タキシードの男
宿の部屋を取った後、ジュードはウィルやエイルと共に武器防具屋に足を運び、マナは単身で道具屋へと向かった。
水の国は魔術師が数多く存在する国である。そのため、店で取り扱っている商品も魔術師用のものがほとんどだ。
武器は杖やメイス、防具はクロークやローブがズラリと並ぶ。いずれも、前線で戦うジュードやウィルには向かない装備。見たところ、彼らが求める鉱石もこの店では取り扱っていないようだった。
ジュードは棚から一枚マントを手に取ると、感触を手の平や指で確かめる。外側こそごく普通の生地だが、裏地には羊毛がしつらえてある。とても暖かそうだ。
水の国は一年を通して比較的寒い国である。ジュードは手にしたマントを暫し眺めていたが、やがて棚に戻した。どうせ暖かい装備を整えるのなら、王都で揃える方がいいだろう。各国の王都には、いずれも腕のいい職人が集まっていることが多い。
自分たちに合う装備を調達できない以上は長居をしても仕方ないかと、ジュードはウィルを振り返った。当のウィルも同じ考えだったらしく、出ようと口を開きかけた――その矢先。
「うわッ!」
「な、なんだ!?」
不意に、店の外から悲鳴が聞こえてきたのだ。それと同時に木箱や、樽か何か――木製のものが爆ぜるような音も。
ジュードとウィルは同時に窓に目を向けたが、この場所から見えるものは特に何もない。込み上げるもどかしさにジュードは舌を打ち、出入り口へ駆けると勢いよく扉を開けて飛び出していく。
「お、おい! ジュード、待て!」
ウィルはそんな彼の後を追って店から駆け出し、エイルも慌てて二人の後を追いかけた。
店の外に飛び出したジュードは、住民たちが逃げてくる方へと全速力で足を向かわせる。青い顔で逃げる者たちと正面衝突しないよう気を付けながら、まっすぐに視線を向けて一目散に駆け出した。
程なくして見えてきたのは、街の出入り口だった。そこは、先ほどカミラやルルーナと別れた場所だ。逃げ遅れたのか腰を抜かしたのか、そこにはまだ数人の街人が残っていた。
ある者は腰を抜かして情けなく尻で後退し、ある者は竦み上がったように佇んだまま震えている。またある者は棍棒と盾を手に持ち、怯えながら攻撃の機会を窺っていた。
ジュードは彼らを確認しつつ、その視線を辿る。すると目を向けた先には、つい先ほど聞いた情報通りの――真っ昼間からタキシードをきっちりと着込む長身の男が立っていた。
「(あいつが、おじさんたちが言ってた例の……?)」
男は黒いタキシードの下に白いシャツを纏い、首元には金に輝くタイを付けている。見た目はごく普通の紳士スタイルだ。やや癖っ毛の黒髪はショートで、肌は病的なまでに白かった。瞳は血のように赤く、顔立ちは気味が悪いほどに整っている。
そんな男に対し、街の男たちが叫ぶ。
「テメェ! 娘たちをどこに連れて行きやがった!」
その怒声を聞き、男は薄く笑った。住民たちの神経を逆撫でするようにわざとらしい口調で敬語を紡ぎ、目を細める。
「ご安心を、私の館で楽しくやっていますよ。このような街で暮らすより私の館で過ごす方が彼女たちも幸福でしょう」
「ふざけるな! 娘を返せ!」
「やれやれ、喧しいものですねぇ……」
男が住民たちへ指を向けると、爪の先に青白い光が集う。次の瞬間、眩い輝きを放ち始めるのを見てジュードはマズいと咄嗟に思った。頭でどうするか考えるよりも先に身体が動く。ジュードが駆け出すのと男の指先から魔法が放たれるのは、ほぼ同時のこと。
光が飛散し、二人の住民の足元に青白い魔法円が広がる。地中から勢いよく氷の刃が突き出す『ペイルセリオン』ーー氷属性の中級攻撃魔法だ。初級どころか中級クラスの魔法、無抵抗な住民たちが直撃を受ければ命が危ない。無数に突き出す地面からの氷柱が身体を貫く危険性だって、充分過ぎるほどにあるのだから。
ジュードは間に合わないと踏み、思い切り地面を蹴って跳んだ。両手を左右に広げ、飛びかかる勢いそのままに住民二人へ体当たりをかます。両腕それぞれに男たちを抱えるようにぶつかると、受け身を取ることも考えず、勢いで二人を突き飛ばした。
地面に勢いよく転がったその直後、後方では無数の氷柱が地面から突き出してきた。間一髪、回避することはできたようだ。
辛うじて直撃を逃れた住民二人は、こちらも満足に受け身も取れず、何があったのかと目を白黒させるばかり。突き飛ばされた際にぶつけた鼻先や額を押さえるが、陽光を受けて光る氷柱が地面から突き出しているのを確認するなり、泡を食ったようにジュードの後ろに隠れた。
ジュードは男に目を向けると、眉を寄せて睨み付ける。
「いきなり何をするんだ!」
「ほう、これはお見事です。よく私の魔法を避けれましたねぇ」
そこへ、ジュードを追いかけてきたウィルとエイルが合流する。
エイルは地面から突き出したままの氷柱を見て思わず足を止めるが、ウィルはそれには目もくれずジュードの傍に駆け寄り、身構えながら男を見据えた。ウィルにとっては状況把握も大切だが、まずは仲間の安否が第一なのだ。
「ジュード! ……騒ぎの原因はこいつか?」
「ああ、こいつ……ただ者じゃない。気を付けろ、ウィル」
自分を見据える睨むような視線に何を思うのか、男は口角を引き上げて上機嫌そうに笑った。




