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シヴァとイスキア


「具合はどうだ」

「だ、大丈夫みたいです、……ええと、シヴァ、さん?」



 青みがかった白銀の長い髪、体質なのか男性にしては白い肌。瞳は落ち着いたアイスブルーをしている、その色はカミラの瑠璃色よりもやや明るい。長い前髪から覗く双眸には、しっかりとした意志が宿っているように感じられた。シヴァと呼ばれていたこの男は、イスキアのように女性的ではないが、独特の美しさを持っている。まるで人形のような。



「そう、アタシはイスキア、こっちの朴念仁(ぼくねんじん)がシヴァよ、ヨロシクね♡」

「誰が朴念仁だ」

「他にいないじゃない」



 目の前で軽い口論を始めた二人を見て、ジュードはひとつ安堵を洩らした。

 彼らから敵意は感じられないし盗賊らしき雰囲気もない。やはり悪人ではないようだ。オネェ――イスキアはジュードとしてはやや怖いが、深入りさえしなければ必要以上に懐きはしないだろう。そうであってほしい。



「シヴァさんとイスキアさんが、オレを助けて……くれたんですか?」

「そうよ、川辺に倒れていたのを拾ったの。濡れてたから勝手に服は脱がせて乾かしちゃってるけど……うふうふうふ♡」

「心配するな、脱がせたのは俺だ。コイツには何もさせていない、触るなとも言ってある」



 口元に手を添えて何やら怪しい笑いを洩らすイスキアに、ジュードはサッと蒼褪めて力なく頭を振るが、隣にいるシヴァが即座にフォローを入れてくれた。目で生き物を殺せそうなほどの鋭い視線でイスキアを睨み付けているが、当の本人はどこ吹く風といった様子。



「シヴァの独占欲が強くってアタシ困っちゃうわ、心配しなくても浮気なんかしないから安心してちょーだい」

「寝言は寝て言え」



 ハートでも飛ばしそうなほど甘えた声で告げるイスキアを、シヴァは間髪入れずにバッサリと言葉で斬り捨てる。ジュードはそんなふたりを暫し呆然と眺めていたが、程なくして小さく笑う。そんな彼に、シヴァとイスキアもそちらに視線を向けた。



「す、すみません。なんか……気が抜けて」

「うふふ、笑えるのはいいことよ。思った通り、笑っても可愛いわねぇ~!」

「近付くな!」



 飛びつこうとするイスキアに対し、シヴァは変わらず鋭い視線を向けたままその頭を押さえる。当然イスキアは不満そうな声を洩らすのだが、シヴァがその手を離すこともなく。

 どうやら、二人にとってはこれが常としたやり取りらしい。



「あ、あの。助けてくれて、ありがとうございました。オレはジュード、……ジュード・アルフィアです。それで、あの」

「どうしたの?」

「倒れてたのはオレだけ……ですか? 仲間がいるんですが……」



 今現在ここにいるのはジュードだけ。カミラやウィルたちの姿がどこにも見えない。ジュードの言葉にシヴァとイスキアは互いに顔を見合わせたが、すぐに視線を戻すとシヴァが頷いた。



「そうだ、お前だけだ。他の者の姿は見えなかったが」

「そんな……」



 では、みんなはどうなってしまったのか。魔族にやられてしまったのか。悪い想像ばかりがジュードの頭を駆け巡る。あの魔族の力は凄まじいものがあった。一撃二撃で、力量の差をまざまざと感じてしまうほど。


 あれからどうなったのか、なぜ自分は川辺で倒れていたのか。ジュードの記憶には欠片も残ってはいない。難しい顔で俯いてしまったジュードに、イスキアはそっと笑うと落ち着いた声色で言葉を向けた。



「……ジュードちゃん、もう少し休みなさいな。大丈夫よ、あなたのお友達はちゃんと探しておいてあげるから」

「でも……」

「お友達に疲れきった顔なんて見せられないでしょ? 今のあなたは休むのが仕事、……ね?」



 先ほどまでの、どこか頭のネジがぶっ飛んだような様子とは一変。穏やかな表情と声色で言葉を向けてくるイスキアに、ジュードは目を向ける。確かに、身体は依然としてあらゆる箇所が痛む。意識こそハッキリしてはいるが本調子とは言えず、多少なりとも眩暈に似た感覚が残っていた。こんな状態、イスキアの言うように仲間には見せたくはない。また心配をかけるだけだ。

 そこまで考えて、やがてジュードは小さく頷いた。



「本当はベッドでもあればよかったんだけど、この小屋はちょっとした休憩用みたいでね、付いてないのよ。ごめんね、ジュードちゃん」

「いえ、そんな……充分です、ありがとうございます。……みんなのこと、よろしくお願いします」



 確かに、この小屋はとても簡素なものだ。暖炉と小さなテーブルくらいしかない。

 ジュードは、仲間のことを思いながらシヴァとイスキアに頭を下げた。それを見てイスキアはにっこり笑うと、そっと彼の肩を撫で叩く。まるで幼子でも寝かしつけるように。


 身体も頭も依然として疲れが抜けないのか、ジュードは零れそうになった欠伸を喉奥で噛み殺すと毛布に包まったまま身を横たえる。睡魔はすぐに訪れた。



「……」



 程なくして小さな寝息が聞こえ始めると、イスキアは目を細めて笑う。

 次に暖炉の前に置いた衣服の傍、そこにある小型のカバンへと視線を移した。中には必要最低限の道具と薬、武器に装着する用の台座、そして採掘したばかりの鉱石がいくつか入っている。



「……それで、お前の心配事の方は?」

「この台座の文字を見る限りだと……問題なさそうね、鉱石が持つ魔力を具現化させる配列だわ。おかしなものではないみたい」

「ふむ」



 イスキアは台座のひとつを手に取ると、その表面をじっくりと注視する。けれど、その口からは早々に安堵が洩れた。シヴァはそんな相棒の傍らに寄ると、暗い色をした石を拾い上げる。研磨されていない、魔法も込められていない原石の状態ではただの石ころに見えるが、これこそが氷の魔力を秘める石、サファイアだ。

 それを見て、イスキアは軽く眉根を寄せると双眸を半眼に細めた。



「ちょっとシヴァ、何するつもり?」

「魔法武器とやらに問題がないなら、俺たちの役目はこの小僧を陰ながら助けることだろう。これもその内のひとつだ」

「あーあ……アタシ知~らない……」



 シヴァがぐ、と鉱石を軽く握り込むと、手の中にあるサファイアが美しい青の輝きを放った。刹那、握り込まれたサファイアを中心に猛吹雪のような冷風が巻き起こったが、それもほんの一瞬のこと。すぐに鳴りを潜め、代わりについ先ほどまで石ころのようだった鉱石がほんのりと青白い輝きを纏う。


 イスキアはその様を呆れたような面持ちで眺めていたが、特に何も言うことはなかった。無言のまま渡された青く光る石を受け取り、それをジュードのカバンの中に戻していく。



「……これからは魔族が表立って動いてくるわね」

「ああ、サタンも完全ではないが復活したようだな」



 シヴァは淡々とした口調でそう返答すると、眠るジュードへと視線を投げる。イスキアは相棒の言わんとすることを察し、ひとつ小さく頷く。そして真剣な表情で改めて口を開いた。



「この子がサタンに喰われてしまったら、世界は内部から崩壊するわ。それだけは何としても阻止しなければ……蒼竜(ヴァリトラ)のためにも」



 イスキアのその言葉に、シヴァは言葉もなく頷いて目を伏せる。


 時刻は深夜に差し掛かろうとする頃。

 外は、猛吹雪になっていた。まるで先の未来の波乱を暗示するかのように。



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