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アルター遺跡での激突


 アルター遺跡の中は明かりがほとんどなく、壁の隙間から射し込んでくる陽の光が時折道を照らしてくれるだけの場所だった。途中いくつかに道が分かれていたが、それでもジュードたちが迷うことなく足を進められたのは――遺跡の奥から絶えず聞こえてくる、争うような物音と魔物か獣かさえ定かではない咆哮によるもの。


 先へ先へと進んでいくにつれて、それらの音は大きく、ハッキリと聞こえてくる。それは、その場に近づいている証に他ならない。



「グウゥッ……」

「ちび、どうした? ……血のにおい?」



 そんな時、ジュードの隣を並走するちびが低く唸る。どうやら奥から血のにおいを感じるようだが、普段ならわざわざ気にするようなことでもない。それなのに、ちびがこうまで嫌そうに唸るということは()()とは違う何かが奥で起きているということ。

 そしてそれは、最深部に足を踏み入れてすぐにわかった。



「な、なんなのだ、これは……魔族なのか?」

「そう……みたいね。たぶんグレムリンとかいうやつだと思うけど……」



 やがて行き着いた最深部に広がっていたのは、床一面を埋め尽くすほどの魔族――グレムリンたちだった。魔族はその身を形成する核を破壊することで消滅するが、この個体たちは完全に核を破壊されずに瀕死の状態のようだ。まさに()()()と称すに相応しい。むせ返るほどの血のにおいが、最深部の広い空間に充満していた。

 シルヴァと、その隣にいたルルーナはその光景を軽く見回して状況の把握をはじめ、ジュードの後ろにいたマナはやや顔面蒼白になりながら、そのジュードやウィルの服を引っ張って奥を指し示した。



「あ、あそこ! 王子! おじさま!」



 マナが指し示した方を見てみると、そこには確かに――グラムとヴィーゼの姿があった。どちらも剣を手にぜえぜえと息を切らせてはいるが、取り敢えずは無事らしい。その周囲にはぐったりとしたまま立ち上がることさえできない騎士たちの姿も見える。恐らく、この辺り一面に広がるグレムリンたちはグラムやヴィーゼにやられたのだ。見れば数えるのも億劫になるほどの数、一匹一匹を確実に仕留めているだけの余裕などなかったのだろう。


 幸いにも、グレムリンは自らを形成する核にダメージを与えれば傷の修復は困難になるらしい。床に倒れ伏しているものはいずれも瀕死だが、傷は癒えていかないし再び起き上がってくることもなかった。



「……ジュード!? お前たち……!」

「あちゃ……やっぱり来ちゃったかぁ、こうなる前に終わらせたかったんだけどなぁ……」



 広間の最奥部分にいたグラムとヴィーゼも、ジュードたちがやってきたことに気付いたらしい。どちらもバツの悪そうな表情を浮かべて力なく頭を振る。そして、彼ら二人が対峙していたヴィネアは、嬉しそうに目を弓なりに細めて笑った。恐らく夜通し戦っていたはずだが、疲弊しているヴィーゼたちとは対照的に、ヴィネアには疲れたような様子どころか傷ひとつ見当たらない。状況はやはりあまりよくないようだ。



「きゃははっ、やっと来てくれたのねぇジュードくん。アナタを誘き寄せようと思ったのにこの国の王子に嗅ぎつけられた時はどうしようかと思っちゃったわぁ~♡」

「やっぱりあんたがおじさまを誘拐したのね!?」

「そうよぉ、アナタたちニンゲンは愚かだからぁ、家族っていうもののこと見捨てられないんでしょぉ? ジュードくんの目の前でアナタのパパを殺してあげるつもりだったのに、せっかくの計画が台無しぃ~!」



 ここに至るまでの道中で考えたように、グラムの行方不明騒動にはやはりヴィネアが関わっていたようだ。確かに、養父であるグラムを盾に取られればジュードは罠だとわかっていても、行くしかない。ヴィーゼが先に見つけてくれていなかったら、最悪の状況になっていたかもしれない。


 現在のグラムには濃い疲労の色は見えるが、拘束されているようなこともない。ヴィーゼや彼が率いる騎士団が助けてくれたのだろう。それを確認するなり、シルヴァとウィル、リンファが真っ先にそちらに駆け出した。



「グラムさん!」

「ウィル、連中の狙いはジュードだ。お前が止めねば駄目ではないか」

「す、すみません、けど……」

「……はは、わかっとるよ。ワシを見捨てられるような薄情モンじゃないからな、お前たちは」



 グラムは隣に駆け寄ってきたウィルに一瞥を向けると、ひとつ咎めこそ向けはしたが、それ以上はとやかく言わなかった。ジュードやウィル、マナのことは誰よりもこのグラムが一番よく知っている。彼らが心優しい子に成長してくれたことに喜びはあれど、親心としては複雑なのだ。誰だって、子供を危険な目になど遭わせたくない。そこに血の繋がりなど必要ではなかった。


 シルヴァとリンファは、夜通し戦い続けて疲れ切っているだろうヴィーゼを庇うように彼の前に並び立つ。そんな様子を見て、ヴィネアは可愛らしい顔を不愉快そうに歪めた。



「せ~っかく楽しいことになりそうだったのにぃ……ヴィネアちゃんが用意してあげた舞台をぶち壊してくれちゃったんだもん、もっちろん覚悟はできてるよねぇ? 全員ちゃあんと、イイ声で啼いて死んでね♡」



 冗談ではない要求を向けながら、ヴィネアは手にしていた傘を開いてその場で差してみせた。可愛らしく小首を傾げて、靴のつま先でトントンと床を小突く様は、ごく普通の幼女のようにしか見えない。だが、その矢先――彼女の周囲には雷光を纏う巨大な鳥型の生き物がどこからともなく姿を現わした。それを目の当たりにして、グラムとヴィーゼは揃って舌を打つ。



「みんな気をつけて、あの獣は無限に湧き出てくるんだ。多分、あのヴィネアっていう魔族を倒さない限りは……」

「……想像以上に厄介な状況のようですね」

「そのようだ、だが泣き言ばかりも言っていられまい。ヴィーゼ様は後方にお下がりを、後は我々が」



 シルヴァの言葉に、ヴィーゼは渋々ながらも静かに頷いて数歩ほど後退した。現れた巨大な鳥――雷獣の数は全部で四匹、数はこちらの方が多くとも決して良い状況とは言えない。


 マナはぐ、と杖を片手で握り締めるなり、傍らのジュードの背中を逆手で軽く叩いた。その拍子に肩に乗っていたライオットが落ちそうになったが、今は構っていられない。



「あたしたち、あの時と同じじゃないわよ。初めての時も、地の国でアグレアスと戦った時も歯が立たなかったけど、今ならきっとやれるわ。ここで魔族の戦力を削いでやりましょ!」

「……ああ! マナ、ルルーナ、援護は任せた!」



 自分を誘い出すためにグラムを誘拐したと聞いて、ジュードは自分の胸にある感情を処理しきれなかった。単純に「怒り」と表現するにはあまりにも軽すぎる。そんな言葉では言い表せないほどの激情が胸の中で渦を巻いていた。

 腰に据え付ける聖剣を鞘から引き抜くと、真っ白な光が辺りを力強く照らす。


 マナの言うように、もうジュードたちは以前までのただの子供ではない。今なら、ヴィネアのような力のある魔族の撃破だってできるはずだ。

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