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入国の裏側で


 翌日、朝早くタラサの街を発った一行は、街道沿いをまっすぐ北上していく。北には風の国ミストラルと、水の国アクアリーとを繋ぐ関所がある。ジュードやウィルが配達で水の国に行く際には、いつもこの関所を通っていた。


 程なくして見えてきた関所には、数多くの兵士の姿が窺える。そのいずれも水の国アクアリーの兵士らしく、こちらを見つけるなり片手に持つ槍を突き出してきた。

 メンフィスは彼らに必要以上には近寄らず、やや距離を空けて立ち止まる。



「私は火の国エンプレスから来たアイザック・メンフィスと申す、水の国への入国を願う」

「火の国だって……!?」

「そうだ! あのおっさんの顔、見たことあるぞ!」



 メンフィスの言葉に、関所を守る兵士たちは皆一様に難色を示す。

 無理もない、メンフィスが命令したわけではないにしても、水の国アクアリーは争いを好まぬ平和主義者が多いにもかかわらず、女王アメリアはそんな彼らを数多く徴用した張本人である。水の国の民が火の国の者を快く思わないのは当然だった。


 兵士の中から、水色のショートヘアの少年兵が一人歩み出てメンフィスへと近付く。歳は十四、十五歳程度だろう。ジュードやマナよりも幼い印象を受けた。



「断る、火の国の者を我が国に入れるわけにはいかない!」

「……」

「火の国は野蛮人の国だ! 神聖なる水の国への入国は認めない!」



 少年は表情に明確な怒りを宿して、メンフィスへ怒声を飛ばす。それに倣い、周囲にいた兵士たちからも次々に非難の声が飛んだ。メンフィスとて懸念していることだったが、こうまで取りつく島もない状況に陥るとは。


 困り果てたようにメンフィスが頭を掻くと、後方から声がかかった。



「あれ、エイル?」

「えっ……? ……ジュード!?」



 後方に控えていたジュードが、兵士の中に覚えのある姿を見つけて声をかけたのだ。

 メンフィスは肩越しに彼を振り返り、エイルと呼ばれた少年は驚いたように目を丸くさせて声を上げる。だが、次の瞬間にはジュードとメンフィスとを交互に眺めた末に、サッと青ざめた。

 そうして、メンフィスの脇をすり抜けてジュードの真正面まで歩み寄るなり、鬼のような形相で詰め寄る。



「ジュード……なんで火の国のやつなんかと一緒にいるんだよ!?」

「おい、ジュード。誰なんだ、この駄々っ子は」



 ウィルはジュードの傍らに歩み寄ると、今にも噛みつきそうな勢いのエイルを怪訝そうに眺めながら声をかける。大丈夫だと思ってはいるが、弟分が憤りのままに殴られでもしたら大変だ。いつでも間に入れるように警戒しつつ、睨みを利かせてくるエイルを見返した。



「こいつはエイルって言って、水の国の王都に住んでるんだ。前に仕事で行った時にちょっと仲良くなってさ」

「お前、変に顔広いのな」



 ジュードは仕事であちこち走り回ることが多かった。このエイルとも、配達や材料調達などで何度か顔を合わせて親しくなったのである。



「エイル、オレたちは仕事で……今は火の国に住んでるんだ。今日は、前線基地の人たちのために必要な鉱石を調達する用で来た。頼む、通してくれ」

「火の国なんかに住んでるの……!?」

「……ああ。頼むよ、前線基地の状況が思わしくないんだ。魔物が強くて、毎日多くの人が死傷して――」

「火の国のやつらなんか、みんな死んじゃえばいいんだ!」



 ジュードが改めてエイルに頼み込もうとした矢先、言葉途中に出た怒声にジュードのみならず、その場にいた誰もが絶句した。マナは明らかに不快を表情に滲ませてウィルの傍らに並ぶと、激昂するエイルに言葉を向ける。



「な、なんてこと言うのよ! 火の国には水の国の人たちも行ってるんでしょ? 前線基地で一緒に戦ってるはずじゃない! その人たちのことまで見捨てるつもり!?」

「うるさいっ! それもこれも、あの女王が無理矢理決めたことじゃないか! 戦いたいなら自分たちだけでやればいいだろ、関係ない国まで巻き込むな!」



 昨日、メンフィスが懸念していた通りの状況だ。しかし、だからと言ってこちらも引き下がるわけにはいかなかった。



「エイル、前線基地で魔物を防げなければ水の国もいつか危険に晒される、そうなってからじゃ遅いんだ、……頼むよ」



 もしも前線基地が魔物により壊滅することになれば、凶悪な魔物たちは次に火の国全土を滅ぼし、勢いをつけて世界中に広まっていくだろう。そうなれば、風の国ミストラルや水の国アクアリー、更には完全鎖国を貫く地の国グランヴェルも無事では済まない。ジュードの言葉にエイルは暫し唸っていたが、やがてメンフィスを一瞥してから呟いた。



「……わかった、ジュードがそう言うなら……でも、その男だけはダメだ。ジュードたちだけなら通す」

「エイル!」

「そんな目で見ないでよ! 優しくしてくれないジュードなんて嫌いだ!」



 そう怒鳴ってエイルは俯き、ジュードは困惑して眉尻を下げた。エイルのその様は、まるで叱られるのを待つ幼子のように見える。


 ウィルとマナは改めて何か言おうとはしたのだが、それよりも先に入国を拒否されたメンフィスが口を開いた。ジュードの傍らに歩み寄り、そっと彼の肩に片手を置く。



「ジュード、やはり今回ばかりはやむを得ん。ワシはタラサの街でお前たちの帰りを待っているとしよう」

「……メンフィスさん」



 確かに、メンフィスが入国を拒否されたからと諦めるわけにはいかないのだ。ジュードたちだけならば通すと言うのなら、その言葉通り彼らだけでも行かなければならない。



「……はい、必ず鉱石を調達して戻ってきます」



 しっかりとしたその返答に、メンフィスは目を細めて優しく笑った。



 * * *



 ほとんど明かりの灯らぬ古びた洋館に、けたたましい笑い声が響き渡る。風の国と水の国の暗い場所に出没する、肉体を持たない魔物――ゴーストだ。

 ゴーストの群れは逃げ惑う一人の女性を追い回しながら、そろって笑い声をあげた。



「ケケッ! ケッケケケケ!!」

「いやぁ! 来ないで!」



 満足に視界も利かない暗闇の中を、少女は何度も足をもつれさせながら洋館の出口を求めて必死に走る。ゴーストの群れは、そんな彼女に決して仕掛けることはせずにただただ追い回していた。この群れの目的は、彼女を殺すことではなく、その恐怖を極限まで煽ることだ。


 程なく、少女は壁に激突した。両手で何度も壁を叩き、必死に助けを求めて声を張り上げる。彼女が激突したそこは壁か、それとも扉だったのか。ほとんど視界が利かないせいで、それさえわからない。



「開けて! 誰か助けて! ここを開けてえええぇ!!」



 恐怖一色に支配されたその叫びに応える者は、誰もいなかった。

 ――ただ一人を除いては。



「おや、もう鬼ごっこは終わりですか?」

「ひ……ッ!」

「みなさん鬼ごっこがお下手なんですねぇ、それとも私のために手を抜いてくださっているのでしょうか」



 少女が逃げてきた通路の奥からは、男の声が聞こえてきた。どこか耳に心地よい優しい声だが、少女はびくりと大きく身を跳ねさせると壁に背中を押し付ける。それ以上は退()がれないとわかっていても、恐怖に支配された身は退路を求めて悪あがきをやめない。


 少女の目の前まで歩いてきた男は――タキシードに身を包む小綺麗な男だった。


 次の瞬間、洋館には恐怖と絶望に染まった悲鳴が轟いたが、それは闇に呑まれ、誰の耳に届くこともなかった。



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