友情の芽生え?
次にジュードが目を覚ますと、すっかり夜は明けていた。
隣の寝台を見れば、ウィルがベッドヘッドに背中を預けて寄りかかりながら本を読んでいる。無事に目を覚ましたジュードを見て、ウィルはその相貌にありありと安堵を滲ませた。
「そっか、みんな無事に帰ってこれたんだ……でも、オレがあの吸血鬼を倒したってのがよくわからないんだけど……どういうことなんだ?」
「お前本人にわからないもんを俺たちにわかるわけないだろ、……まいったなぁ、お前が起きてから聞こうと思ってたのに」
寝て起きても、ジュードの記憶に吸血鬼の最期のことは残っていなかった。右肩を刺されてからの記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。
ウィルは開いていた本を閉じると、寝台を降りてジュードの傍に寄った。その視線が向くのは、特に重い傷になった右肩だ。眠っている間に手当てはされているらしく、痛みこそあるものの血が滲むような感覚はない。
「怪我の具合はどうだ?」
「たぶん……大丈夫だと思う、一応は動くし。なあウィル、それより……」
動かすたびに脳に響くような強めの痛みが走るものの、動かないというようなことはない。完治するまでに時間はかかるだろうが、生きているだけで充分だった。
それよりも、現在のジュードの頭には別の心配事がある。
「……カミラさんのこと、マナとルルーナに言った方がいいかな」
魔族が現れるという、決して他人事ではいられないことが起きたのだ。
ジュードとウィルはカミラの事情を知ってはいるが、余計な混乱を避けるためにマナとルルーナには彼女のことを話していない。怪しいと思っている部分はあるだろうが、どちらも詳しく聞いてくることはなかった。
ジュードのその言葉に、ウィルは思案顔で視線を中空に投げた。
* * *
「じゃあ、カミラさんってヴェリア大陸から来たの?」
結局、ジュードとウィルはカミラの素性をふたりに明かすことにした。
ジュードが無事に目を覚ましたことに安堵するのもそこそこに、マナは驚いたように目を丸くさせている。当のカミラはと言えば、椅子に座り膝の上に両手を置いて俯いていた。その姿は、叱られるのを待つ子供のようだ。
「……ヴェリア王家は十年前には滅んでたってことだな。カミラ、魔物の狂暴化が始まったのも今から十年くらい前だ、何か心当たりはないか?」
「わからないの。魔族が関係しているのかもしれないけど、具体的には……」
ウィルは壁に凭れて両腕を胸の前で組む。切れ者に分類される彼の頭の中では、様々な可能性が次々と浮かんでは消えていった。マナはそんなウィルを見ると、不思議そうに首を捻る。
「魔物の狂暴化に、魔族が関係してる可能性があるの?」
「まったくないとは言い切れないだろ。ヴェリア王家が潰れた時期と魔物が暴れ出した時期が重なってるんだ、何か関係があるって考えた方がいいのかもな」
事実、魔族はこの十年で遂にはヴェリア大陸の外に出てきたことになる。今後も世界各地に現れる可能性を考えて、ウィルは眉を寄せた。
吸血鬼一人、束になっても勝てなかったことを考えると人々の更なる恐慌が予想される。それも世界各地で。何が起きたのかまではわからないが、唯一魔族と戦えたジュードが負傷中では、ウィルたちさえ魔族と遭遇するのは避けたい状況だ。
そこまで考えて、ウィルは場に流れる重苦しい雰囲気を払拭すべく努めて明るい声色にて言葉を続ける。
「まあ、俺たちはただの鍛冶屋だし、カミラだってまだヴェリアに戻れないんだ。あんま気にしてたって仕方ないさ。今やることは変わらないだろ?」
「鉱石を手に入れて火の国に帰ること、……よね」
「そう。まずは前線基地をなんとかしないと。戻ったら一応メンフィスさんや女王陛下には伝えた方がいいだろうけどな」
ジュードは仲間たちの会話を聞きながら、静かにその視線を自らの右手に向ける。
何度聞いても、どう考えても、自分があの吸血鬼を倒したということが信じられなかった。記憶には何ひとつ残っていないのに。
魔法を受け付けない身では、治癒魔法で怪我を治すわけにもいかない。
もしまた魔族に遭遇したら――そう考えると、ジュードとて決して楽観視はできなかった。
遠い世界の話だと思っていた魔族が、身近にいる。この時になって、ようやくその実感が湧いてきたような気がした。
* * *
朝食後、女性陣三人は昨夜身を休めた宿の一室に戻り、荷物整理をしていた。
ジュードの怪我は重い方だが、ゆっくりもしていられない。今日はこの後、すぐにこのクリークの街を発つ予定だ。水の王都シトゥルスは、まだ遠い。
そんな中、荷物の整理を終えたマナは寝台に腰を落ち着かせて疲れたように「ふう」とひとつ息を吐き出した。
「それにしても、驚いたわ。カミラさんがヴェリアから来た人だったなんて」
「……ごめんなさい、言ったら動転させると思って言えなかったの」
「ああ違うの、別に責めようだなんて思ってないのよ」
マナとしては純粋に思ったことを呟いただけだったのだが、カミラは怒らせたと思ったらしく、素直にぺこりと頭を下げた。そんな彼女を見てマナは慌てたように片手を揺らすが、ルルーナは紅の目を細めると口角を緩く引き上げた。
「マナってほんとデリカシーの欠片もないのね」
「うっさいわね! あんたには言われたくないわよ!」
マナとルルーナはすっかりいつも通りだ、魔族が現れたと聞いても彼女たち独自のやり取りは変わらない。
だが、これまでと明らかに違う点がひとつ。
「……マナ」
「なによ!」
「…………ありがと」
また何か挑発でも飛んでくるのかと身構えたマナだったが、続く言葉は彼女の予想の遥か斜め上を行く。
ふい、と顔を明後日の方に向けて、ルルーナが告げたのは――礼の言葉だった。微かに見える頬が赤らんでいるところを見ると、冗談でも何でもなく彼女の本心なのだろう。
何に対しての礼なのか、あまりにも予想外過ぎる言葉に、マナは瞬きさえ忘れたように呆気にとられながらルルーナを眺めるしかできなかった。
「た、助けに! ……きて、くれたことよ」
「あ、ああ……ええぇ……? いや、うん……?」
「なによ、私がお礼を言ったらいけないって言うの!?」
「そ、そうじゃなくて、意外だっただけよ、……うん」
どうやら、危険を冒して助けに来てくれたことへの礼だったようだが、これまでがこれまでだ。マナの頭は未だに理解が追いつかず頻りに疑問符を浮かべている。カミラは、そんな光景を見て微笑ましそうに笑った。
今までは単純に犬猿の仲としか言いようがなかったが、これからは少しずつ変わっていきそうだ。




