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ジュードとエイル


 宿の一室を後にしたジュードたちは、ロビーから聞こえてくる怒声に気付き、階段の踊り場からそちらを見下ろした。見ればカウンター前の広く造られた一角で、街の男たちがエイルともう一人の兵士を取り囲んでいる。ジュードは目を見張り、足早に階段を降りていった。



「何がエリートだ、情けない野郎だぜ!」

「そうだそうだ、これだから都の兵士ってのはアテにならねぇんだよ!」



 街の男たちは、今にもエイルに掴みかからんばかりの勢いと剣幕で口々に文句を連ねている。ジュードは慌てたようにその輪に歩み寄ると、思わず声をかけた。



「あ、あの、何かあったの?」

「ああ、兄さん。身体は大丈夫なのかい?」



 すると、男たちはジュードに向き直る。当のジュードは向けられた問いに頷いた後、彼らとエイルとを何度か交互に見遣った。近くにいた男がそんな様子を見て不機嫌そうに鼻を鳴らすと、吐き捨てるように呟く。



「エリートだかなんだか知らないが、こいつは魔族を見てガタガタ震えてやがったんだ。いつもデカい態度で俺たちを見下すクセによ、とんだ臆病者だぜ!」

「う……うるさい! うるさい、うるさいっ!」



 ジュードはそこで、先ほどの戦闘風景を思い返す。確かに、エイルはウィルについて来ていたが参戦はしていなかった。戦闘に必死でほとんど気付かなかったが。


 やや遅れて階段を降りてきたウィルとマナは宥めようもなく状況を静観するが、二人には街の男たちの憤りがわかるような気がした。今の今まで散々自分はエリートだと豪語していたのに、いざ敵を前にしたら怖くて震えていただなんて。文句を言いたくなるのも当然だ。


 すると、エイルは元々の高過ぎるプライドを刺激されたらしく、顔を怒りで朱に染めながら声を張り上げた。



「うるさいんだよ! 僕はお前たちみたいなどうでもいい存在じゃない、エリートなんだ! 僕に何かあれば国全体の損失になるんだぞ!」



 エイルが感情のままに放った言葉は、その場に居合わせる者たちの怒りを煽るだけだった。いよいよ本格的に、男たちはエイルに対して敵意と嫌悪感を示し始める。殴ろうというのか、ジュードの近くにいた腕っ節の強そうな男が指を鳴らしながら彼に近付くのを見て、ジュードはその男の肩を掴んで止めた。


 当然、男は納得いかないと言いたげな表情でジュードを振り返ったが、当のジュードは何も言わずにエイルの正面まで歩み寄ると、彼とまっすぐに向き合う。


 ――直後、



「……え……」



 ロビーにひとつ、乾いた音が響いた。ジュードがエイルの頬を平手で打ったのだ。


 それにはさすがのウィルやマナも――憤りを前面に押し出していた男たちも、驚いたようにぽかんと口を開けて状況を見つめるしかなかった。エイルは暫し呆然としていたが、やがて叩かれた箇所を片手で押さえながらジュードを見る。

 信じられない、何をされたかわからないと言いたげな様子で。



「……なんで叩かれたか、わかってるか?」



 ジュードが重い口を開いて問いかけても、エイルは呆然としていた。聞こえてはいるけれど頭が追いついてこない、そんな状態だろう。



「どうでもいい存在って、なんだよ」

「ジュード……?」

「ここにいる人たちは、どうでもいい存在なのか?」

「だ、だって、そうでしょ……? こんなやつら、何の役に立つって言うのさ……! いつだって助けて助けてって他力本願で、文句ばっかりで……!」



 当たり前のように返る言葉に、そこでようやくジュードは表情を歪ませた。曖昧なものではなく、明確な怒りが滲む表情を見てエイルは怯えたように肩を跳ねさせると、何か言われるよりも先に声を上げた。



「そ……っ、そんな顔しないでよ! 優しくしてくれないジュードなんて――!」

「嫌えばいいよ」



 それは、エイルなりの自己防衛だ。傷付くのが嫌だからこそ、先に癇癪を起こして相手を黙らせる、自分が正しいのだと言うように。ジュードも、今まではそれ以上何かを言うことはしてこなかった。


 だが、今回ばかりは違う。大人しくなることはせず、被せるように静かに一言を放った。すると、エイルは驚愕に目を見開いたままジュードを見つめるしかできなかった。



「オレは、エイルのことを友達だと思ってるよ。だから言うんだ。友達なら、ダメだと思った部分はちゃんと伝えないと」



 エイルはこの水の国の貴族であり、エリートだ。今まで、命令すればほとんど誰もが言うことを聞いてくれた。


 だからこそ、自分の思い通りにならない現実が理解できず、受け入れることもできずにいる。育った環境が彼をこうまで歪めてしまったのだと思えば、いっそ哀れでもあった。



「エイル、お前が宿に泊まった時に雨風をしのげる場所があるのは誰のお陰だ? 食事をしようと店に入った時、注文するだけで温かい飯が食えるのは誰のお陰なんだ?」

「……」

「誰かが、そこにいてくれるからだ。宿を提供してくれる人がいて、野菜を作ってくれる人がいて、食べ物を運んでくれる人もいて。……お前は、お前の知らないところで多くの人に支えられて生きてるんだぞ」



 それでも、まだ何か言いたそうな表情を浮かべるエイルに構うことなく、ジュードは早々に踵を返す。言葉はなくとも「行こうぜ」と片手を緩く上げることで促すウィルに頷き、そちらに足を向けた。

 数歩進んだところで改めてジュードはエイルを肩越しに振り返ると、最後に一言付け加える。



「……なあエイル、お前は確かにエリートかもしれないけどさ。この世にどうでもいい存在なんか、いないんだよ」



 その言葉がエイルにどう届いたかはわからないが、ジュードがそれ以上彼を振り返ることはなかった。



 * * *



「さ~て、気分もスッキリしたところで吸血鬼退治といきましょ!」

「ああ、張り切ってな!」



 宿を後にするなり先んじて馬車へと歩き出したマナを見遣り、ウィルはその後に続きながらジュードに目を向けた。



「なあジュード、お前……身体は大丈夫なのか? 魔法の直撃喰らったのに……」

「特に問題はないみたいだけど……あれから、日は跨いでないんだよな?」

「ああ、約二時間前後。もちろん日は跨いでない」



 いつもなら魔法を受けた後、すぐにジュードは特異体質のせいで高熱を出して寝込んでしまう。だが、今回は熱もなければ身体の不調さえ出ていなかった。ウィルは不可解そうに首を捻り、ジュードもまた不思議そうではある。しかし、不調がないのなら幸いだ。


 今は何としても、囚われた者たちが毒牙にかかる前に助け出さねばならない。ジュードは頭から余計な考えを追い出した。



「不調がないならそれでいいさ、考えるなら後で考えよう。今はカミラさんたちのことが先だ」

「ああ、そうだな。けど……無理はするなよ」



 多少の気掛かりは残しつつ、ウィルも自らの頭から余計な考えを追い払う。そして、いつものように一声かけると、ジュードはしっかりと頷いた。



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