破壊と創造の力
無事に関所まで行き着いた馬車を降りて、カミラやマナは疲れたように大きく身を伸ばす。
王都シトゥルスからこの関所まで、約二日。その間、ずっと馬車で揺られるだけの旅路だったため、身体が凝り固まっているようだった。
「(メンフィスさん、待ちくたびれてるだろうな……まだタラサの街にいるかな)」
馬車での長い移動に疲れているのは、ジュードも同じこと。
無事に鉱石を手に入れられたことは嬉しいが、その分、この水の国では不可思議なことも多くあった。そして、その謎は今もまだ解けていない。
――ウィルたちと合流してから、アグレアスとヴィネアを退けたのはジュードなのだと聞いた。だが、これまた吸血鬼アロガンの時と同じように、当時の記憶はやはりジュードの中には何ひとつ残っていない。
まるで、自分の知らない自分が内側に潜んでいるような不気味さが、常にジュードの傍をついて回るようになった。けれど、その不可思議な現象が起きなければ彼はもちろんのこと、仲間も助からなかったかもしれないことを思えば、一概に悪いものとも言えない。ただジュードにしてみれば不気味以外の何物でもなかったが。
「ね、ねえ、ジュード……」
「ん?」
そんな彼の思考を止めたのは、ここまで送ってくれたエイルだった。
ジュードがそちらに身体ごと向き直ると、クリークの街で別れた時のように怒った様子がないのを確認して、エイルは安堵を洩らした。
「僕、ジュードが言ったこと、まだよくわからないけど……でも、ちゃんと真面目に考えてみるよ」
彼のその言葉に、傍にいたウィルとマナは互いに無言で顔を見合わせる。これまで高圧的な言動だったり、自分はエリートなのだと言い張る姿しか見てこなかったせいで、その一言は彼らにとってあまりにも意外なものだった。
叩かれたのが余程効いたのだろう。エイルのことを唯一『友達』と言うジュードだからこそ、特に重く響いたのかもしれない。ジュードはエイルの言葉にふと薄く笑って、自分よりも低い位置にある彼の水色の頭を撫でつけた。
「……ああ、頑張れよ。エイル」
「うん、……僕と、まだ友達でいてくれる?」
「当たり前だろ、また暇を見つけて遊びに来るよ」
特に考えるような間も置かずに答えたジュードに、エイルは歳相応の幼さを残す笑顔で「うん!」と大きく頷いた。そして馬車の傍に戻ると「またね」と手を振る。ジュードはそんな彼に手を振り返し、安心したような表情で見送った。
この後は、関所にほど近い港街タラサまで行きメンフィスと合流。そのついでに、カミラに光魔法を込めてもらうためのパールを購入する予定だ。エンプレスに戻るまでにも、やることは色々とある。
自分の身に起きた異変は気になるが、考えるのは後だとジュードは半ば無理矢理に意識と思考を切り替えた。
* * *
聖ヴェリア王国跡地にそびえる闇の居城、玉座の間で、アルシエルは玉座に腰かけたまま中空に視線を投げる。
考えるのは――アグレアスから受けた報告のこと。現在、そのアグレアスとヴィネアは治療を受けているためこの場には不在だが、代わりに周囲には悪魔のような造形の魔族たちの姿。そして玉座の正面には、えんじ色の髪をした褐色肌の女性が一人跪いていた。
「では、アルシエル様……例の小僧が力に目覚めたということですか?」
「アグレアスの報告を聞く限りではそうだろうな。しかし、あの小僧の周囲に交信対象がいたとでもいうのか……? ふむ……」
切れ長の双眸を細めながら独り言のように呟くアルシエルを前に、褐色肌の女性は困惑したように押し黙る。彼女は『ネロエレメンツ』と呼ばれる部隊の一人で、その名をイヴリースと言った。しかし、魔王の右腕たるアルシエル直属の部下である彼女ですら、彼が口にする呟きには疑問符を浮かべるしかない。小僧というのはわかる、だが交信とは――――
すると、アルシエルはイヴリースの心を読んだかのように、薄く口元に笑みを浮かべた。
「交信とは、精霊族と呼ばれる森の民が持ちうる特殊な能力だ。人ならざる生き物と心を交わし、使役し、時に一体化することで様々な恩恵を得る」
「では、あの……ジュードという小僧は、その精霊族であると……?」
「そうだ、あの小僧はこの世に生きる精霊どもの力を借り受け、この世界を自由に創り変えることさえ可能なのだ」
アルシエルのその言葉に、イヴリースは思わず息を呑む。周囲にいた悪魔のような魔族たちからもどよめくような声が上がった。
「それは即ち世界の根幹に繋がる力、破壊と創造を意のままに操るもの。故に、その力を有しているあの小僧が必要なのだ。他でもない我ら魔族が世の支配者となるため、我らの世を創るために」
「アルシエル様……かしこまりました、アグレアスとヴィネアの失敗は必ずやこの私が」
「期待しているぞ、イヴリース。あの小僧が己の力に気付く前に片を付けるのだ」
「はっ、お任せください」
イヴリースは深く頭を下げると、跪いていたそこから立ち上がり早々に踵を返す。アルシエルは特に余計な言葉をかけることなく、彼女の背中を見送っていた。




