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魔法の種類

 明くる日、早朝に王都シトゥルスを出立したジュードたちは馬車に揺られていた。

 手綱は、関所までの案内を買って出てくれたエイルが握っている。この馬車は国王リーブルの厚意で使用許可をもらったもので、ジュードたちを送った後は、エイルがまた都まで乗って帰ることになっている。

 現在、その馬車の中は非常に静かだった。



「……ウィルもマナも真剣だな」

「そうだね、邪魔しちゃいけないかも……」



 馬車の隅でそれぞれ、ウィルとマナは見慣れない背表紙の本を開き、食い入るように中の紙面に目を走らせている。いつもムードメーカーになっているマナが静かなことで、馬車の中は自然と静寂に包まれていた。ジュードとカミラ、それにルルーナは余計な言葉をかけることなく、そんなふたりを見守っている。


 ウィルとマナが真剣な顔で読みふけっている本は、水の王都にある王宮図書館から借り受けてきた本だ。ジュードたちに同行――もとい、仲間になったリンファが国王リーブルに頼んでくれたお陰で「必要な本があれば持って行って構わない」と王自らが申し出てくれたもの。その中の一部から、有り難く借りることにしたのだった。



 ウィルが読んでいるのは、彼が敬愛するグラナータ・サルサロッサ博士が遺した知識とされている魔法学の本。

 難解な図や文字列が並ぶそれらの書物は、ジュードが最も苦手とする分野である。さすがは王宮にある本、その中には未だウィルが知らなかった知識がふんだんに盛り込まれているようで、手元に置いたメモ用紙には既にびっしりと走り書きで文字が綴られていた。


 一方で、マナが食い入るように読んでいるのは、分厚い魔法書だった。

 彼女はあらゆる属性攻撃魔法を扱うが、炎系の魔法を得意としているせいか、相反する水や氷属性の魔法はそれほど得意ではない。けれど、火の国エンプレスで現在最も求められているのはその辺りの属性魔法だ。これを機に苦手を克服し、より強力な水や氷魔法を鉱石に込めてやろうと意気込んでいる。


 その様子を見守りながら、ジュードは傍らに座るリンファに声をかけた。



「リンファさんのお陰で、ウィルもマナも更にやる気が出たみたいだ。オレも肩の調子が随分いいし、本当にありがとう、助かるよ」

「とんでもございません。私の方こそ……こうしてお連れ下さり、ありがとうございます。みなさまの足手まといにならぬよう精いっぱい尽力させて頂きます」

「堅苦しい子ねぇ、もっとこう、砕けた感じでいいのよ」



 リンファの、その文字通りの堅苦しい挨拶に対して、ルルーナは軽く目を細めると力なく頭を振ってそんな言葉をひとつ。この中ではウィル以外の誰も知らないが、リンファは彼女と――彼女の家と浅からぬ因縁がある。最初こそ複雑そうに眉を顰めたものの、特に何も言うことなくリンファは「はい」と頷いた。



「おい、ジュード。これ見てみろよ」

「ん?」



 そんな中、不意にウィルから声がかかったことでジュードたちの意識と視線はそちらへと向いた。ウィルは開いた本を馬車の床の上に置くと、全員に見えるように輪の真ん中辺りへとその本を軽く押す。紙面には小難しい文字列が並んでいて、ジュードだけではなくカミラやマナも難しい顔をしていた。



「帰ったらこれ試してみようぜ、上手くいけば今回の鉱石の力を倍以上に引き出せるぞ」

「一人で興奮してないでどういうことか説明してくれよ、これ見ただけで何かわかるのはウィルくらいのものなんだから」

「ああ……ここに書いてあるのは、種類が異なる魔法を合わせる古代文字なんだよ」

「種類が……異なる魔法?」



 ――この世界の『魔法』というものは、大きく分けて四つほど。

 敵を攻撃する攻撃魔法、怪我や病を治療する治癒魔法、自分や仲間に様々な恩恵を与える補助魔法、そして敵の能力を抑制したり制限する障害魔法。


 今回ウィルが目をつけたのは、その四つの異なる魔法同士を組み合わせることができる古代文字だった。これまで攻撃魔法と攻撃魔法を合わせるものや、単純に防具に属性耐性を付与させることくらいしかできなかった彼らにしてみれば、まさに新しい技術と呼べるもの。


 例えば『攻撃魔法の鉱石』と『力を上げる補助魔法の鉱石』を同時に装着することで、より強力な一撃を見舞える武器を生み出すことも可能になるというわけだ。

 逆に、火耐性を与えた防具に『防御力を高める補助魔法の鉱石』を装着すれば、火属性の攻撃を今以上に防ぐことも可能になるだろう。無効化だってきっと夢ではない。



「じゃ、じゃあ……光の攻撃魔法を込めたものを補助魔法の石と併せれば、もっと強い攻撃もできるように……なる?」

「ああ、これなら魔族が来たって前回のようには――」

「で、でも、その肝心の補助魔法はどうするの? あたしは攻撃魔法しか使えないし、ウィルだって魔法はそこまで得意じゃ……」



 カミラが目を輝かせると、ウィルはほとんど考え込むような間も置かずに即答したが、それに待ったをかけたのはマナだ。マナは攻撃魔法、カミラは治癒魔法と一部の攻撃魔法、ウィルは中級までの攻撃、治癒魔法を扱えるものの、補助魔法に至っては専門外だ。魔法を使えないジュードとリンファは困ったように互いに顔を見合わせる。

 そもそもの問題にぶち当たり黙り込む彼らを後目に、ルルーナは馬車の壁に凭れたまま呆れたように目を細めた。



「はあ……アンタたちって頭がいいのか悪いのかわからないわね。いいわよ、私が協力してあげる。補助魔法なら私の得意分野だわ」

「ほ、ほんと!? あんた魔法使えたんだ!?」

「ガサツなアンタにできて私にできないわけがないでしょ、ほんっとマナって胸だけじゃなくて頭までちんちくりんねぇ」

「ガサツと胸は関係ないでしょうが!!」



 いつものように言い合い――じゃれ合いを始めてしまったマナとルルーナを見て、ジュードとウィルは安堵を洩らす。ルルーナは王都シトゥルスに着く前にも、補助魔法も無詠唱で使えるのかと純粋に興味を持っていたのだ。恐らく、協力しようという気はあの時からあったのだろう。


 エンプレスに戻ったら、やることは山積みだ。

 ジュードは馬車の窓から外を眺める。外には、依然として季節外れの雪が降っていた。



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