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波に揺られて船の旅


 翌日、朝早くに王都ガルディオンを出発したジュードたちは、王都の北側に位置する港へと足を運んだ。


 独特の磯の香りに、空を自由に飛び回る海鳥、思わず心を洗われるような波の音。港に着いただけでジュードたちは目を輝かせていたというのに、船が出港すればその興奮は更に増した。陽光に照らされる海は宝石箱のようにキラキラと輝き、見る者の気分を自然と昂揚させていく。


 そして現在――出港してから約二時間。

 波に揺られながら、順調に目的地である港街へと向かっていた。



「ふむ、この調子だと明日の早朝には着けそうだな」

「そうですね、波も穏やかだし天候にも恵まれたし……よかったですよ」



 ゆったりと進む船の甲板で、メンフィスとウィルは地図を広げておおよその現在地と目的地を確認していた。これから向かうのは、風の国の最北に位置するタラサという小さな港街だ。


 このタラサの街は風の国と水の国とを分ける関所のすぐ近くに位置しており、ジュードやウィルも水の国に配達に行く際にはよく立ち寄って休憩していた。


 白いレンガ造りの街並みは港街にピッタリで、街の中央には海鳥が羽ばたく様を模したオブジェと、よく手入れされた花々に囲まれた噴水もある。風の国の者たちは基本的に陽気な者が多く、とにかく楽しいことや騒ぐことが大好きで、国のあちこちで頻繁に祭りが催されているほど。

 タラサの街も例外ではなく、祭りになれば街全体が軽快な音楽と歌声で包まれることをウィルはよく知っていた。



「うわ~! すっごーい! 海ってほんとに広いのね~!」

「身乗り出すのはいいけど落ちるなよ、マナ」



 声が聞こえてきた方にメンフィスとウィルが目を向けると、ハンドレールから身を乗り出すマナと、そんな彼女に念のために一声かけるジュードの姿。そのすぐ傍にはカミラの姿も見える。


 初めての船旅を全力で堪能するマナの様子にジュードは苦笑いを滲ませるが、こうして船に乗るのは彼とて初めてのことだ。その興奮も気持ちもよくわかる。



 ――ヴェリア大陸で不気味な光が目撃されてから、船の旅というものはこの世界の人々にとって「当たり前」ではなくなった。

 何隻もの船を出しても一隻も戻ってこなかったヴェリア大陸。その大陸は、火、水、風、地の四国に囲まれる形で世界中央に存在している。


 世界の西に風、東に地、北に水、南に火。

 各国の大まかな位置はこの通りだが、船で国から国へ移動しようとしても、ほぼ必ずヴェリア大陸の近くを航行することになる。何があるかわからない危険な場所の近くを、気ままな船旅で通るにはリスクが高すぎると判断され、船旅は自然と廃れていった。


 今回はメンフィスが同行することと、急ぎの旅であるため時間短縮を目的として船旅を選んだ。本当は火の国の港からまっすぐ北上し、水の国最南部の港まで行ければ一番いいのだが、そのルートだと本格的にヴェリア大陸のすぐ傍を通ることになる。さすがにそれは憚られた。


 それに、メンフィスには懸念がひとつ。



「(ジュードたちはともかく、ワシは水の国には歓迎されまい。無事に鉱石を手に入れられればよいが……)」



 火の国と水の国。

 元々は友好国だったが、それも数年前までのこと。現在の関係は冷え切っていると言っても過言ではなかった。



「アンタたち……よくそんなはしゃいでいられるわね……」



 そこへ、恨めしそうな声がひとつ聞こえてくる。

 改めて視線を向けてみると、その正体はルルーナだ。当の彼女はと言えば、普段の余裕など一切感じさせない青い顔で、船の甲板に座り込んでいる。


 あまり乗り物には強くないのか、それとも波に揺られる感覚が苦手なのか。どちらかは定かではないものの、完全に船酔いをしているようだった。


 マナはいつもの仕返しをしてやろうと彼女に身体ごと向き直ったが、その顔色を見ればそんな気持ちも綺麗に空の彼方に吹き飛んでいく。



「……あんた大丈夫? ひどい顔色よ、部屋で休んでた方がいいんじゃない?」

「うるさいわね、マナのくせに……風にあたってる方がまだ少しは、……マシなのよ」



 こんな時でも変わらない減らず口に、マナはあきれ果てたように目を細める。だが、見るからに具合が悪そうな相手に食ってかかる気にはなれなかったらしく、特に文句は言わなかった。メンフィスの傍にいたウィルもそちらに歩み寄ると、本当に大丈夫かとルルーナの具合を窺い始める。



 一方で、ジュードはジッと海を見つめるカミラをちらりと見遣る。彼女が見つめている方角は北東。現在地から北東にあるのは、彼女の故郷であるヴェリア大陸だ。どう声をかけたらいいのかわからなかった。


 大陸にいるだろう家族や友人の身を案じているのか、単純に帰りたいのか。どこか思いつめたような表情を浮かべる彼女から目を離せなかった。


 ガルディオンに引っ越す前日に、グラムとウィルにだけはカミラの事情を話したが、ふたりとも判断は彼女と同じで「今はまだ言わない方がいい」とのことだった。


 彼女の事情を知っているのは、この場ではジュードとウィルだけ。だから、かけれる言葉はそう多くない。



「……カミラさん、大丈夫?」

「……うん。大丈夫、……大丈夫だよ」



 何が大丈夫なのかと、自分で言いながらジュードも思う。

 彼女は、魔族が現れてただでさえ不安なところに、右も左もわからない場所に単身でやってきたのだ。大丈夫なわけがない。

 「大丈夫」というその返事も、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。



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