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王女と奴隷


 しっかりとジュードに抱き着くオリヴィアは、この上なくご機嫌だ。

 しかし、彼女に抱き着かれるジュードの表情がどこか痛むように歪むのをリンファは見逃さない。傍に寄ると直接手は触れないままぺこりと頭を下げた。



「……なぁに?」

「オリヴィア様、ジュード様は肩に傷を負っていらっしゃいます。あまり刺激なさるのは……」



 ルルーナの言うように、オリヴィアは男性に対する反応と女性に対する反応とでは大いに異なる。

 男性には甘えた声を出して見た目通りの可愛らしい対応をするが、女性相手となると途端に目付きは厳しくなるし表情も不愉快そうなものへと変わる。この護衛のリンファに対しては、特にその傾向が強いように感じられた。



「お苦しければジュード様がご自分で仰るわよ。おまえ、このわたくしに文句でもあるの?」

「も、文句などと、そのようなことは……ですが……」



 そんなオリヴィアとリンファを後目に、ジュードは一瞬、ほんの一瞬だけ右肩へと視線を投じたのだが、リンファはそんな彼の目の動きを見逃さなかった。ジュードの傍らに片膝をついて屈むと、オリヴィアの反応を待たずに彼の右肩に手を添える。



「……転倒なさった時に傷口が開いたのですね」

「え……な、なんで……」

「わかります、肩が少し震えていらっしゃいますから。……痛みがあるのでしょう」



 図星を突かれて、ジュードは目を丸くさせたまま言葉に詰まった。オリヴィアに抱き着かれて転倒した際、右肩に確かな痛みを覚えた。ぶち、と何かが切れるような錯覚と共に。傷口が開いた感覚だろう。次にじわり、と衣服に何かが滲む生暖かさ。この寒い地方で滲むほど汗が出るはずもない、開いた傷口から血が滲んだのだ。



「……少し、ジッとしていてください」

「え、でも、オレ魔法はちょっと……」

「大丈夫です、私は魔法は使えませんから」



 リンファは変わらず無表情のまま小さく息を吐き出すと、その右肩に両手を添えた。すると、彼女の手からはほんのりと白く柔らかい光が溢れ出した。その光はジュードの右肩を包むように淡く輝く。


 一見魔法のようではあるがジュードは特に苦痛も覚えず、そして拒絶反応も起こさなかった。逆に心地好ささえ感じるほど。ウィルとカミラ、そして駆けてきたマナやルルーナもその光景を見守った。



「ジュ、ジュード、大丈夫なの?」

「あ、ああ。なんか暖かくて……気持ちいい」

「これ、何なんだ?」



 マナは恐る恐るジュードに問いかけたが、当の本人は感じるままの感想を簡潔に呟くだけ。無理もない、ジュード自身が驚いているほどだ。いつも魔法を受けるだけで苦痛を覚え、高熱を出して倒れてきたのだから当然ではあるのだが。


 ウィルはほんのりと光るリンファの手を見つめて、控え目に問いかけた。集中しているのか否か――はたまたジュードの傷の具合を心配してくれているのかは定かではないが、伏せ目がちに肩を見つめるリンファは十五歳の少女というには随分と大人びて見える。マナやカミラよりも年上のように感じられた。



「私のこれは魔法ではありません、気功術です。()は全ての生き物が持っている自然の力ですから……気功術でその人が持つ治癒力を高め、回復を促進します」



 淡々とした口調で答えるリンファに、ウィルとマナは互いに顔を見合わせる。気功術――それは治癒魔法さえも受け付けないジュードのことを思えば、これ以上ないほどの朗報だった。



「ね、ねえリンファ。じゃあ気功術を使えば、ジュードの怪我も早めに治るかしら」

「魔法のように一瞬でとはいきませんが……多少は、治りも早まるのではないかと思います」



 その話を一番喜んだのは、当然ジュード本人だ。少しでも早く復帰できる見込みが立つのは非常に嬉しい。ウィルやマナだけでなく、カミラやルルーナもホッと安心したように表情を和らげ、そしてジュードの顔にも自然と笑みが浮かんだ。



「ありがとう、リンファさ――」



 だが、ジュードがリンファに礼を向けようとした時だった。そんな和やかな雰囲気は一瞬で壊れる。



「……リンファ! どうしておまえはそうなの!?」



 オリヴィアが、突如彼女に怒声を向けたのだ。突然のその声にリンファは慌てて顔を上げ、ジュードの肩から――否、ジュードの身から離れてオリヴィアに向き直る。身を縮めるようにして頭を下げる姿は、まるで小さな子供のようだった。


 ジュードもウィルも、もちろんカミラたちも。なぜオリヴィアが唐突にリンファを叱りつけるのか理解ができなかった。ウィルたちにとっては非常に有難いことなのだ。ジュードに恋心を抱いているのなら、当然オリヴィアも喜ぶべきなのではないか、誰もがそう思う。



「わたくしの許可なしに勝手なことをするとはどういうつもり!? おまえ、また殿方を誑かす気なの!?」

「そ、そんなつもりでは……」

「では、いったいどういうつもりなのかしら? 薄汚い奴隷の分際でこのわたくしの言うことに逆らって……! ああ汚らわしいこと、おまえの顔など見たくもない! さっさと先を見てきなさい!」



 オリヴィアの激昂を前にジュードたちが唖然とする中、リンファは一度だけ深く頭を下げると顔を伏せたまま立ち上がり、命令通りに先へと続く道を駆けていった。


 数拍の間を置いて最初に我に返ったのはウィルだった。ウィルは意識を引き戻すと、胸中に渦巻く憤りや困惑を抑え込みながらオリヴィアに詰め寄る。



「おい、どういうことなんだ、今のは!」

「……ウィル様?」

「なんであんなふうに怒らなきゃならない? なんなんだよ奴隷って!」

「そうよ、それにジュードの怪我を治すサポートをしてくれるなら、あたしたちにとっては有難いことだわ!」



 ウィルとマナの言葉は彼女にはまったく届かないらしく、当のオリヴィアは何でもないことのようにつん、と顔をよそへ向けて目を伏せる。まるで当たり前とでも言うかの如く。



「リンファは殿方に色目を使って誘惑するのがお上手なんです、ジュード様を誘惑しようとしていたからですわ」

「さっきのあれの、どこが……!? リンファさんは本当にジュードの傷の具合を心配してくれて……!」



 普段はおっとりとしていることが多いカミラも、さすがに黙ってはいられなかったらしい。明らかな憤りを表情に滲ませてオリヴィアに詰め寄る。しかし、オリヴィアは不愉快そうに眉を寄せて目を細めると、座り込んでいたそこから立ち上がった。両手を腰に添えて上体を前に倒し、下からカミラの顔を覗き込んで睨み付ける。


 そこはやはり女性。自分が好意を向けている男に対する恋情を感覚で理解しているようだった。



「あなたのように平和な頭をした人にはわからないでしょうけれど、あの娘は本当に手癖の悪い女ですのよ。リンファは奴隷出身ですから、男性経験が豊富なんでしょうけどね」

「……え?」



 カミラは、オリヴィアが吐き捨てるように告げた言葉に耳を疑った。だが、カミラやジュードたちが問い返すよりも先に、ルルーナはひとつため息を洩らす。鞭を腰のカバンに戻してから胸の前でゆったりと腕を組み、不機嫌そうに目を細めた。



「……そう。あのリンファって子、グランヴェルの出身なのね」

「……ルルーナ?」



 彼女の言葉に反応したのはジュードだ。続いて他の面々も静かにルルーナに目を向ける。ルルーナはオリヴィアを睨み見据えたまま、嫌そうに頭を振った。



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