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水の国の異常気象


「――くしッ!」



 街の者たちに見送られながらクリークの街を発ったジュードたちは、道中すれ違った行商人から奇妙な噂を聞いた。


 それは「雪が降ったそうだよ、雪に気を付けるようにね」というもの。季節はまだ夏の真っ最中、この時期に雪などと。誰もがそう思っていた。


 水の国の王都シトゥルスは、クリークの街から更に北東へ向かった場所に位置している。途中に危険が潜んでいそうな森や山はなく、平地が続くばかりだ。

 そんな中、冷えた空気を感じて馬車の中でカミラがクシャミを洩らした。



 馬車の窓から見た外は、一面真っ白の銀世界。右を見ても左を見ても、雪、雪、雪。

 いくら寒い国とは言え、まだ雪が降る季節ではないはずだ。どれだけ早い観測でも、あと二カ月ほどは先のはず。

 先に王都に戻ったエイルたちが馬車を置いて行ってくれたからよかったようなものの、徒歩での移動となっていたらどうなっていたことか。



「カミラさん、大丈夫?」

「さ、さささむい」

「ほんと、どうなってんのかしら。こんな時期に雪が降ったなんて今まで聞いたことないわよ……」

「あら、田舎者のマナでも他国の話は一応知ってるのね」

「あんたその口縫い付けるわよ」



 馬車の中は、当然のように雪の話――もとい、寒さの話で持ち切りだ。

 そんな中でもマナとルルーナの言葉の応酬はいつものことだが、これまでに比べて互いに毒気がやや抜けていた。ジュードは彼女たちのやり取りを後目に御者台に繋がる扉を開けると、心配そうにウィルに声をかける。



「ウィル、大丈夫か? オレが代わろうか」

「お前は怪我人なんだから大人しくしてろ。それにしても……どういうことなんだろうな、これは」



 現在、馬車の手綱はウィルが握っている。風よけも何もない御者台では寒いだろうとジュードは純粋に彼の体調を心配したのだが、そう一蹴されてしまえばしつこく引き下がるのも気が引けた。

 積雪量はそれほどではなく、少しでも日が照れば簡単に溶けそうなレベルではあるが、やはり夏のこの時期に雪など異常だ。



「ジュ、ジュード、さささむい」

「あ、ああ、ごめん。じゃあウィル、つらかったらいつでも言えよ、代わるから」

「ああ」



 開いた扉からびゅうびゅうと吹き込む寒風に、カミラは今にも凍えてしまいそうな声を洩らす。ジュードはそんな彼女を確認すると、ウィルの背中に一声かけてから扉を閉めた。

 その様を眺めていたルルーナは、両手の平を口元に添えて息を吐きかけながら不意に口を開く。



「……ねえ、ジュード。あなたたちの技術って、補助魔法も使えたりするの?」

「え? オレたちの技術?」

「魔法武器とかを造る技術よ。補助魔法も無詠唱で使えるのかしらと思って、少し気になってるのよね」

「ああ、使えると思うよ。少し前にウィルが言ってたし……」



 その突然の言葉にジュードは一度傍らのマナと顔を見合わせてから、馬車の隅に置いてあった荷物を引っ張り寄せる。それはウィルの私物だが、勝手知ったる様子で開けるなり、中から分厚い本――と言うよりは、図鑑を取り出した。

 付箋が至るところに張られ、四隅がややボロになっていることから長く愛用しているものだと一目でわかる。



「補助魔法と相性がいい鉱石ってどれだっけ……オレ魔法学とかてんで駄目だからなぁ」

「やだジュード、それくらいあたしにもわかるわよ。補助魔法は地属性と相性がいいから、鉱石はトパーズとかシトリンだったはずよ。身近なところで言うなら……アンバーが一番手に入りやすいかしら、ガルディオンでも見かけたわ」



 ジュードとマナの頭のデキにそれほど差はないが、マナは魔法を扱う身だ。魔法や属性に関することには色々と詳しい。すると、カミラはルルーナとジュードたちを交互に眺めた末にそっと口を開く。



「……ね、ねえ、じゃあ……光の魔法も鉱石に込めて使ったりできるの? もしできるなら、わたし役に立てるかも……」



 その言葉に、ジュードたちの視線は一斉にカミラに向いた。

 もし、彼女が扱う光魔法を鉱石に込めることで無詠唱で使えるようになるなら――魔族に対して、これ以上ないほどに有効な武器が完成する。アロガンを一撃で倒すことはできなかったが、確かに効いてはいたのだから。

 ジュードは図鑑に目を向け、マナとカミラはそんな彼の横から紙面を覗き込む。



「マ、マナ、光と相性がいい鉱石ってどれだ?」

「あたし知らないわよ、光属性は使えないし……」

「おーい、ウィル! ウィル~!」



 光の魔法はヴェリアの民しか持ち得ない特殊なもの。そのため、ジュードもマナも当然詳しくない。ウィルとて知っているかどうか。

 つい先ほどまで寒い寒いと言っていたのもどこへやら、御者台に続く扉を再び開けてやいのやいのと騒ぎ出したジュードたちを眺めながら、ルルーナは窓へと視線を投じる。



「(……あの吸血鬼を倒したジュードの力は確かに普通じゃなかった。お母さまがジュードを求める理由はあれなのかしら……でも、それがどうお父さまに繋がるというの……?)」



 ジュードが生きていたことでルルーナの目的はこれまで通りだが、彼女の内面では確かに変化が起き始めていた。

 今までは、母の言葉が彼女にとって全てだった。だから周りにどう思われようが、どうしようが気にする必要さえなかったのだ。


 しかし、いくら連れ去られた少女たちやカミラを助けるついでとは言え、自分のことまで当たり前のように助けに来てくれた彼らのことを、既に「どうでもいい」とは思えなくなっていた。


 貴族社会で腹の探り合いばかりだったルルーナにとって、ジュードたちは初めて肩肘張らずに本音で付き合える「友」になりつつあった。



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