カミラとルルーナ
「そう、ジュードはもう……」
夕食の時間まではまだ少しあるらしく、取り敢えずカミラとルルーナは時間が来るまで部屋の中で大人しく囚われの少女を演じることにした。室内には、軽く見ただけでも三十人近い少女たちがいる。彼女たち全員を守って無事に館から出られるのか――ルルーナはどうにも不安だった。
そんな中、カミラからここに至るまでの話を聞いて、尚のことその表情は曇る。ジュードが殺されてしまった以上、母の願いを叶えることはできない。そして、母の願いが叶わないということは、父が家に戻ってくることもないわけで。
一方で、純粋にジュードの死を悲しんでいると思ったのか、カミラは表情を曇らせるルルーナを横目に見遣るとぐっと固く拳を握る。
「(絶対にあの男を許さない、ジュードの仇はわたしが討つ……!)」
カミラは今まで戦線に加わることはしなかったが、それは彼女が扱う魔法属性のためだ。マナのように様々な属性魔法を扱えるわけではないカミラが唯一使えるのは、光属性の魔法だけ。
光魔法はヴェリアの民しか扱えない特殊な属性であり、光属性の魔法を使う様を見せるということは、カミラがヴェリア大陸からやってきた者であることの証になってしまう。
だが、こうして魔族が現れてしまった以上はそんなことも言っていられない。やらなければ死ぬだけ。幸い魔法封印の効果時間はそれほど長くない。光魔法を何発かぶつけてやれば、カミラなら吸血鬼を撃破できるはずだ。
込み上げる憤りと憎悪を無理矢理に胸のうちに押し込めて、カミラは何度か深呼吸をすると改めてルルーナを横目に見遣る。
「ねえ、ルルーナさん。体調はだいじょうぶ?」
「……どうして?」
「具合が悪い時って人恋しくなるでしょ? だからかな……タラサの街で、ルルーナさんが少し寂しそうに見えたの」
あれは、買い出しを終えて合流した直後のことだ。マナとカミラが半ば無理矢理に着替えさせられて、お祭りに参加することになった時。ルルーナはさっさと宿の方に引っ込んでしまった。
あの時、マナは激昂していたが、カミラはルルーナが寂しそうに見えたことが気がかりだった。
すると、ルルーナは壁に背中を預けて寄りかかりながら、気だるげに視線を中空へと投げる。
「別に、体調はもう問題ないわ。二度と船なんてごめんだけどね。あの時は……浮かれた雰囲気が嫌だったのよ、祭りなんて大嫌い」
「お祭りが嫌いなの?」
「……昔は好きだったわ、あの雰囲気も、騒ぐのも。今は思い出したくないことを色々思い出すから嫌なのよ。家を出て行ったお父様のこととかね」
さらりと告げられた言葉に、カミラは瑠璃色の目を丸くさせてぱちぱちと数度瞬きを打つ。ルルーナはそんな彼女に目を向けることはしないまま、どこか遠くを見つめるように紅色の目を細めた。
普段なら決して見せることのない胸のうちを少しだけ晒そうと思ったのは、この後に待つ作戦への不安か。
失敗すれば恐らく死が待っている。最悪の結末になる前に、誰でもいいから話しておきたかったのかもしれない。そこまで考えて、ルルーナはふっと自嘲気味に薄く笑った。
「グランヴェルにも季節ごとに色々なお祭りがあるわ、小さい頃はお父様に肩車をしてもらいながら参加するのがとても好きだったのよ」
「……お父様は、どうして出て行ったの?」
「知らないわよ、それがわかれば苦労しないわ。子供にはわからない何かがあったんでしょ」
実際、ルルーナは父が家を出た理由を知らない。
母ネレイナに何度か聞いてみたことはあるが、にこりと優しく笑うだけで何も教えてはくれなかった。それが、娘に心配をかけまいとする親心だったのか、それとも女のプライドだったのかは不明だが。
カミラはしばらくルルーナを横目に見ていたが、やがて立てた両膝にそっと顎を乗せると静かに目を伏せる。
「……でも、ちょっと羨ましい」
「はあ?」
「わたし、お父様もお母様もいないようなものだから」
カミラのその言葉に、一度こそルルーナは不愉快そうに眉を顰めて彼女を見遣ったが、続く言葉を聞けば喉まで出かかった文句も自然と引っ込んでいく。生き物にとって、両親を知らない方が幸福なのか。それとも、わずかにでも親の記憶が残っている方が幸福なのか。
どちらも答えなど持ち得ていないが、それ以上はカミラもルルーナも何も言わなかった。
両者の間に沈黙が落ちて、数拍。
やがてカミラは座っていた床から立ち上がると、衣服についた埃を軽く叩き払ってからルルーナに片手を伸べる。
「ルルーナさん。必ずみんなで、生きてここを出るの」
「……え?」
「そして、今度はわたしとお祭り回ろう? どこのお祭りでもいいから」
カミラの言葉に、思わずルルーナは軽く目を見開いた。
暫し瞬きも忘れたように彼女を見つめて固まっていたが、やがてふと――薄らと口元に笑みを浮かべる。
「(……確かに、生きてここから出るのは大事。だけど……)」
カミラの言うように、生きて館から出るということには全面的に賛成だが――、
「(ジュードが死んでしまったんじゃ、どうしようもないわ。お母様になんて報告すればいいの……?)」
彼女は元々、母のためにジュードと共にいたというだけ。本来の目的だった彼が死んでしまったのなら、彼女の目的は達成できないのだ。
ルルーナは一度静かに顔を伏せて、唇を噛み締める。落胆する母の姿を想像すると、胸が張り裂けそうな想いだった。
しかし、嘆いてばかりもいられない。今はとにかく、この館を無事に脱出することが最優先だ。
半ば無理矢理に思考と意識を切り替えて、ルルーナは顔を上げるとカミラのその手を取って立ち上がった。




