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地の国グランヴェルという国


 ジュードたちから向けられる視線に、僅かな思案の間を挟んでからルルーナは静かに口を開いた。

 しかし、その表情は依然として不愉快そうなものだ。恐らく彼女にとって嬉しいことでもなければ、これが母国なのだと誇れるような話でもないのだろう。



「……ジュードたちは知らないかもしれないけど、グランヴェルには奴隷制度があるのよ。完全に格差社会なの。富裕層である貴族がいるから、貧困に喘ぐ者が生まれる、そして税を払えなくなった者は人権さえも剥奪されて、強制的に身分を奴隷に落とされるの」

「そんな……じゃあ、リンファは……?」

「奴隷出身ってことは、そうなんでしょ。親が子供を捨てて逃げたか、亡くなったか……何にしてもあの戦い方を見る限り、普通の奴隷ではないわね」

「普通の奴隷じゃない……って、奴隷にも種類があるんですか?」



 ルルーナの言葉に、ジュードたちは思わず言葉を失っていた。カミラが恐る恐るルルーナに問いかけると、彼女は一度だけ静かに頷く。


 完全鎖国になってしまった以上、地の国グランヴェルの現状はまったくと言っていいほどに窺えない。幼い頃に両親について入国したことのあるウィルでさえ、国の状況がどうだったかは覚えていない。当然である、まだ十歳にもならない幼い身だったのだから。

 オリヴィアが否定しないのを見てルルーナは彼女から視線を外すと、リンファが向かった道へと一瞥を向けた。



「家事関係の労働をする一般的な家事奴隷、性的欲求の捌け口にされる性奴隷、そして強制的に戦わされる闘技奴隷(とうぎどれい)。あの子の戦い方を見る限りでは……闘技奴隷が濃厚かしら」

「闘技……奴隷?」

「グランヴェルの王都グルゼフにはコロッセオと呼ばれる闘技場があってね、闘技奴隷は毎日そこで強制的に魔物と戦わされるの。王族や貴族は奴隷と魔物のどちらが勝つかを賭けて遊ぶ……奴隷にとっては命懸けでも、王族貴族にとっては大きなお金が動くただの娯楽なのよ」



 ルルーナが静かに語る言葉、そして内容はあまりにも衝撃的だった。ウィルもマナも、そしてジュードも血が繋がった親を持たない。もしも、彼らが親を亡くしたのが風の国ではなく地の国だったら。ジュードが捨てられていたのが、もしも地の国だったら――彼らも、奴隷になっていた可能性が高いのである。



「そうですわ。リンファはお父様とわたくしが買い取った奴隷です。わたくしたちが主人なのですから、好きにする権利があるのは当然でしょう?」

「けど、アンタのさっきの様子を見る限りじゃ……今までの男はアンタじゃなくてリンファになびいたのね。アンタは彼女を妬んでるんでしょう? 大人しくて可愛いから」

「バ、バカを仰らないで! なぜわたくしが妬まなければいけませんの!?」



 今度はルルーナに食ってかかるオリヴィアを後目に、ジュードは静かに立ち上がった。それを見てカミラは心配そうに声をかける。



「……ジュード?」

「カミラさんたちは少し休んでて。オレ、ちょっと行ってくる。リンファさん一人だと大変だと思うから」

「ジュード様? 行くって、どうして……」



 そんな様子を見て、オリヴィアはジュードを引き止めるように彼の片腕を掴んだ。だが、それでジュードが思い直したり、止まったりなどするはずがない。掴まれた腕を緩く振ることで離させ、ジュードは一度こそオリヴィアを一瞥するが、特に口を開くことはなかった。そのままリンファが様子を見に行ったであろう先の道へと駆け出す。



「待てよジュード、俺も行く!」



 そして、リンファに亡き妹を重ねるウィルも、そんな彼の後を追って走り出した。ジュードにもウィルにも――もちろんカミラたちにも。リンファがオリヴィアの言うような少女には、どうしても見えない。ジュードの傷の具合を本気で心配してくれていたようにしか思えなかった。



「……ウィル、大丈夫なのか?」

「ん? 何がだ?」



 リンファの後を追って早足に歩くジュードは、傍らのウィルに声をかけた。何のことを言っているのか、察しのいいウィルにもわからずに視線のみを彼に向けて問うたのだが、ジュードはまっすぐに目を向けたまま何とも言い難い表情で暫し黙り込む。そこで理解した。彼はウィルの事情を知っている。そして、彼がどれだけ家族を大切に想っていたのかも。



「……別に大丈夫さ、リンファはミリアじゃない。あの子はあの子だ」

「……そっか」

「まあ、重ねてるってのは否定しないけどな」

「……ああ」



 ウィルがそれだけを答えると、ジュードはまた改めて少しの空白を要してから相槌のみを返す。リンファは妹ではない。それは理解しているのだが、ウィルにはどうにも彼女を放ってはおけなかった。



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