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世界の現状


 子供たちが自宅へと帰っていく姿を見送り、ジス神父は本日何度目になるかわからない溜息を零した。

 片付けを手伝っていたジュードはそんな彼の背中を静かに眺めて、軽く眉尻を下げる。


「今日も容赦なかったね、子供たち。勇者さまの話ってそんなに退屈かなぁ」


 ジュードがそう声をかけると、神父は優しそうな表情で彼を振り返った。

 ゆったりとした歩調でジュードの傍らまで歩み寄ると「ふふ」と愉快そうな笑い声を洩らして、己の白く長い顎ひげをゆったりと撫でる。


「あの子たちも言っていたが……お前は本当に勇者さまの話が好きだな、ジュード。まだ十にもならん頃から読み聞かせてきた私が言うのもアレなのだが、よく飽きないものだと思うよ」

「ああ、もうそんなになるのかぁ……」

「他の勉強にももっと熱心であれば、親父(グラム)さんもお前の知能に頭を悩ませずに済むんだがなぁ」

「だって聞いてもよくわからないから嫌なんだよ、勉強って」


 ジュードはこの村の住人ではなく、村の奥にある山に住んでいる青年だ。

 普段は鍛冶仕事をしているのだが、材料調達のために村に降りてきた時はこのように教会に顔を出している。

 その度にジス神父に勇者の話を聞かせてもらっているため、彼の勇者好きは自然と村全体に広まっていた。それ以外の勉強については悲惨なものだが。


 ジュードの勉強嫌いをジス神父は理解しているが、現状、勉強ができれば将来が安泰ということはない。

 それどころか、学業よりも武術を学んだ方が将来的に重宝されるのが現実である。



 今から約十年ほど前、世界の中央に位置するヴェリア大陸で不気味な光が目撃されてからというもの、各地では魔物が狂暴化を始め、人々を襲うようになった。


 南方に位置する火の国エンプレスは特に魔物の狂暴化が進んでおり、人々は死と隣り合わせの日々を送っている。

 そのため、エンプレスは各地から戦える者を集め、自国の東方――特に凶悪な魔物が出現するエリアに前線基地を設置し、魔物の侵攻を食い止めている状態だ。


 武術に秀でた者は火の国に徴兵されて行くと、高い報酬が支払われていた。

 とはいえ、日々命懸けの戦いである。金に命ほどの価値があるかどうかは人それぞれだ。


「まあ、勇者さまの話だけとは言え、歴史に興味を持つのは悪いことではないからな」

「けど、最近の本はどれもこれも表現が大袈裟だったり、勇者さまの見た目を勝手に決めつけて書いてるものが多くて複雑だよ」

「はははッ、ジュードは勇者さまの容姿は気にならないのか?」

「気にはなるけど、勝手に固定してほしくないっていうのがファンの心境かな。一番最初に勇者さまの物語を書いたっていうグラナータ博士は、読み手の想像に任せるつもりで敢えて容姿については触れなかったそうなのにさ」


 クレーマーよろしく不満を洩らすジュードに、ジス神父は愉快そうに声を立てて笑った。

 ジュードのように『勇者』に憧れを持つ者は少なからず存在はするが、それは大体が彼よりも随分と幼い少年ばかり。

 十七、十八歳ほどになる彼がこのように勇者に対する憧れを強く持っているのは、極めて珍しいこと。

 小さい頃は勇者に憧れていても、歳を重ねるにつれて現実を見るようになる者がほとんどなのだから。


 そこで、ジス神父は思い出したように軽く手を叩き合わせると、教卓の中から平らな紙袋を取り出した。


「そうだ、ジュード。グラナータ博士で思い出した、これをウィルに渡してくれ。あいつが読みたがっていた本が手に入ってな」

「え、本当? ウィルのことだからどうせまた小難しい本だろうけど……ありがとう、渡しておくよ」


 ウィルとは、ジュードが一緒に暮らしている彼の兄代わりの青年のことだ。

 彼はこのジュードとは対照的で非常に博識である。そんな彼が好む本は、難解な文字がいくつも並び、見るだけで頭痛がしてくるほど。


 本を受け取ったジュードは、そのまま窓の方に視線を投じる。

 空の色はすっかり橙色に染まり、今日も太陽が山の向こう側へと隠れようとしていた。

 部屋の隅に置いていた鞄を担ぐと、神父に別れを告げるべく身体ごと向き直る。


 しかし、そんな時。

 突如、外から女性の悲鳴が聞こえてきた。


 ジュードは弾かれたように振り返ると、頭で考えるよりも先に意識を集中させて声の出どころを探る。


「ジュード! 今の声は……!?」

「神父さま、ちょっと行ってくる。村の外からだ!」

「う、うむ、わかった。気をつけるんだぞ!」


 早口にそう告げて駆け出していくジュードの背を見送り、ジス神父は心配そうに目を細めた。



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