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訪れた静寂


 (なぶ)られた傷は今もジュードの身に刻まれたまま、血が止まったわけでもなく、肩を突き刺された傷口からはぶわりと血があふれて衣服に滲んでいく。しかし、当のジュードはそれをものともしていない。苦しむような様子も見受けられなかった。


 ただただ、煌々と輝く黄金色の双眸でアロガンを睨み下ろす。



「ジュード……どうしちゃったの……?」



 当然、昔から共に育ってきたマナやウィルがその変化に気付かないはずがない。

 マナは恐る恐る呟くが、ジュードが何か言うよりも先に男が跳ねるように起き上がり、再び彼に襲いかかる。腕を叩きつけるように振り回すが、その攻撃がジュードを捉えることはなかった。一瞬のうちに、男の目の前からその姿が消えたのだ。



「こっちだよ」



 男は不意に、ワープでもしたかの如く視界からいなくなったジュードを探して、右や左へと忙しなく目を向ける。だが、既にジュードはその真後ろに回り込んでいた。手にしていた剣を容赦なく男の背中に叩きつけ、素早く逆手の短剣を振るうことで十文字型に斬りつける。



「ぐああああぁッ! ば、馬鹿な……貴様、いったい……!?」



 先ほどまでは確かに自分が圧倒していたはずなのに、完全に形勢が逆転していることがアロガンには信じられなかった。

 しかし、このままで終われるはずがない。アロガンは半ば無理矢理に思考を引き戻すと、一度大きく後方に跳び退り距離をとった。


 殴られた際に切った口端をぺろりと舌で舐め、対峙するジュードを目で殺す勢いで睨みつける。だが、まったく怯むこともなく睨み返してくる様を見れば、またアロガンの内では憤りが燻り始めた。



「くく、くくく……貴様のその目、気に入らんなぁ……気に入らんぞ、そういう目には覚えがある……」



 自分は圧倒的な力を持つ魔族なのに、人間、それも子供相手に現在進行形で恐怖を抱いているなど、認められるわけがなかった。煌々と輝く黄金色の双眸に、一種の畏怖のようなものを感じているだなんて。


 アロガンは再び床を蹴って一気に間合いを詰めてしまうと、先ほど同様に右手を振りかぶり、思い切りジュード目掛けて叩き下ろす。しかし、その攻撃はジュードが振り上げた短剣で見事に受け止められてしまった。それも、身構えることなく軽く短剣を振り上げただけで。


 間に刃を挟み、ジュードの黄金色の双眸が刃物のような鋭さでアロガンを睨み据える。すると、アロガンは自分の意思とは無関係に身体が竦み上がるのを感じた。まるで蛇に睨まれた蛙のような状態で、身動きひとつできなかった。


 鍔迫り合いにさえならない睨み合いの中、先に動いたのは今度はジュードの方だった。

 利き手に持つ剣を下から振り上げてアロガンの胸部を斬り、怯んだところへ片足を軸に身を翻す。逆手に持つ短剣の刃を殴りつけるようにしてアロガンの心臓部へと突き刺した。



「が――ッ!? うがああぁ……ッ!」



 直撃を受けたアロガンは、血のように真っ赤な目をひん剥いてよろける。いくら魔族と言えど、そこはやはり生き物。急所は同じのようだ。

 アロガンは盛大に喀血すると、それでもジュードを殺すべく腕を振るう。歯を食いしばり、目で殺す勢いで睨み据え、こめかみに青筋を浮き上がらせながら。



「この私がッ、貴様などに! 貴様のようなガキに――!」



 矢継ぎ早に腕を振るい叩きつけるが、それらの攻撃は全て短剣の刃により防がれてしまい、一撃たりともジュードの身に届くことはなかった。全力を込めた渾身の一撃さえも短剣で防いでしまうと、直後――今度は利き手に持つ剣を一息にアロガンの胸部に突き刺した。

 アロガンはもがき、泳ぐように両手を動かすが、やがて勢いを失う。全身から力が抜け、だらりとその腕は脇に垂れた。眼だけは、依然としてジュードを睨んでいたが。



「な、ぜだ……なぜなんだ……貴様は、いったい……なぜ……」



 ジュードたちは、間違いなく自分よりも弱かった。

 それなのに、こうして手も足も出なくなっている状況が、死の淵に立ってもなお、アロガンには信じられなかったし、理解もできなかった。

 無論、それはウィルたちも同じなのだが。

 魔族を圧倒できるような力がジュードにあるなど、昔から共に育ってきた彼らだって知らないことだ。



「く、くく……ッだが、この世界はいずれ再び……闇に、呑まれる……サタン様のお力の前に、絶望するが、いい……ッ!」



 アロガンが負け惜しみの如くそう告げるのと、ジュードの黄金色の眸が力強く輝いたのは、ほぼ同時のこと。

 次の瞬間、タキシードに包まれたアロガンの身は、剣が突き刺さった箇所から黒い細かな砂と化し、空気に溶けて消え始めた。


 やがて、アロガンのその全身が全て消えてしまっても、ウィルたちは動けなかった。目の前で起きたことが、自分の目で見たことであっても信じられなくて。



「……今度こそ、やったの……?」

「……ああ、多分」



 ややしばらくの沈黙の末にマナがか細い声で呟くと、その傍らにいたウィルが小さく返答する。目の前で起きたことが信じられなかったのは彼らだけでなく、カミラとて同じだ。彼女は魔族というものの恐ろしさを痛感している。

 それなのに、途中から見せた圧倒的なジュードのその力は、まさに夢でも見ているのではと思うほど。


 カミラは暫し呆然と佇んでいたが、やがてジュードの傍へと恐る恐る歩み寄った。



「ジュード……? だい、じょうぶ……?」

「……カミラさん」



 そっと声をかけると、ジュードは剣を下ろして彼女を振り返った。それと同時にその双眸からは黄金が薄れ、次第にいつもの翡翠色へと戻っていく。

 しかし、完全に目の色が戻るや否や、ジュードの両手からは武器がそれぞれ落ち、代わりにその顔が苦痛に歪む。特に重い傷を負った右肩を押さえて、その場に崩れ落ちてしまった。



「ジュード!? しっかりして!」



 叫ぶようなカミラの声に、ウィルもマナもようやく意識を引き戻してその傍へと駆け寄った。

 ジュードの突然の変貌についてはわからないことだらけだが、頭で考えてもわからないことをこの場で考えても仕方がない。


 今はとにかく、クリークの街に戻ってしっかりと身を休めることが最優先だ。せっかく、囚われていた少女たちを救うことができたのだから。



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