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小川の街クリークでの行方不明騒動


 関所を北上したジュードたちは、クリークというひとつの街に到着した。

 移動に時間をとられるだろうと覚悟はしていたのだが、関所からエイルともう一人の兵士が同行することになり、クリフの時と同じく馬車を出してくれたため随分と時間短縮になった。


 そうして行き着いた水の国最初の街が、このクリークだ。街を流れる水が非常に綺麗で澄んでいることから、小川を意味する名が与えられた小さな街。ジュードも仕事で水の国を訪れた際は、休憩に立ち寄ることが多い場所でもある。

 しかし、馬車を降りたジュードは街の様子に怪訝そうな表情を浮かべた。



「……あれ? この街、こんなに寂れてたか……?」



 彼の記憶にあるクリークの街の風景は、長閑なものではあれど、人々が辺りを行き交う楽しげな雰囲気の漂う街だった。


 だが、現在目の前に広がる街の風景はと言えば、人の姿は疎らで草花も枯れていたりと、楽しげな雰囲気の欠片もない。ただただ寂れていて、哀愁さえ漂っているほど。

 ちらほらと窺える住民は中年の男性がほとんどで、妙なほどに女性の姿が見えない。その男性たちも元気がなく、顔も目も死んでいるように見えた。



「街から女が消えてるそうだよ」

「え?」



 エイルの言葉にジュードは思わず彼を振り返る。どういうことなのか事情を問おうとしたのはジュードだけではなく、その場に居合わせる面々、皆一様に気掛かりのようだった。


 しかし、その疑問を口にするよりも先に、街の住民たちが集まってくる。ジュードはエイルから視線を外して彼らを見遣るが、その表情は誰もが必死なものだった。縋るような視線と表情、中には今にも泣き出してしまいそうな者もいる。その中の一人の男性がエイルに歩み寄り、彼の腕を掴んだ。



「あんた、都の兵士さんだよな!? 頼む、頼むよ、娘を助けてくれ!」

「うるさいな、お前たちなんかに構ってられないって言ってるだろ! 僕たちは忙しいんだ!」



 しかし、エイルは煩わしそうに男性の腕を振り払い、怒声さえ飛ばす。男たちは絶望の色を滲ませる者、怒りを浮かべる者と様々だ。ジュードは彼らの様子やその口から出た言葉にただ事ではないことを悟り、代わりに声をかける。



「おじさんたちどうしたの? 娘を助けてくれってのは?」

「ジュード、聞くことない!」

「お前、少し黙ってろよ」



 どこか不貞腐れたようにジュードの肩を掴むエイルの襟首を、ウィルが鷲掴みにして後ろへと引っ張る。男たちは最初こそ不思議そうにジュードたちを眺めていたが、先ほど腕を払われた男性が静かに口を開いた。



「街の娘たちがいなくなっちまったんだ……」

「娘さんたちが?」

「少し前に北西の森の中に不気味な館ができたんだが……それからというもの、街からは娘が次々いなくなっちまって……」

「偶然とかじゃないんだよな?」



 憔悴した様子で呟く男の言葉にジュードとウィルは互いに顔を見合わせ、後ろではマナやカミラが心配そうに表情を曇らせた。まだ体調が完全ではないところに馬車の揺れも加わったせいか、その更に後ろにいるルルーナの顔色は依然としてあまりよろしくない。


 ウィルが念のために確認を向けると、周りの男たちは次々に声を上げた。



「ああ、偶然なもんか! あれができてから、街には妙な男が現れるようになったんだ!」

「真っ昼間からタキシードを着込んでる変な男でよ、こんな小さい街にはエラい不釣り合いなんだ」

「ウチの娘は、あの男に(たぶら)かされていなくなったんだよ!」



 館ができてから出没するようになったタキシードの妙な男。恐らく、その男が絡んでいるか、何か知っている可能性は高いだろう。



「ジュード、どうするの?」

「その館に行ってみよう。家族がいなくなったんだ、心配になるのは当たり前だよ」

「寄り道にはなるけど、こっちも人命がかかってる可能性もあるしな」



 ジュードには、特に考えるような時間も必要ではなかったらしい。マナからの問いかけに躊躇いもなく頷くと、即座に返答を告げた。傍らにいたウィルも本来の目的こそ失念してはいないが、同じ考えのようだ。


 しかし、そこでウィルが心配になるのはルルーナのこと。完全に乗り物酔いしているだろう彼女を連れていくのは気が引ける。ただでさえ「女性」が絡んでいるような騒動だ、ルルーナとカミラにはこの街で待っていてもらった方がいいかもしれない。



「……じゃあ、取り敢えず宿を取って支度してから行こうぜ。北西の森って言うとフォンセの森だ。あそこは下手をすると迷うからな、準備は万全にしていった方がいい」

「そうね、帰ってきたらすぐ休みたいし……」



 見るからに憔悴している男性たちを見れば、意地でも行方不明となった女性たちを見つけなくては、と使命感のようなものさえ感じる。娘の安否が心配で満足に眠れていないのだろう、少しでも早く安心させてやりたかった。



「ウィル、マナ。早く支度を済ませて、その館に行ってみよう」



 ジュードの言葉に、ウィルもマナもしっかりと頷き返した。ぺこりと頭を下げてその場を後にする街の男たちを見送ると、そこでやはり声を上げるのはエイルだ。拳を震わせて、逆手でジュードの肩を掴む。



「ジュードっ! なんであいつらの頼みを引き受けるのさ!」

「なんでって……逆に、エイルはなんでおじさんたちの頼みを聞きたくないんだ? あんなに困ってるのに……」



 理由を問われてジュード困ったような面持ちで振り返り、マナは怪訝そうな表情を滲ませた。ウィルは「またか」と自らの前髪を軽く掻き乱す。


 正直ジュードには、なぜエイルがそこまで怒るのかがわからなかった。人の頼みを聞くことがそんなに悪いことなのかと疑問さえ抱く。ましてや、彼はこの水の国を守る兵士だというのに。そんなジュードの心情を知ってか知らずか、エイルは「ふん」と鼻を鳴らすと吐き捨てるように答えた。



「だって、僕はエリートだ。あんなの、エリートの僕が聞いてやるような頼みじゃない」



 当たり前のように返った言葉に、ウィルもマナもあからさまに嫌悪を表情に乗せる。ジュードは眉を顰め、無言でエイルを見据えた。エイルにとってウィルやマナは気にならなくとも、ジュードだけは別だ。怒りとも嫌悪とも多少異なる――やるせなさを宿すような彼の視線に小さく肩を跳ねさせて、その顔色を窺った。



「……エリートなら、人助けしてやれよ」

「ぼっ、僕はエリートなんだ! こんなのは落ちこぼれの兵にでも言えばいい!」



 最早話す時間さえ無駄と感じたらしく、マナはさっさと街の奥の方へと歩き出し、ウィルも「行くぞ」とジュードに一声かけてからその後を追う。



「カミラさん、ルルーナ、ちょっと待ってて。宿の部屋あいてるか見てくるから」

「う、うん、わかった」



 ジュードはカミラとルルーナに一声かけてから、彼もまた先に行ったウィルとマナを追いかけて街中へと駆けていく。エイルは暫しぽかんと口を開けて彼らを見つめたが、すぐに我に返り後を追いかけていった。



「……はあ」



 ルルーナはそんな光景を見守った後、疲れたように近くのベンチに腰を落ち着かせる。

 なんとなく、生ぬるい嫌な風が吹いていた。



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