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風の王都フェンベル


 ジュードたちが風の王都フェンベルに到着する頃には、太陽はすっかり沈み、完全に夜になっていた。現在の時刻は夜の二十時を過ぎて少しといった頃合いだ。


 普段ならばこの時間でも王都フェンベルは祭りだなんだと賑わっているのだが、現在は状況が状況なためか都でも祭りは開催されていないようだった。城下街は静まり返り、等間隔に設置された街灯が夜の闇を柔らかく照らしている。


 綺麗に整えられた石畳の道を、ジュードたちは大急ぎで駆けていく。この時間ではさすがに謁見は無理だろうが、事情を話せばエクレールだけでも中に入れてもらえるかもしれない。



「……? ジュード、あそこ!」



 王城に続く階段を駆け上がっていくと、ジュードのすぐ後ろを走っていたマナが真っ先に声を上げた。彼女が指し示す方――王城出入り口の脇に人影がある。姿までは窺えないが、数十人ほどはいるようだった。声を潜めて何事か話し込んでいるようだが、距離があるせいで話の内容はほとんど聞こえてこない。


 駆けていた足を緩め、幾分か早足でそちらに向かうことほんの数秒。近付けば、その正体も自然と知れる。人影の中に見知った姿を見つけて、ジュードは思わず声を上げた。



「……ヴィーゼ王子?」

「え? ……ジュード!? ジュードじゃないか、ウィルにマナも……」

「王子? では、この方が風の国の……?」



 柳色の髪を持つ「王子」と呼ばれた青年は、ジュードの呼びかけに驚いたように目を丸くさせると、慌てて駆け寄ってきた。シルヴァはそんな彼とジュードとを何度か交互に眺め、それを肯定するようにウィルとマナが言葉もなく頷く。


 黒をベースとした軽鎧に身を包む彼は、その名をヴィーゼという。正真正銘、この風の国ミストラルの王子だ。裏表のない実直な好青年でありながらも性格としては砕けているため、整った外見も手伝って民からとても愛されている存在である。今年成人を迎えたばかり、歳が近いこともあってジュードたちとは友人も同然だ。



「ヴィーゼ様、我々は……」

「あ、ああ、先に行っててくれ、僕もすぐに向かうよ」



 それまでヴィーゼと話し込んでいた周囲の面々――重装備に身を包んだ数十人の騎士たちは、彼の返答を聞くなり静かに一礼して街の出入口の方へと駆けていく。魔物の狂暴化にほとんど見舞われておらず、物騒なこともあまり起きないこの風の国で騎士が数十人も出なければならないとは、穏やかではない。



「ヴィーゼ王子、何かあったんですか?」

「……いいや、何もない。気にしなくていいよ。それより、きみたちこそこんな時間にどうしたんだい? アメリア様の使者としてあちこち巡ってるとは聞いたけど……」



 何事か考えるかのように空いた不自然な間にリンファは微かに眉根を顰めたが、すぐに話題が移ってしまったため口を挟む隙もない。しかし、一瞬だけ躊躇うように動いたヴィーゼの目の動きは、何かを隠しているように見えた。



 * * *



 ヴィーゼに事情を話すと、彼は迷うようなこともなくジュードたちを全員王城に招き入れてくれた。さすがに今から謁見はできないが、エクレールを母に会わせることくらいならと、快諾してくれたのだ。

 ヴェリアの民が保護されている城の二階に上がると、廊下で雑談していただろう者たちが集まってくる。エクレールの姿を見るなり大慌てで駆け寄ってくる彼らは、間違いない――ヴェリア大陸から脱出してきた民だ。



「エクレール様!」

「ああっ、姫さま! よくぞご無事で!」

「みなさん……よかった、本当に……それで、母は? お母様は?」



 わあわあと集まってきた民を見回して、エクレールは文字通りそっと胸を撫で下ろした。ヴェリアの民の顔にはいずれも濃い疲労の色が見受けられるが、エクレールの無事を確認できたことで、安堵も見える。むせび泣く者までいた。いくら安全な国で保護されていても右も左もわからない場所、彼らが抱えていた不安は言葉では到底言い表せないものだろう。そんな様子を見て、ジュードたちの顔にも安堵が滲んだ。


 けれど、エクレールが王妃の――母の安否を尋ねるなり、ヴェリアの民は気まずそうに口を閉ざしてしまう。無言で左右の者たちにそれぞれ目配せし合う様は、状況がよくないことを暗に示していた。


 その様を傍で見ていたヴィーゼは困ったように眉尻を下げ、ひとつ小さく咳払いしてから、すぐ傍にある部屋の扉を示す。



「……それが、王妃様は……テルメース様は、ここに至るまでの船旅の際に重い怪我を負われたそうなんだ。命に別状はないけど、まだお目覚めにならなくてね、……この部屋だよ」

「そ、そんな……!」



 言い難そうに告げられたヴィーゼの言葉に、エクレールはサッと青ざめ、示された部屋の扉を開けて中に飛び込んだ。ジュードたちは慌てて彼女の後を追って部屋に入るものの、室内の明かりは落ちていて、頼りになるものと言えば窓から射し込む月明りくらいのもの。部屋の中央に置かれた大きな寝台は白いレースの天蓋で覆われていて、中の様子はまったく窺えない。



「……お母様?」



 か細い声でエクレールが呼びかけてみても、中から反応は返らなかった。覚束ない足取りで寝台に歩み寄る彼女をジュードは心配そうに眺めていたが、数拍の沈黙の末に静かにその後に続く。ウィルたちは、それを邪魔しないように部屋の出入口に佇んで彼らを見守った。


 白い天蓋をそっと開いた先の寝台には、一人の女性が仰向けの形で眠っている。緩いウェーブのかかった柔らかそうな髪がシーツの上に散らばるように広がっていて、それはジュードと同じ赤茶色をしていた。血が足りていないらしく顔色は悪いが、とても美しい顔立ちの女性だ。



「この人が、ヴェリアの王妃様……」

「そうだに、テルメースだに。……無理に思い出そうとしなくてもいいによ」

「……ああ」



 テルメースを――実の母を前にしても、ジュードの頭は何も思い出せなかった。そんな彼の肩に乗るライオットは、先にそう声をかける。

 寝台の傍で肩を震わせて涙するエクレールのためにも、今はとにかくテルメースが少しでも早く目を覚ましてくれることを願うばかりだ。


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