(ばか)げたことを思いながら、程なくして子供へと歩み寄る。極力怖がらせないようにゆっくりと。



「……坊や、そんなに泣いてどうしたんだい?」



 子供がこのような森にいるのは色々とおかしい。魔物の狂暴化が始まってからというもの、子供が一人で街や村の外に出ることはほとんどなくなったはず。それなのに、この子供はたった一人で森の中――それも最奥にいる。ボロボロの格好で。


 グラムが声をかけると、少年はびくりと小さな肩を跳ねさせて恐る恐る見上げてきた。その瞳や表情は恐怖一色に染まっていて、なんとも痛々しい。しかし、まるで宝石のような大層美しい双眸をしている。例えるならエメラルドのような。



「……パパやママとはぐれたのかな?」



 グラムは子供と目線の高さを合わせるように、その傍らに片膝をついて屈む。怖がらせないよう、表情にはぎこちない笑みさえ必死に作って。


 しかし、グラムの問いかけに答えは返らず、ひっく、と何度もしゃくり上げてただ見つめ返してくるだけ。ただでさえ子供の扱いにはあまり慣れていないのがグラムという男である。困ったように眉尻を下げつつ、そして改めて口を開いた。



「ワシは、グラムと言うんだ。坊やの名前は?」



 やはり子供は答えない。だが、耳が聞こえないだとか言葉がわからないだとか、そういった類いではないらしい。グラムが自らの名を名乗り尋ねると子供は静かに視線を下げ、力なく頭を左右に揺らした。


 知らない、わからない。その意思表示だろう。


 この子供が身に纏う衣服はボロボロだ。一応は衣服の役目を果たしてはいるが、何か暴力でも振るわれたような姿に見える。恐らく、何か余程のことがあったのだろう。嫌でもグラムはそう考えた。


 親はどこにいるのか、この子はどこから来たのか、名はなんと言うのか。それら全ては、彼の身に起きた「何か」が原因で記憶から消えてしまっているのかもしれない。


 辺りを見回してみても、親らしい人影はない。気配さえ感じられなかった。それどころか、人がこの場に立ち入ったような痕跡も見られない。


 そのボロボロの衣服を見る限り、親か何かにひどい目に遭わされたのではないか――そんな考えに行き着くのは容易。グラムは彼に手を差し伸べると、その頭をゆったりと撫でつける。



「……可哀想に。何かとても怖い想いをしたのだろうな」



 それが何なのかはわからない。だが、全て失ってしまうような余程のことが、この幼い子供の身に起きてしまったのだろう。



「……ん? 坊や、随分と綺麗なものを持っているね」



 そんな中で、グラムはふと少年の片手にあるものに気がついた。ボロボロの身なりをした子供には、どうにも不釣合いな金細工。陽光を受けて淡くも光を抱くそれは、金で造られた腕輪だった。


 少年は腕輪とグラムとを何度か交互に眺めてから、手に持っているその腕輪を差し出す。見てもいいよ、そう言っているようだ。一言礼を向けてから、グラムは差し出された腕輪を受け取り、しっかりと眺めた。


 それは、複雑な紋様が描かれた大層美しい腕輪だ。その紋様に見覚えはない。腕輪や装飾品には、多少なりとも国の特徴が出るものである。国ごとに何らかの癖があり、様々なものを見てきたグラムにはある程度その癖を見抜く目があった。だが、その彼にも覚えのない紋様だ。


 どうしたものか、とグラムは困ったように眉尻を下げて腕輪を観察する。その矢先、腕輪の内側部分に何かが彫られているのを見つけた。



「なになに? ……これは、名前か?」



 しっかりと彫られたものではなく、掠れていて辛うじて読める程度のもの。慌てていたのか、急いで彫られたような印象を受ける。グラムはそこに彫られた綴りを、目を細めてしっかりと見つめる。



「……ジュ、……ジュー、ド……?」



 恐らくは名前だろう。その腕輪が自分のものなのかどうかさえ理解していないように見える少年に、グラムは暫し黙り込む。


 どこからか盗み出してきたもの、とは違うような気がした。グラムには見覚えのない紋様と石。ミストラルのどこかから盗んできたのであれば、紋様や細工に特徴を見つけられてもおかしくはない。だが、その特徴がこの腕輪にはまったくないのだ。



「ジュード、これはきみの名前かな?」

「……わかんない」



 落ち着いたのか、そこで少年はようやく口を開く。どうやら喋れないわけではないようだ。グラムは少年に腕輪を返すと、改めてその小さな頭をやんわりと撫でつけた。



「パパやママは、一緒ではないのかな?」

「わかんない……」

「お(うち)の場所とかは?」

「……」



 グラムの問いかけに少年はまた同じように呟くが、程なくして眉尻が下がり、翡翠色の双眸が再び涙を溜め始める。それを見てグラムは慌てた。



「あ、ああ、すまない。泣かなくていい、大丈夫だよ」



 両手を伸ばして少年の小さな身を抱き上げると、慰めるようにゆったりと揺らす。まるで揺り籠のように。


 この少年は本当に何も覚えていないようだ。覚えていないのか、ただわからないのかは定かではないが。衣服はボロボロで、肌には多少なりとも傷がある。あまり考えたくはないことだが、親に捨てられた可能性は高い。しかし、捨てられたのならこのように高価そうな腕輪を持たせるのは聊か矛盾しているし、疑問も残る。わからないことだらけだとグラムはため息を零した。



「(取り敢えず、麓の村で聞いてみるか)」



 まずは近場からが一番だ。麓の村に、この少年を知っている者がいるかもしれない。


 見なかったことにする、見捨てる。などという選択肢は、グラムの中には存在しなかった。子供が苦手とは言え、生きている命を捨てるような真似ができようはずもない。



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