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聖剣×風の刻印


「さあ、好きに暴れなさいブロンテ!」



 開いた傘を高々と掲げるヴィネアの声に従い、周囲に展開した雷獣――ブロンテの群れは、ほとんど一斉に飛び出した。ブロンテは雷、リンファの手にあるのは水の神器――属性相性は最悪だ。シルヴァは素早くリンファの前に飛び込むと、真正面から突進してくる雷獣の体当たりを寝かせた剣で受け止めた。


 全長四メートルはあろうかという巨体から繰り出される体当たりは、巨大な岩でも受け止めているかのようだった。シルヴァは固く奥歯を噛み締めて、ブロンテの真っ赤な目を睨み返す。たった一匹に苦戦などしていられない、そう判断したシルヴァは片足を振り上げ、ブロンテの胸部に靴裏を叩きつけることで距離を取った。


 直後、遺跡の床を突き破り、こちらに襲いかかるブロンテの群れを何かが捉えた。



「――っ! なんだ、効果は半減しても拘束に使う分には問題なさそうね」

「これは……ガンバンテインか、有難い!」



 地中から飛び出してきたそれは、植物のツタだ。後方で地の神器ガンバンテインを掲げるルルーナの仕業である。雷を一切通さない地属性に対して、雷属性はまさに無力。ブロンテの群れは、ルルーナとガンバンテインが何とか押さえてくれそうだ。ツタに絡みつかれて、ブロンテたちは「ケケエエェッ!」とけたたましい声を上げるばかり。



「父さん!」

「まったく、揃いも揃って……ジュード、街に戻ったら説教だからな、まったく」



 ジュードはグラムやウィルの傍に駆け寄ると、その安否を素早く確認した。全身のあちらこちらに掠り傷はあるようだが、深い傷がないことだけが不幸中の幸いだ。オマケにそんな軽口まで返してくるものだから、ジュードとウィルの口からは自然とひとつ安堵が洩れる。



「ジュードくん、こちらは私が引き受ける。きみはあの少女を!」

「はい! ――ジェントさん!」



 シルヴァからそう声がかかると、ジュードはウィルやリンファと共にヴィネアへと向き直った。当のヴィネアは目の前の状況を見てもその顔に楽しそうな笑みを浮かべている。いくら力をつけたとは言え、やはり相手は魔族、一筋縄ではいきそうにない。

 ジュードが自分の後方に向かって呼びかけると、そこにはいつもと同じようにふわりとジェントが姿を現した。水の王都の時のように上手くいくかはわからないが、また交信(アクセス)できればずっと楽になるはずだ。


 しかし、それを試すよりも先にヴィネアがくすくすとわざとらしく笑った。



「あらぁ? あなたがウワサの伝説の勇者様かしら、アルシエル様から報告を受けているわよぉ。大昔に()()()でアルシエル様を倒したと言っても、今の状態じゃあねぇ……ザンネンだわぁ、勇者様とぜひ手合わせしてみたかったのにぃ♡」

『(……アルシエルの耳に入ったのなら、当然メルディーヌにも知れたな。ジュードたちはまだあいつとやり合うだけの力はつけていない、少し迂闊だったか……)』

「ねえねえぇ、なぁに? 無視なのぉ? そ・れ・と・もぉ、ヴィネアちゃんが怖くて何も言えないのかしらぁ?」



 明らかに挑発とわかる言動だが、ジュードはヴィネアのその挑発に眉根を寄せた。自分が言われているわけではないものの、人を完全に馬鹿にした言動はどうにも許せない。確かにヴィネアは強敵だが、あのジェントが彼女を相手に怖くて何も言えない、などと有り得るはずがないのだから。

 直後、ジェントの姿が空気に溶けるようにして消えてしまった。ヴィネアはそれを見て「自分に恐れをなした」と思ったようだが、この状況には覚えがある。思った通り、ジュードの頭の中にはすぐにジェントの声が響いた。



『……どうやら上手くいったようだな、交信(アクセス)条件は互いに同じような感情を抱くことか』

「(はは……シヴァさんの時もそうだったもんなぁ。ってことは、涼しい顔して実はメチャクチャ腹立ってるんだな)」

『どれ、今回は右手に意識を合わせて。向こうも風の力を強く秘めているようだが、聖剣の力が無効化されることはないはずだ。すばしっこいやつの相手をするには風の刻印を使うのが一番いい』



 言われるまま聖剣を持つ右手に意識を合わせると、革製のグローブの下――手の甲の辺りが光を放った。それと同時に重力というものから解放されたかのように全身が軽くなる。まだ動いていないにもかかわらず、ジュードはほとんど感覚で「ヤバい」と思った。


 ――これはヤバい、冗談抜きでとんでもない力だ。


 肩に乗っていたライオットを傍らのちびの頭に下ろすと、視線はまっすぐヴィネアを見つめたまま軽く奥歯を噛み締める。余裕綽々と言わんばかりに可愛らしい顔にニヤニヤと笑みを浮かべるヴィネアの姿を睨み据え、軽く床を蹴った。



「ぎゃふッ!?」



 ヴィネアだけでなく、ウィルやリンファも、もちろん他の面々も。誰もジュードの動きを肉眼で追えなかった。ついさっきまでウィルの隣にいたはずのジュードはほんの瞬きの一瞬のうちにヴィネアの懐に飛び込み、その腹部に聖剣の刃をぶち当てていたのだ。真横から薙ぎ払うように振られた聖剣はヴィネアの腹を深く抉り、辺りには鮮血が飛び散る。ヴィネアの小柄な身は殴り飛ばされたかのように吹き飛び、満足に受け身も取れずに固い床の上を転がった。


 後方で戦況を見守っていたマナやルルーナ、エクレールも何がどうなったのかさえわからず、瞬きも忘れてあんぐりと口を開けていた。



「い、今、何したの……?」

「さ、さあ……わかるわけないでしょ……」



 そして、見事に急所に一撃を受けたヴィネアは――信じられないと言わんばかりの様相で身体を起こし、食い入るような目でジュードを見つめている。その顔には、つい先ほどまでの余裕はどこにも見えない。彼女の目を以てしても、ジュードの動きを捉えられなかったのだ。


 闇に属する魔族にとって、特に強い光の力を秘める聖剣はまさに天敵。ヴィネアはこの時、初めて“恐怖”を感じた。無論、浮かんできたその感情はすぐにヴィネア本人によって振り払われてしまったが。



「う、ふふ……ふふふ……やってくれるじゃないの、ジュードくん……アナタってほんと生意気、人間のガキのくせにさぁ……」



 聖剣で斬られた傷は悲鳴でも上げるかのようにズキズキと痛みを訴えてくる。ヴィネアにとってはそれさえも鬱陶しい、神経を逆撫でする忌々しいもの。そしてそれが、彼女の怒りに火を注ぐ。

 ヴィネアが傘を振り上げると、彼女の全身から嵐のような強風が巻き起こり、最深部はごうごうと吹き荒れる風に包まれた。



「遊んであげようかと思ったけど、気が変わったわ! 斬り裂いて、引きちぎって、全員嬲り殺してやる! 生きて帰れると思ったら大間違いよ!!」



 そこはやはり魔族、そう簡単に白旗など揚げるわけがない。先手を取ることには成功したが、ここからが本番だ。


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