ウィルの過去
「――はぁッ!」
ウィルが真横に払った槍は、群れてきた水色のスライムを一斉に吹き飛ばす。
寒空の下で冷却された液状の身はほとんど固形になっており、特に魔法を使うことなく簡単に倒すことができた。しかし、ウィルは休むことなく仲間たちに視線を向ける。
「残りは……!」
「任せてください」
ウィルが視線を向けた先には、負傷したマナの治療にあたるカミラの姿。彼女たちを狙って、二足歩行で動き回る二匹のトカゲ型の魔物が駆け出して行った。リザードマンと呼ばれる魔物だ。片手にナイフ、逆手に盾を持っている。
近くで応戦していたリンファは素早い身のこなしでそちらへ駆けていく。その速度はジュードといい勝負である、下手をすれば彼以上だ。
慌ててリンファに向き直ったリザードマンだったが、遅かった。
上体をやや前に倒して駆けたリンファはリザードマンの目の前まで行き着くと、流れるような動作で片足を蹴り上げる。彼女のつま先はリザードマンの顎を強打し、そのまま華麗に宙返りしたかと思えば、片手に携える漆黒の短刀を容赦なく頭上から振り下ろした。その切っ先はリザードマンの頭を貫き、人間とは異なる緑色の血飛沫を噴出させる。
「……」
何とも容赦のない戦い方だ。ジュードと似た戦闘スタイルではあるのだが、躊躇いを持たないところはまったく違う。ウィルが複雑な面持ちで彼女を見つめていると、その視界の片隅でもう一匹のリザードマンが動いた。しまった、とウィルは慌てて意識を引き戻し応戦しようとしたのだが、すぐに敵のその身は竦む。
バシィッ! と乾いた音がリザードマンを打つ。
それを聞いて――否、その音の正体を目の当たりにしてウィルは青褪めた。
「うふふ、まだやるのかしら? 容赦しないわよ!」
「ル、ルルーナ……あの、お手柔らかに……」
「あら、ジュードったら何を言ってるのよ。徹底的にカラダに教え込んであげなきゃいけないでしょ? こういう魔物にはね!」
馬車の中からジュードがそっと彼女の背中に声をかけたが、ルルーナはそんな彼を振り返るとにっこりと笑う。
「オホホホホ! さあ、イイ声で啼きなさいな!」
ルルーナは右手に黒い鞭を持ち、逆手で引っ張りながら顔の前に引き上げる。そしてその手を離すと、勢いよく鞭を振るった。――無論、目の前にいたリザードマンに。
鞭が魔物の身を激しく打ち付ける。啼くと言うよりは泣くような声を上げながら、リザードマンは身を竦めた。
――辺りには魔物が上げる悲痛な声と、ルルーナの高笑いの声が響いていた。
「じょ……」
「女王様……」
ジュードとウィルは互いに小さく、本当に小さく呟いた。彼女が身に纏う黒のドレスも相俟って、余計に女王様スタイルに見える。ジュードが右肩に重い怪我を負ったため、ルルーナがその代わりに戦線に加わってくれるという話になったのだが、如何せん怖い。それはもう、声をかけるのも躊躇うほどに。
「嫌ですわ、ジュード様ぁ。わたくしルルーナさんがこわぁい」
そこへ、当たり前のようにジュードの後ろからオリヴィアが顔を出した。
朝食の席で国王リーブルと話をした際、護衛の少女――リンファがボニート鉱山までの案内役になってくれるという話だったはずなのだが、あろうことか王女たるオリヴィアまでついてきてしまったのである。駄目だ、困ると言っても強引な王女のこと、まったく聞き入れてもらえるこの状況だ。
オリヴィアは、王都シトゥルスを出てからずっとジュードにくっついたまま。当然、女性陣がそれを快く思うはずがない。仲間内は相変わらず一触即発だった。
辺りに魔物の姿がなくなったのを確認すると、ウィルは仲間たちに目を向ける。負傷したマナも、カミラの治癒魔法ですっかり元気になったようだ。
ウィルには、王都を出てからずっと気になっていることがあった。
「……」
「(……リンファ?)」
可愛らしい顔立ちをしながらも表情のないこの少女は、事あるごとにルルーナを見ている。ただ見ているだけなら問題はないのだが、気になるのはその視線の鋭さ。彼女の目には明らかな敵意と、殺意さえ宿っているように見えた。
ルルーナはオリヴィアとは面識があるようだが、リンファとはどうなのか。普段オリヴィアの護衛を務めているのなら可能性は高そうだが、ルルーナの方に親しげな様子は見受けられなかった。
ウィルはリンファに声をかけようとしたものの、それよりも先に彼女は馬車へと引き返していく。そんな彼女の背を、ウィルはやはり複雑そうに見送った。
『――お兄ちゃん、お兄ちゃん』
かつて、愛らしい声でそんなふうにウィルを呼び、慕ってくれる少女がいた。ウィルと同じ色素の薄い金の髪を持つ少女だった。瞳も同じく紫紺色。大きな眼が印象的な。
ジュードやマナ、それにグラムは当然知っているが――それは、ウィルの家族が健在だった頃にまで遡る。
ウィルには優しい父と母、そして妹がいた。ミリアという名前の大層可愛らしい少女だった、大きくなればとびきりの美人になりそうな。
魔物が狂暴化するまで、ウィルの家族――ダイナー家は行商人として有名だった。
風の国ミストラルの王都フェンベルを拠点に、あちこちの国に赴き色々と珍しい品を仕入れてきては、また別の国に足を運んで売りさばく。
しかし、魔物の狂暴化が始まり、いつものように仕事に出向いた先で一家は魔物に襲われたのだ。
両親と妹は馬車の外で休憩時間を満喫し、ウィルは仕入れたばかりの書物を馬車の中で読み漁っていた。それが不幸中の幸いだった。
外にいた家族は、ほとんど瞬く間に魔物たちに襲われ、喰い殺されたのだ。ウィルはその時、馬車の中にいたからこそ助かったのである。そこへ、グラムが偶然駆けつけたことで唯一生き残ったウィルは助かったのだった。
「ミリア……」
リンファは、亡くした妹と同じ年頃だ。
ウィルとミリアは四歳差、生きていれば十五歳になっていたはず。そしてリンファは、そのミリアと同い年の十五歳。
とても十五歳とは思えない無表情且つ容赦のない戦い方に、胸が痛むのを感じる。まだあどけなさが残る年頃であるにもかかわらず、リンファには表情というものがほとんど存在していない。感情の起伏が乏しく、いつだって無表情だ。唯一表情が滲むのはルルーナを睨みつける時、それも憎悪らしき瞬間だけというのは非常に複雑なこと。
彼女に何があったかは知らないが、ウィルはどうにもリンファを放っておけなかった。
彼女は妹ではないし、重ねるのは失礼だと頭ではわかっているのに。




