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表情のない少女


 翌朝、王女オリヴィアの計らいで――と言うよりは彼女の駄々で、あろうことか国王と朝食の席を共にすることになった。

 王族専用の広々とした食堂内、豪華な調度品で飾られた室内、食卓に並ぶ様々な種類の料理。そのいずれも、ルルーナを除いてジュードたちには馴染みのない空間だ。どうにも落ち着かない。いずれも借りてきた猫のように黙り込むしかなかった。



「ジュード様、ウィル様。どうぞお好きなだけ召し上がってくださいね」

「は、はあ……ありがとう、ございます……」



 そんな中でも、オリヴィアは変わらず幸せそうに笑いながら料理を勧めてくる。彼女の隣には、まさにその父たる国王が座しているのに無遠慮に料理に手を付けるなどできなかった。



「いや、申し訳ない。昨夜はやることが溜まっていてな、早々に部屋に籠ってしまったのだ」



 けれど、その国王は人の好さそうな笑みを浮かべると開口一番に謝罪など向けてきた。相手が王族でなくとも、夜遅い時間に突然訪ねるなど失礼にあたる。元々あの時間に国王に会いに行こうなどとは思っていなかったこともあり、ジュードたちは慌てて頭を横に振った。国王が謝らなければならないことなど何ひとつない。



「しかし、まさかルルーナ嬢が一緒だったとは。グランヴェルを出たと聞いていたが、こうして会いに来てくれるとは思っていなかったよ」

「ご無沙汰いたしております、陛下。お変わりないようで、安心しました」

「ふふ、そなたの美しさもな。オリヴィアも美しく育ったと思っておるが、そなたに比べればやはり霞んでしまう」



 饒舌に言葉を連ねる国王に、ルルーナもまた表情に柔和な笑みを浮かべて対応する。普段の高飛車な様子はすっかり鳴りを潜め、完全に淑女のようだ。

 国王はルルーナの様子に安堵と共に嬉々を滲ませると、ジュードたちに改めて視線を向けた。



「して、ジュード……ジュード・アルフィアか?」

「え? はい、そうですが」

「おお、そうか。グラム・アルフィアの子が魔族を倒したという報告は聞いているよ」



 不意に名を呼ばれてジュードは半ば反射的に返事を返したが、国王はうんうんと何度か頷きながら彼に向き直る。報告の出どころは、恐らく先に都に戻ったエイルたちだろう。


 魔族を倒した、などという噂が広まり持て囃されれば、ただでさえ負傷しているジュードが休めない。また魔族が現れた際に妙な期待を向けられる可能性もあった。それを考えて、ウィルとマナの表情は幾分か曇る。


 しかし、悪気があってのこととは思えない。大方、ジュードのことを自慢でもしたかったのだろう。だが、それはまた新たな波乱を呼ぶわけで――



「まあっ! では、ジュード様が魔族を倒してくださいましたの!?」

「い、いや、オレは覚えてな――」

「素敵ですわぁ! やっぱりジュード様はわたくしのナイト様なのですわね!?」



 オリヴィアが目を輝かせて声を上げたのである。両手を胸の前で合わせて、見るからに感動しているような、そんな様子。同時に、空気が凍り付くような気配をウィルは確かに感じる。――マナとカミラだ。


 ジュードも彼女たちの不穏な気配を感じたのか、はたまたオリヴィアから逃れるためか、ややぎこちなく国王に視線を戻すと本来の要件を思い返す。彼らにとってはこちらが何よりも重要なことだ。



「あ……あの、陛下。オレ――自分たちは、火の国エンプレスから女王陛下の命令でここまで来ました。鉱山への立ち入り許可を頂きたいのですが……」

「なに、エンプレスから?」

「はい、前線基地での戦いの支援に、どうしてもサファイアやアクアマリンが必要なんです」



 その言葉に、国王は特に表情を歪めることはなかった。一国の王ということもあり、既に理解しているのだ。前線基地が崩壊すればその魔物たちが世界中に広まり、脅威となることを。

 エイルや関所にいた兵士たちのような反応が返るだろうと考えていたジュードやウィルは拍子抜けしたように一度こそ目を丸くさせはしたものの、すぐに表情を引き締める。



「私は構わんが、大丈夫なのか? あの鉱山の辺りには最近は頻繁に魔物が出るようになったと聞いているのだが……」

「はい、大丈夫です。問題はありません、どうしても行かなければなりませんから」

「……そうか」



 メンフィスにも必ず鉱石を持ち帰ると約束してしまった以上、危険があるからと引き下がるわけにはいかない。前線基地では今も、それより遥かに危険と隣り合わせで戦う者たちがいるのだから。彼らのためにも決して諦めることはできない。


 国王はジュードの返事を聞いて、数拍の沈黙の末に小さく頷いた。続いて、ポンと軽く手を叩き合わせて食堂出入口の方へと視線を投げる。



「では、こちらから護衛をつけよう。戦い慣れした子だ、この辺りの地理にも詳しい。案内にも護衛にも適任だろう。リンファ、リンファ――いるか?」



 その思わぬ申し出にそこまでしてもらうわけにはいかないとジュードは咄嗟に口を開きかけたが、確かに彼らはこの水の国の地理にはそれほど明るくない。ジュードやウィルは仕事で水の国まで足を運ぶことはあったが、当然観光などしたことはないし、目的の鉱山についてもわからないことだらけだ。

 ここは、国王の善意に素直に甘えておく方がいいだろう。


 程なくして、食堂の出入口からは昨夜も見た黒髪のお団子頭の少女が姿を現した。

 その顔は何を考えているかわからない無表情のため大人びて見えるが、年齢的にはジュードたちよりも下だろう。恐らく十四、十五程度だ。

 そんな幼い身で「戦い慣れている」というのは少しばかり気にかかった。



「リンファ、今日はオリヴィアの護衛はいいから、ジュードくんたちをボニート鉱山まで案内してあげなさい」

「かしこまりました。では、都の南門でお待ちしております、準備が終わり次第いらしてください」



 護衛の少女――リンファはそれだけを告げると、ぺこりと一礼して早々に食堂を出て行った。感情というものを感じさせない、一切の無駄を省いたその様子はまるで人形のようで、幾ばくかの不安さえ覚える。国王と王女の前だからなのか、それとも元からあの様子なのか。


 ジュードたちはやや戸惑ったように彼女の背中を見送っていたが、その中でもウィルはじくじくと胸の内側が痛むような何とも言えない感覚に苛まれていた。

 それがこの場で言葉になることはなかったが。



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