親子になるまで・1
* * *
「ふう、この道も久しぶりだな」
その日、グラム・アルフィアは久方振りに風の国ミストラルにある自宅に帰ろうとしていた。
山の麓にある村に足を踏み入れると、村の住人が親しげに声をかけてくる。彼にとって、この村の住人は友人のようなものだ。
久しぶり、おかえり。と様々にかかる声にグラムは眦を和らげて笑う。談笑もそこそこに、取り敢えずは身を休ませるために商売道具の入ったカバンを担ぎ直し、山道に足を踏み入れた。
山道と言ってもそう険しいものではなく、ただ緩やかな坂が続くだけ。その坂を登っていった先に、グラムが建てた簡素な家が居を構えているのだ。
鍛冶屋として生計を立てる彼にとって、人様への騒音は頭を悩ませるもののひとつ。剣を打てば音は外に響いてしまうし、グラム自身も人の気配や音、声が聞こえてくると集中力を削がれることが多々ある。
だからこそ、グラムは四十に片足を突っ込みつつある今も、妻子を持たずに独身を貫いているのだ。家庭を持てば嫌でも人と関わることになる。子供ができれば、剣に割く時間が確実に減ってしまう。
特に『子供』という存在はグラムが苦手とする一番の存在だ。子供の泣き声は集中力を打ち砕いてくるものであるし、落ち着きがなく何をするか定かではない。そんな『子供』という生き物がグラムは何よりも苦手だった。
しかし、この日。
そんな子供嫌いのグラムに、ある出逢いが降ってきたのである。
「……ん?」
山道を登るグラムの耳に、ひとつ微かな声が聞こえてきた。それは魔物や動物のものとは違う、人間のものだ。それも泣き声。
周囲を見回してみても辺りには木々が立ち並び、そびえているだけ。グラムの眼が近くに人の姿を捉えることはなかった。わずかな逡巡の末、耳を澄ませて声の出どころを探ることにした。
「……森からか? やれやれ、いったいどうしたのやら……」
女性の声にも聞こえないことはないが、単純に女性と言うよりはやや幼さが残るような声だ。グラムは荷を背負ったまま、声に導かれるようにして森の方へと足を向ける。この森は陽光が射し込む明るい森だ。視界も利くため、魔物が出ればすぐに対処はできるだろう。
だが、それでも森は森。そんな場所で人が泣いているというのはどうにも落ち着かない。辺りを見回しながら、グラムは森の奥へと進んでいく。ふと、これまでとは多少なりとも異なる雰囲気を感じながら。
惜しみなく陽光が降り注ぐ森は、普段から明るく長閑な印象を与えてくる。グラム自身も仕事に行き詰まった時や休息が必要になった時は、この森に足を運ぶことが多い。日向ぼっこがてら森をゆっくりと散歩することで、気持ちも随分と落ち着くのだ。
しかし、そんな森にこれまでとはやや異なる雰囲気が漂っていた。強いて言うのなら、どこか荘厳なもの。長閑で庶民的な雰囲気ではなく、威厳さえ感じるような。
そして、見つけた。
森の最奥に、声の出所となっていた人の姿を。
「子供……? こんな場所にか?」
森の奥地には、一人の子供がいた。赤茶色の髪をした子供だ。襟足部分がやや長く、一見すると少女のようにも見えるが、恐らくは男児だろう。
身に纏う白い衣服はボロボロで、肩や袖部分には引き裂かれたような痕跡さえ残っている。年齢は五、六歳――もしくは七歳になるかならないか程度の幼い子供。
子供は泣いていた。まるで、この世の全てを呪うように、空を、天を仰ぎながら声を張り上げて泣いていた。




