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地の国から来た少女

 身動きひとつ取りたくない倦怠感の中、ジュードは重い瞼を上げた。

 焦点が定まらない視界には、木目の揃った見慣れた天井がぼんやりと映り込む。

 間違いなく自宅の自分の部屋のもの。


 常人より少しばかり寝起きの悪いジュードは、暫し何をするでもなくそのままの状態で留まった後、弾かれたように飛び起きた。


「――! そうだ、あの()……!」


 しかしながら、不意に起き上がったことで目の前が暗転するような強い眩暈に襲われて項垂れる。

 そこへ、ジュードにとっては耳慣れた声が聞こえてきた。


「ジュード! 何やってんの!?」


 この寝起きの頭には荷が重そうな金切り声は、同居する少女のものだ。

 ジュードは静かに顔を上げると、部屋の出入り口に佇む彼女に一瞥を向ける。

 すると、そこにいた少女は夕陽のような鮮やかな橙の長い髪を揺らしながら、大股で寝台まで歩み寄ってきた。


「もう、いきなり村の人たちに担がれてきた時はビックリしたんだからね。人助けはいいけど、少しは自分の身体も大事にしてよ」

「あ、ああ……ごめん、マナ」


 彼女はマナ・ルイスという、この家に住む少女だ。

 ジュードにとっては幼馴染みだが、小さい頃から共に育ってきたせいか妹のようで姉のような存在でもある。

 マナの言葉から察するに、オーガとの戦闘後に倒れたジュードは、村の男たちに運ばれてこうして自宅まで帰ってきたのだろう。

 窓から外を見てみれば、すっかり夜は明けていた。一晩ぐっすり眠っていたようだ。


「マナ、帰ってきたのはオレだけか? えっと……」

「あの赤い髪の女の子でしょ、今は下でご飯食べてるわよ。ジュードもご飯食べれそう?」

「ああ、オレのはいつものこと(・・・・・・)だし大丈夫だよ、腹減った」


 ジュードの返答を聞いて「そう」と微笑んだマナは、隠すでもなくその顔に安堵を乗せていた。



 * * *



 マナと共に一階の居間に降りたジュードは、そこに居合わせたウィルと父グラム、そして昨日助けた少女の姿を確認して席に着いた。

 この家は、剣の名匠グラム・アルフィアが建てた家で、ジュードとマナ、ウィルの三人は事情があってここで共に暮らしている。

 所謂、四人家族のようなものだ。


「改めて、昨日は助けてくれてありがとうジュード。私はルルーナよ、ルルーナ・ヘラ・ノーリアン。ごめんなさいね、私のせいで……」

「はは、ルルーナさんが謝ることはないさ。きみは善意でやってくれたことだろう」


 申し訳なさそうに声をかけてくる昨日の少女――ルルーナに言葉を向けたのは、その正面に腰掛けるジュードの父グラムだ。

 ジュードも父の言うように、ルルーナを責め立てる気は微塵もない。彼女はジュードの腕にあったかすり傷を治そうとしてくれただけなのだから。


「ああ、父さんの言う通りだよ。一晩寝れば治るから」

「お前の場合は、ぶっ倒れてこれ以上頭が悪くならないかの方が心配だよな。倒れた拍子に頭打ったりしてないか?」


 ジュードもルルーナを安心させるためにそう返答したのだが、要らぬ横槍が隣から入る。

 思わずムッとしてそちらを見遣ると、色素の薄い金髪の青年がニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 彼が、昨日ジス神父と話していたジュードの兄貴分、ウィルだ。


「でも、本当に不思議だわ。魔法を受けると高熱が出る体質だなんて」

「うむ……ジュードのあの体質は昔からでな、多くの医者に診せたが原因は不明だと言う。だが、ジュードの言うように一晩ゆっくり休めば落ち着くから、ルルーナさんがそう気に病むことではないよ」


 兄弟のようなやり取りを繰り広げるジュードとウィルを前に、ルルーナは改めて昨日の出来事を思い返すと文字通り不思議そうに呟いた。


 この世界では、魔法という力は習えば誰でも当たり前のように使えるし、それにより多くの恩恵を受けてもいる。

 けれど、その魔法を受けて――それも傷を癒す魔法を受けて倒れるなど、どう考えても不思議なことだ。


 だが、ジュード本人やその父親がそう言うのならと、ルルーナもそれ以上は何も言わなかった。


「きみ……えっと、ルルーナはなんであの林に?」

「ああ、それなんだけどさ。どうやら彼女はグラムさんを訪ねて東のグランヴェルから来たそうなんだ、それをちょうどお前が助けたってことさ」

「え、グランヴェルから? ……いや、でも、どうやって?」


 ジュードが洩らした疑問に答えたのは、彼の隣に座るウィルだった。

 その返答に、ジュードの表情には怪訝そうな、何とも言えない表情が滲む。


 東の国グランヴェルは、地の恩恵を受ける世界一の大国。

 しかし、魔物の狂暴化が始まるや否や、早々に完全鎖国の状態になってしまい、約十年ほど経った今もその状況は変わっていない。

 つまり、今はグランヴェルには出入国はできない状態にある。


「私のお母様は、随分前にグラムおじさまにお世話になったそうなの。おじさまが魔物に襲われて怪我をされたと聞いて、お母様は居ても立っても居られなくなって私に身の回りのお世話をするようにと……」

「ルルーナさんの実家の……ノーリアン家と言えば、グランヴェルの中で最も高貴な家柄だ。その当主たるネレイナ様が一声かければ、まあ……特例として出国くらいならできるってワケさ。だが、怪我と言っても大したことはないし、この子たちもいてくれるから身の回りの世話は別に……」


 グラム・アルフィアは非常に腕の立つ鍛冶屋だが、凶暴な魔物に襲われて現在は休業している身だ。

 とは言え、寝たきりというわけでもない。グラムは思わず苦笑いを浮かべたのだが、それに対して小首を捻ったのは朝食を運んできたマナだった。

 

「でも、いくら名家の人でも出たり入ったりは難しいんでしょう? おじさまが必要ないって言ったら、彼女が困るんじゃ……」

「……ええ、戻れたとしても何もご恩返しをせずに帰ったら私がお母様に叱られます。どんなことでも構いません、何かお手伝いさせてください」


 すると、ルルーナは一度ちらりとマナに一瞥を向けた末に、彼女の助け舟に便乗する形で改めてグラムにそう告げた。

 グラムはそんな彼女たちにほとほと困り果てたように軽く項垂れると、ややしばらくの沈黙の後に「わかった」とだけ呟いた。


 その返答を聞いたマナは自分以外の女性が増えることに対して純粋に喜び、ルルーナはホッとしたように安堵を洩らす。

 どうやら、四人家族に新しく同居人が一人増えるようだ。


「ああ、そうだジュード。食べ終わったら作業場に来てくれ、少し話がある」

「あ、うん。わかった」


 嬉しそうな女性陣二人を後目に、グラムは疲れたように小さく頭を振ると息子に一声かけてから席を立つ。

 こうしてルルーナを招く形になったことか、それとも昨日の迂闊さを叱られるのか。


 父に呼ばれる理由をいくつか頭の中で数えながら、取り敢えずはマナが運んできてくれた朝食を腹に収めることにした。


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