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激化の予感


 世界中央に位置するヴェリア大陸の、旧ヴェリア王国跡地。

 魔族の拠点として築かれた闇の居城、謁見の間に不気味な笑い声が木霊する。



「……それは、確かなのか?」



 現在の魔族の長を務めるアルシエルは、玉座の傍らに鎮座する水晶玉を横目に見遣る。透明な珠には、一人の人間の女が――ネレイナの姿が映し出されていた。離れた場所にいる相手と連絡ができる魔法のひとつだ。


 ネレイナは確認するようなアルシエルの言葉に口元に笑みを滲ませると、一度だけ静かに頷いた。それを目の当たりにして、同席していたメルディーヌはまた狂ったように高笑いを上げる。先ほどから木霊する笑い声の出どころは、このメルディーヌだ。



「アハハハハッ! アッヒャヒャヒャヒャ! そうですかそうですか、これほど嬉しいことはありませんよ! いやいや、ご報告ありがとうございます!」

「どう殺しても足りぬほどの相手が、ジェントが……今のこの世にいる、と……」

『間違いないわ、わたくしがこの目でしっかりと見てきたもの。勇者様の存在はわたくしにとって障害にしかならない、だからあなたたちに何とかしてもらおうと思ってね。因縁も……浅からぬものがあるみたいだし?』



 水晶玉から聞こえてくるネレイナの言葉に、アルシエルが何かしらの反応を返す前にメルディーヌが身を乗り出した。白塗りの顔面には堪え切れない狂気じみた笑みが滲んでいて、さしものネレイナも少しばかり気圧されてしまう。ネレイナから見てアルシエルは落ち着いた男だが、このメルディーヌという男だけはどういう性格をしているのかまったく掴めない。何となく苦手な男だった。



「モッチロンですヨ! ゼヒゼヒ、このワタクシにお任せあれ!」

『そ、そう……では、お願いするわね』



 その一言だけを残して、ネレイナとの連絡は切れた。魔力が散った水晶玉は既に何も映さず、無色透明な大ぶりの珠に戻っていた。

 メルディーヌは胸の前で祈るように両手を合わせると、片足を軸にその場でくるりと半回転。クネクネと身体をくねらせて、全身で喜びを表現した。



「アッハハァ! ドウしましょう、どうしまショウ、アルシエル様! まさかワタクシ、こんな日が来るとは思いませんでしたヨ!」

「フ……母の仇を討つ時がきたな。お前の好きにするがよい、これまでお前が募らせてきた恨みを思えば、私が横から手を出そうとは思わんよ」

「アアァ……なんと有難いお言葉デショウ、アルシエル様。そうと決まれば、こうしちゃいられませんネ! 早く準備を終えて行かなければ逃げられてしまうでしょうか……!」

「風の国にはヴィネアが出ている、どうやらよい罠を見つけたそうだからな。連中も次は西にある風の国に向かうのだ、そう慌てる必要もあるまい」



 聞こえているのか否か、既にアルシエルの言葉さえ耳に入っていないように見えるメルディーヌの浮かれた様子を眺めながら、アルシエルはふと思案気に中空を見遣る。


 脳裏に思い起こされるのは、魔大戦の終盤。絶対的な力を持つ魔族が、自分たちが敗北を期したあの屈辱。魔王サタンが聖剣の刃により打ち倒されたあの瞬間。その光景は永い時を経てもなお、アルシエルの目に焼き付いている。取るに足らない矮小な存在だと思っていた人間に、自分たちが負けたという――これまでにない屈辱だった。


 そこまで考えて、アルシエルの口元には歪んだ笑みが浮かぶ。



「(……憐れなものだな。かつては人間どもの先頭に立ち聖剣を振るっていた貴様が、今や使()()()()()とは……人間は脆い、人の一生など我々にとっては瞬きとほぼ変わらぬ一刻。そのような生き物に何の価値がある、世の支配者は人ではなく、永きに君臨し得る我々の方がよいのだ)」



 アルシエルは言葉もなくふっとひとつ笑うと、座していた玉座から静かに立ち上がる。そのまま影に溶けるかのように一瞬のうちに姿を消してしまったが、メルディーヌはそんな彼に気付くこともなく、謁見の間で暫し踊り狂っていた。



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