新しい戦い方
タラサの街に入港する頃には太陽はすっかり空に姿を現し、今日もまた一日が始まっていた。
港街ということもあり、港には多くの漁師と漁船の姿が見える。
船を降りたジュードたちはそのまま街中へと足を向けたのだが、街の至るところには幕に覆われた露店が数多く窺える。
どうやら、このタラサの街では今日も何かしらの祭りが催されるようだ。
「今日は何の祭りなんだろうなぁ」
「さあ……どっかの子供が試験でいい点取ったとか、どこそこのカップルがやっと結ばれた記念とか、何かにつけて理由引っ張り出してきて騒いでるからな」
「お祭りがあるの?」
ジュードやウィル、マナにとっては慣れた雰囲気だが、初めて訪れる者にしてみればそうでもないのだろう。
カミラもメンフィスも、物珍しそうに辺りを見回している。
船の揺れに結局最後まで慣れなかったルルーナだけは、げんなりとした様子で項垂れているが。
そんな中、カミラから向けられた疑問に、ジュードは足を止めることなく肩越しに彼女を振り返った。
「うん、風の国はどこもこんな感じだよ。よくお祭りやって騒いでるんだ」
「こういう雰囲気だと結構安売りしてるから、必要なものとかついでに見ていこうぜ。食糧と……あとは薬類なんかも。水の国は毒持ってる魔物とか多いからさ」
現在の時刻は朝の七時手前くらいだ。
早いところなら営業している店もある。
食材は主に料理を担当することの多いマナを筆頭に、他に街の案内も含めてウィルと、あとはカミラ。
ジュードはメンフィスと共に、武器防具屋に。
ルルーナは現在進行形で絶不調のため、噴水広場で休むことに。
街の上空では、海鳥が元気よく鳴きながら気持ちよさそうに飛び回っていた。
* * *
武器防具屋に足を運んだジュードは、すっかり顔馴染みとなっている店主と軽く一言二言交わしてから店の商品を物色し始めた。
メンフィスは「剣」と口にしていたが、剣の種類は様々だ。
短剣、片手剣にレイピア、彼のように両手で扱う大剣など、大雑把に分けただけでも四種類ほどはある。
メンフィスが教えてくれるならやはり大剣になるのかと、ちょうど近くに飾られていたブロードソードをまじまじと眺めてみた。
ジュードの戦法はどちらかと言えば、ヒットアンドアウェイ――攻撃と同時に一旦距離を取って戦うスピード重視のスタイルだ。
そんな彼にとって、重量があり素早い切り返しの利かない大剣はやや相性が悪い。
片手を顎の辺りに添えて難しい顔で考え込むジュードに、メンフィスは怪訝そうな表情を浮かべると値札が付いたままの剣を横から差し出してきた。
「難しい顔してどうしたんじゃ、ジュード。ほれ、持ってみなさい」
「え?」
差し出された剣は――何の変哲もない、どこの武器屋でも必ずと言っていいほどに目にするショートソードだった。
剣とメンフィスとを交互に眺めるジュードに、当のメンフィスは愉快そうに声を立てて笑う。
「なんじゃ、大剣の方がよいか?」
「あ、いえ、メンフィスさんが教えてくれるならやっぱり大剣なのかなと思っただけで……」
「それではお前さんの持ち味が死んでしまうからな、やはり片手剣の方がいいだろう」
差し出された剣を受け取ると、そのまま数歩後退して握り込んでみる。
ショートソードならこうして手にしてみたことも少なくない、やはりどこにでも売っているごく普通の剣だ。
「……うん、じゃあ今日からは剣を使うようにしてみようかな。こっちの方がリーチ長いし……」
「む? 何を言っとるんじゃ?」
素早い切り返しだけで言うなら短剣だが、敵との間合いを考えるなら剣だ。
片手剣ならメンフィスの言うようにジュードの持ち味を殺すことなく、これまで通りの立ち回りができるだろう。
だが、次にメンフィスは陳列されていたダガーを手に取ると、それをジュードの左手に押し付けてきた。
「え?」
「ほれ、こっちも持ってみなさい」
「えっ、に……二刀流?」
「うむ、お前さんは器用だからな。特訓すればモノになるさ」
押し付けられたダガーを半ば反射的に受け取り、右手に剣、左手に短剣という形になった。
メンフィスの肩越しには、カウンターに軽く身を乗り出しながら「ふむふむ」と感心したような声を洩らす店主の姿も見える。
剣と短剣両方を使うなど、考えてみたこともない。
いくら器用と言っても、流石に無理があるのではと頭の片隅で思いはしたが、目の前で満足そうにうんうんと頷くメンフィスを見るとジュードには何も言えなかった。
* * *
「どうせなら、ガルディオンで見てきた方がよかったかもしれませんね」
結局断ることもできず、ショートソードとダガーを購入して店を後にしたジュードは、自分の腰にある真新しい剣に慣れない想いを抱きながら隣を歩くメンフィスに声をかけた。
魔物の狂暴化が特に激しい火の国、それも王都であるガルディオンには腕のいい鍛冶屋が数多くそろっている。
そんな彼らが手掛けた武器に比べれば、風の国の品はやや劣るのだ。
しかし、メンフィスはそんなジュードに頭を横に振ってみせる。
「いいや、最初は初歩的な武器の方がいいんだよ。変に気負わずに済むからな」
「そういうものですか?」
「ふふ、そういうものさ。慣れてきたら、ワシがお前さんに合う最適なものを見繕ってやろう」
などと、そう語るメンフィスは妙に嬉しそうだ。まるで、息子や孫と買い物をしているかのように。
何にしても、騎士団長たるメンフィスが指導してくれるのなら、今よりは確実に強くなれるだろう。
待ち合わせに指定した噴水広場に行き着くと、ジュードとメンフィスは花々に囲まれた噴水の方に足先を向ける。
そこには、休憩していたルルーナと食材を調達してきただろうマナたちの姿――
「……あれ?」
そこで、ジュードは思わず声を洩らした。
仲間の姿は確かにそこにある。だが、先ほど分かれた時とは明らかにマナとカミラの装いが異なっていた。
普段、マナはショートパンツにチューブトップ、その上に赤いポンチョを羽織っているし、カミラは裾広がりのワンピース姿だ。
それなのに、今はどちらも民族衣装のような独特な模様のワンピースを身に纏っていた。
ジュードとメンフィスは急いでそちらに歩み寄ると、思ったままの疑問をぶつける。
「マナ、カミラさんも。そのカッコ、どうしたの?」
「……それがさ、お祭りに参加していかないかって強引に着替えさせられちゃって」
「ルルーナの体調のこともあるだろ? だから、どうするかなと思って話してたとこだよ」
マナとウィルから返る言葉にジュードは苦笑いを浮かべ、メンフィスは溜息を洩らして軽く頭を垂れる。
時間短縮のために船旅を選んだのだ、お祭りに参加して遊びまわっている時間などジュードたちにはない。
だが、メンフィスは何事か考え込むような面持ちで黙り込むと、垂れた頭を上げて咳払いをひとつ。
「……まあ、ウィルの言うようにルルーナの体調のこともある。一日くらいならゆっくりしても構わんだろう」
「えっ、い、いいんですか!?」
「うむ、この街から関所までは目と鼻の先だ、構わんよ」
メンフィスの思わぬ言葉に真っ先に声を上げたのは、傍らにいたジュードだ。
彼は国のためにこうして旅に同行している。本音を言えば、すぐにでも発ちたいはずだ。
そんな彼から許可が出たのはあまりにも意外だった。
「……それなら、お言葉に甘えて私はゆっくりさせてもらうけど、お祭りなんて馬鹿馬鹿しいものに付き合う気はないわ、騒ぐならよそでやってよね」
「んなっ……!」
それまで噴水の縁に腰かけて黙り込んでいたルルーナは、吐き捨てるようにそう呟くと早々に立ち上がって、宿がある方へと歩いて行ってしまった。
マナは彼女のその言葉に文句を言ってやろうかと思ったが、それは隣にいたウィルに止められる。
「まあまあ、俺が行ってくるからマナはジュードたちと一緒に露店でも見てこいよ。宿の部屋も取らなきゃならないしな、買った荷物もついでに置いてくるよ」
「……うん」
それでもマナは幾分か不服そうにはしていたが、それ以上は特に何も言わなかった。
一方で、カミラは先に去っていったルルーナの背中をやや心配そうに見つめる。
彼女には、ルルーナがなんとなく寂しそうな顔をしているように見えたのだ。
それがどうにも気にかかった。




